第125話 一栗放牛

 木村家の家臣である一栗放牛が病に伏せたと聞き、吉清は急ぎ見舞いに訪れていた。


 大坂の郊外に構えた一栗家の屋敷に吉清がやってくると、すぐに一栗放牛のところへ通された。


「これは殿……かようなところまで見舞いに来て下さいますとは……」


「家臣が床に伏せたとあっては見舞いに行くのは当然のことじゃ」


 放牛の手を取る。枯れ木のように細くしわがれた腕には、往年の勇猛さは感じられなかった。


 吉清が気を落としたのが伝わったのか、放牛が安心させるように頬を緩めた。


「己の死期が近いことは、儂自身が一番よくわかっております」


「放牛……」


「心残りなのは、戦場で命を落とせなかったことです……。先の朝鮮の役では、それこそ命を賭して戦うつもりでしたが、ついぞその機会も訪れませなんだ……」


 一栗放牛は清久軍に属して戦っており、清久はほとんど海戦で活躍したというのだから、木村家が誇る景宗船による砲撃で方をつけたのだろう。


 生涯最後の戦と意気込んでいた一栗放牛にしてみれば、肩透かしだったのかもしれない。


「先に、そちらで待っていてくれ……。儂もすぐにそちらへ向かうであろうからの……」


 一栗放牛はにっこりと微笑むと、静かにその場に目を伏せた。


 それから数日後、一栗放牛はこの世を去った。


 大崎家、木村家に仕えてきた老将の最期は、床で眠るように亡くなったのだという。






 再興の話が一向に持ち上がらないことに、宇都宮国綱は次第に焦りを感じていた。


 秀吉の約束通り先の戦では武功を立てたのだが、当の秀吉が死んでしまっては約束も何もない。


 頼みの綱にしていた宇喜多秀家も、戦後の後処理や秀吉死後という混乱の中で、まともに相手をしてくれない。


(どうしたものか……)


 外様であり、小田原征伐の直前で秀吉に臣従した宇都宮国綱には、豊臣政権下でのツテもなければ、頼りになる人脈もない。


 途方に暮れる中、明遠征の際にやたらと絡んできた大名が居たことを思い出した。


 たしか、名は木村吉清といったか……。


 ここに至っては、木村吉清にすがるほか道はない。


 宇都宮国綱は木村屋敷を訪れると、頭を伏した。


「恥を忍んで、木村殿にお頼みしたいことがございます」


「申してみよ」


「実は……」


 宇都宮国綱は取り潰しになったお家を再興させたいこと。そのために出来るだけのことをしたこと。

 しかし、秀吉の死後にそれらの約束が有耶無耶になってしまったことを説明した。


「……それは災難でしたなぁ。そういうことでしたら、この木村吉清。力を惜しみませぬぞ」


「おお、かたじけのうございます」


 深々と頭を下げる国綱に、吉清はニヤリと笑みを浮かべた。


「しかし、タダというわけにはいきませぬなぁ」


「…………と、申しますと?」


 吉清から条件を聞かされ、宇都宮国綱の顔が曇った。


 しかし、これを聞かなくては木村吉清が動かず、そうなると本当に宇都宮家再興という道が途絶えてしまう。


 長い沈黙の中、宇都宮国綱は腹の底から絞り出すような弱々しい声でつぶやいた。


「……………………わかり申した。その条件、飲みましょう」


「それでは、頼りにさせて頂きますぞ、宇都宮殿」


 約束を取り付けると、吉清がニヤリと嫌らしく笑うのだった。






 吉清との約束により、宇都宮国綱の妻子は木村家に人質として送られ、正室のいない嫡男は木村家臣の娘と婚約を結ぶこととなった。


 大名である吉清の血縁者ではなく、家臣の娘を嫁がせることで、彼らとの身分の差を明確にした。


 人質を差し出し、嫡男が遙か格下の者と婚儀を交わすこととなった国綱は木村吉清に屈服する形となり、事実上、国綱は吉清の家臣となったのだった。

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