第126話 水と油
朝鮮から伏見へ戻った清正は、三成の元に詰め寄った。
「佐吉! 殿下の葬儀を執り行わなかったというのはまことか!」
「そうだ」
「お前……殿下には世話になってんだろ! どうして弔ってやらない!」
「今殿下の死を公表しては、明や朝鮮との講和交渉に障る」
「交渉に障るって……」
三成の言いたいことはわかる。
だが、頭ではわかっていても、心では納得できない。
それが大恩ある秀吉への仕打ちなのか。
秀吉をきちんと弔った上で講和を結ぶのが、三成ら奉行の仕事ではないのか。
(儂は命がけで朝鮮で戦っていたというのに、こやつらは自分の仕事も満足にできておらんのか……)
清正の中で不満が燻っていくのがわかった。
清正には講和交渉のためにと説明したが、それだけではなかった。
残った大名や奉行らで最低限の葬儀行なう計画もあったが、そこに家康が待ったをかけたのだ。
「朝鮮や明へ渡った者を抜きに葬儀を執り行っては、殿下の死をいいことに奉行衆が政の主導権を握ろうとしていると思われよう」
「しかし……」
「なに……奴らが戻ってきてから執り行っても遅くはあるまい」
そうした家康の言もあり、秀吉の葬儀は延期としたのだが、ここに来て新たな問題が浮上した。
誰が葬儀を取り仕切るのか。
通常であれば豊臣政権の政務を担うのは奉行衆の役目ではあるが、そこに家康が異を唱えたのだ。
「ただでさえ、お主らは敵を多く作っておる……。その上、勝手に殿下の葬儀を執り行ったとあっては、殿下が亡くなったのをいいことに、
「そのようなことは……」
口では否定するものの、自分の人望のなさは三成自身が一番よくわかっている。
家康が言ったことは間違いではないのだろう。
三成が動揺している中、家康が申し出た。
「ここは、不肖この徳川家康めに任せてはもらえぬか?」
家康が出てきたとあっては、前田利家が黙っていなかった。
「待たれよ。太閤殿下は自らが主導して信長公の葬儀を行なうことで、天下人への道を歩み始めた。……徳川殿も、此度の葬儀を利用して、何か企んでいるのではあるまいな」
「これは異なことを……。前田殿は、殿下の葬儀を執り行うべきではないと仰せか?」
「そうは言っておらぬ。だが、お主に任せては何をされるかわかったものではない」
そうして、秀吉の葬儀に関して何も決められないまま、時間ばかりが過ぎていったのだった。
会議の内容は誰にも口外するべきではない。
少なくとも、政務を預かる者として、三成はそのように考えていた。
「今は他にもっとするべきことがある。明や朝鮮との講和交渉、諸大名への恩賞、殿下の遺品の形見分け。それらをこなした上で、通常の
「……自分ばっかり大変ですって面しやがって……」
「私は床に伏した殿下から豊家の行く末を託された。お主のように目先の利ばかり追うわけにはいかぬのだ」
自分の考えや行動すべてが短絡的だと言われた気がして、清正の声が震えた。
「……此度の戦で、多くの家臣が死んだ。みな儂を信じ、儂のために命を賭してくれた者ばかりだ。……儂だけじゃない。他の大名だって似たようなもんだ」
堪えるように震えていた声が、次第に怒気を帯びていく。
「…………明や朝鮮で得た土地のほとんどを捨てて講和を結ぶんだってな。それで死んでいった奴らは浮かばれるのかよ! そいつらに顔向けできるのかよ!」
「和議の中身は大老や奉行の合議の上で決まったことだ」
話は終わったとばかりに背中を向ける三成を、清正が呼び止めた。
「待てよ、まだ話は終わってねぇぞ!」
「これ以上、お主に構ってやる暇はない」
清正を置いて、三成はその場を去っていった。
残された清正は、やり場のない怒りをぶちまけるように、声にならない叫びを挙げるのだった。
一連の話を聞いていた吉清は、気配を消してじっと様子を窺っていた。
とんでもない場に居合わせてしまった。
加藤清正と石田三成の仲が悪いことは知っていたが、いざ二人がやりあっているところを見ては、想像以上に深刻なものだとわかる。
また、朝鮮の役での恩賞も定かでない加藤清正にしてみれば、済州島の代わりに新たな領地を獲得した木村家は、妬みこそすれ友好的な態度になるとは考えにくい。
ひとたび顔を合わせれば、何を言われるかわかったものではない。
清正と鉢合わせないように気を使いつつ、吉清はその場を後にするのだった。
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