幕間 蠣崎清広の野望

 吉清の後ろ盾もあり、蠣崎清広は父である松前慶広の元を独立し、新たに分家を築いた。


 蝦夷より北東の島々を与えられ、そのなかでも大きく南に位置する島である、択捉島、国後島にそれぞれ拠点となる港町を築き、そこを本拠地とした。


 開発に先立ち、パトロンである吉清は蠣崎清広に低い金利で金を貸していたのだが。


「追加でさらに貸して欲しいじゃと!?」


 吉清が声を荒らげると、蠣崎清広は申し訳なさそうに頭を下げた。


「このとおりにございます」


 吉清が「むむむ」と渋い顔をする。


「貸すのは構わぬが、返すあてはあるのか?」


「はっ、まずは当家の領地を確かめるべく家臣に探検をさせたところ、千島列島の奥に巨大な島を見つけたのです」


「島じゃと?」


「家臣の話によれば、樺太を凌ぐ大きさなのだとか……!」


 話の内容と吉清の記憶から地理的に照らし合わされた土地は、おそらくあそこの事だろうと思った。


「カムチャツカ半島か」


「かむちゃ……なんですか?」


 説明しようと思ったが、現世の話をしたところで混乱するだけだろう。


 吉清は軽く咳払いをした。


「…………とにかく、それは島ではない。大きな半島じゃ。気候こそ厳しいが、軽く日ノ本がすっぽり収まってしまうほどの大きさじゃ」


「なんと……それほど大きいとは……!」


 まだ見ぬ未開の地に胸を踊らせ、蠣崎清広が尋ねた。


「して、その……かむちゃ……何とかとは、どのような字を書くのですか?」


 清広の疑問に、吉清は言葉に詰まってしまった。


 言われてみれば、カムチャツカ半島の漢字など聞いたことがない。


 カタカナで書いてしまおうか。いや、それではカッコ悪い。


 少し考え、吉清は筆をとった。


「カムチャツカ半島とは……このように書く!」


 紙を見つめ、蠣崎清広は「ほう……」と息をついた。


「神着塚……神の着く土地とは、なんとも縁起がいい……!」


「……であろう?」


 我ながら良い当て字に満足した吉清は、清広に追加の資金を貸し付けた。


 吉清から借りた金を元手に、蠣崎清広はカムチャツカ半島──もとい、神着塚に入植を始めた。


 順調に探索や港町の建設を進めているとのことだが、ふと、吉清にある考えが浮かんだ。


(儂も樺太の対岸を開発してみようかの……)


 樺太だけで十分豊かな土地ではあるが、将来を見越すのであれば樺太を出て、周りの土地も開発した方がいいかもしれない。


 そうと決まれば、吉清の行動は早い。


 吉清は樺太で奉行をしている蒲生郷安に命じて、樺太対岸に町を造ることと、内地の探索を進めさせた。


 また、新たに開発した町の代官には召し抱えて間もない小早川旧臣を起用し、鵜飼元辰をはじめ多くの小早川旧臣がシベリア送りにされた。


 アイヌの交易網を遡るように進出を続け、ついには女真族と思しき部族に接触することに成功したのだった。

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