第97話 淀殿の浮気調査

 秀吉から呼びつけられた吉清は、秀吉からの命令に戦慄した。


「…………淀殿が密通していないか調べて欲しい、ということにございますか?」


「うむ」


 秀吉の話によれば、先日淀殿のところに赴いた際、淀殿の対面に膳が置かれていたという。


「……………………殿下のために用意された膳だったのでは?」


「飯は冷たく、汁物は冷めておった。……つまり、儂の来る直前まで誰かがそこにおったことを意味しておるのよ」


 その場に居た吉清としては、秀吉に事の真相を語ることはできるのだが、正直に話した日には自分の首が飛びかねない。


 また、調査を頼まれた以上、何らかの成果を挙げなくては、吉清としても立つ瀬がなくなる。


 最悪の場合、吉清が調査係を罷免され、他の者が調査に当たり、淀殿の密通の相手として吉清の名前が浮上することだ。


 そうなれば、吉清の首どころか族滅は免れない。


 そう考えれば、吉清が調査係に任命されたことは、むしろ幸運に思えた。


 吉清が調査し、秀吉に報告する以上、事実の歪曲や改ざんはいくらでもできるというものだ。


 そうなってくると、問題はどう報告すれば秀吉が納得してくれるのか。その一点にかかっていた。






 吉清は紡のところの侍女を数名選抜すると、淀殿のところへ送り込んだ。


 数週間後。報告のために一度戻すと、衝撃的なことを聞かされた。


「淀殿の元に、何人も男が通いつめている!?」


 豊臣家臣や身の回りの世話をする小姓、豊臣恩顧の大名、豊臣家と懇意にしている商人の若旦那など、多くの男が頻繁に足を運んでいることがわかった。


「まずいことになったぞ……」


 当初の計画としては、適当に淀殿の元にやってきた者に濡れ衣を着せ、秀吉に報告しようと思っていたが、こうも男が多いのでは話が変わってくる。


 その場しのぎということであれば、適当に濡れ衣を着せてしまえばいいが、吉清が処罰をした後に再び密通の話が持ち上がれば、吉清の捜査が不十分であったとされ、調査が再開されてしまう。


 そうなれば、捜査線上に吉清の名が挙がってしまうかもしれない。


 考えた末、吉清は調査の結果を秀吉に報告した。


「で、どうであったか?」


 不安と期待の混ざった様子の秀吉に、吉清は声を固くした。


「淀殿の周りには、やはり男の影がございました」


「そうか……」


「されど、密通しているかまではわかりかねますゆえ、引き続き調査を任せて頂きたく……」


「わかった。頼りにしておるぞ」


「はっ」


 秀吉の元を後にすると、ひとまず吉清は息をついた。


 何も、調査を終える必要はないのだ。


 何かと理由をつけ、調査を継続してしまえばいい。


 吉清が探偵となり調査を継続する以上は、吉清が捜査線上に浮上する可能性は限りなく低くなる。


 また、大義名分さえあれば淀殿の近くをうろついても安全であり、吉清の身の安全もひとまずは保証されたと言える。


 問題は……


「今日は調査とやらはしなくて良いのですか?」


 廊下ですれ違った淀殿に、吉清が黙って頭を下げた。


 調査という名目が出来てしまい、昔以上に淀殿に近づきやすくなってしまったことだ。


(二度と先の不覚は取らぬぞ……!)


 そう吉清は固く誓うのだった。

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