幕間 大坂からの手紙

 大坂より届いた文を眺め、吉清は顔を綻ばせた。


「おお、歌、涼、種が子を産んだか!」


 三人は吉清の側室で、宗明や清久が南蛮征伐をしている際に種を仕込んでおいたのだ。


 有り余る精力を注ぎ込み、寝る間も惜しんで励んだ甲斐があるというものである。


「はあ……今日は実にめでたき一日よ……!」


 しみじみと噛み締めると、吉清はゴキゲンな様子で仕事に取りかかるのだった。






 大坂から急を知らせる文が届けられると、亀井茲矩と長束正家が顔を見合わせた。


 とうとう、秀吉が倒れたのだ。


 元々高齢だったこともあり、いつ死んでもおかしくはない。


 それだけに、覚悟はしていたがとうとう来たかという思いがあるのも確かであった。


 長く続いた豊臣政権。その崩壊の前奏が始まったような、そんな不気味な感覚に包まれていく。


 同僚の木村吉清を見つけると、亀井茲矩と長束正家が駆け寄った。


「木村殿! 大坂からの文は読まれましたか!?」


「おう、読んだぞ。実にめでたきことよ」


 亀井茲矩の顔が引きつった。


「めっ……!」


「何を言っておるのだ!」


 声を荒らげる長束正家に、吉清が首を傾げた。


「実際、めでたいのじゃから、仕方あるまい」


「なんと不敬な……」


「見損ないましたぞ」


 亀井茲矩と長束正家が信じられないものを見るような目で吉清を睨みつける。


 おかしな態度をする二人に、吉清は首を傾げた。


 側室が子を産んだことを喜んで、見損なわれるいわれはない。


 引っかかるものを感じつつ、ふと、吉清はあることを思い出した。


「おお、そうじゃ。帰ったら、土産も持っていくとしよう。そうじゃな……どこかで人形でも買っておくか」


「に、人形を買っていくのですか!? 人形より、黄金の方が喜ばれるのでは……」


「黄金なんぞ渡したところで、物事の分別もつかぬ歳じゃ。口に咥えて、よだれでベタベタにするのがオチじゃ」


「な、なんと不遜な……」


 長束正家の顔が青ざめた。


 たしかに秀吉の老化は進行しており、最近は三成や秀頼のことも度々忘れてしまうのだという。


 そんな有様では、たしかに何でも口の中に入れてしまうかもしれない。


 しかし、だからといって何を言っても許されるわけではない。


 長束正家がキッと吉清を睨みつけた。


「木村殿! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」


「そうですぞ! 木村殿とて、散々お世話になったではありませぬか!」


「いや……むしろ儂が世話をしてやってるぞ」


「えっ!?」


「この前なんかな、儂がおしめまで替えてやったんじゃぞ」


「おしめを替えたのですか!?」


 年老いた秀吉がおしめをするのは理解できるが、それを一大名である木村吉清が替えるとなると話が変わってくる。


 いったい、秀吉と吉清はどういう関係なのか。


 吉清の口振りからして、ただならぬ関係のようだが。


 亀井茲矩と顔を見合わせると、互いに頷く。


 ここは話題を反らせた方がいいかもしれない。


「と、とにかく、事が事なだけに、一刻も早く大坂に戻り、見舞いに行きたいところですな」


「うむ。早くこの手で抱いてやりたいわ」


 吉清の言葉に、亀井茲矩が耳を疑った。


「だっ、抱くのですか!?」


「おう、抱くぞ」


 亀井茲矩と長束正家が顔を見合わせた。


 秀吉といえば、この時代にしては珍しく衆道に興味のない者である。


 木村吉清も同じく衆道に興味がないと聞いていたが、二人がデキていて、お互いに他の男を遠ざけるための方便として使っていたのなら、納得がいく。


 また、近頃は何かと木村吉清に度々便宜を図っているのも、二人のヒミツの関係が原因なのかもしれない。


 理解の追いつかない二人に、吉清がふと思い出したように手を叩いた。


「おお、そうじゃ。この前(娘の綾を)抱いたらの、儂の腕の中でお漏らししおってな……」


「お漏らし!?」


「慌てて侍女に片付けさせたが……。いやあ、あんなことをされたというのに、ちっとも怒る気になれぬ」


「当たり前でしょう!」


「今は紡が……儂の妻が面倒を見てくれておる。毎日添い寝しているらしいぞ」


「添い寝をしているのですか!?」


「おう、たまに乳をせがまれるので、その時は乳母を呼ぶがな」


「いや、それは…………乳だけで済んでいないのでは……」


 女好きの秀吉のことだ。間違いなく、手を出していることだろう。


 自分の妻が秀吉に手を付けられているというのに、それを嬉々として語るとは……。


 木村吉清の性癖はつくづく理解に苦しむ。


 二人は顔を見合わせると、得体のしれないものから逃げるようにその場を後にするのだった。






 後日。海南島の開発を頼むべく、後詰めとして台北に滞在していた真田昌幸の陣を尋ねると、予想だにしない話を聞かされた。


「いやあ、まさか木村殿が殿下と衆道に励んでおられたとは……」


「はぁ!? わ、儂が、殿下と衆道をしておるじゃと!?」


「噂になっておりますぞ。皆その話でもちきりじゃ」


「なぜそんなことになっておるのじゃ……」


「それどころか、木村殿の奥方も交えて三人で励んでいると……」


「何!? なぜ紡が出てくる!」


「なぜって……木村殿が仕向けたと聞きましたぞ?」


 そんな馬鹿な。


「何がどうしてそうなった!」


 誤解を解くべく、吉清は急ぎ諸大名に説明をして回るのだった。

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