第88話 義光にしごかれる清久

 義光の謹慎が解けると、清久は義光に認めてもらうべく、度々最上屋敷を訪ねていた。


 今日は槍の稽古をしてもらう手筈となっており、清久は持参した模擬槍を構えた。


「義父上。お手合わせ、お願いします!」


「義父上と呼ぶな!!!!」


 義光が叫ぶと、鋭い突きが襲ってくる。


 たちまち構えが崩されると、清久がその場に膝を突いた。


「ふん、その程度の腕前では、まだまだ嫁を貰うには早いな」


 全身に生傷を負った清久に、駒姫が駆け寄った。


「申し訳ありません……。父が乱暴なばかりに……」


 清久が頭を振った。


「なんのこれしき。駒殿と結ばれるためだ。なんてことはない」


「清久様……」


 清久の言葉に感じ入るものがあったのか、駒姫の頬が赤く染まった。


「駒、でかまいません……。これから夫婦めおととなるのですから……」


「駒……!」


 清久と駒が見つめ合う。二人の世界に入ろうとしたたころで、義光が吠えた。


「いつまで休むつもりじゃ!!!!! とっとと構えぬか!!!!!」


 二人が慌てて離れると、義光の稽古が再開された。






 翌日。再び義光に鍛えて貰うべく、清久は模擬槍を持参して最上屋敷に足を運んでいた。


「今日は囲碁をするぞ」


「や、槍の稽古ではないのですか……?」


 清久の質問が面白くなかったのか、義光が「ふん!」と鼻を鳴らした。


「将たるもの、常に戦場を俯瞰し、地形や兵の位置を眺めねばならぬ。……それを見極めるのよ」


「はぁ……」


 わかったような、わからないような気持ちで清久が腰を降ろすと、二人は碁石を並べた。


 義光は囲碁にも自信があった。


 先日は駒と清久の仲を見せつけられるだけで終わってしまったが、今回はそうはいかない。


 囲碁であればケガもしないため、駒の出る幕もないだろう。


「むむむ……」


 予想通り、清久が苦戦しているのを、義光は内心ほくそ笑んでいた。


 やはり、コイツはまだまだケツの青いヒヨッコなのだ。


 こんなやつに大事な駒を任せられるものか。


 内心勝ち誇っていると、ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ……清久様、ここに置いてみてはどうでしょう」


「おお! その手があったか!」


 駒に教えて貰った手を指す清久。


 一転して、義光が不利に立たされてしまった。


「な、なぜ駒が口を出す……!」


夫婦めおとなら、手を取り、助け合うものにございますから」


 照れながらも恥ずかしそうにつぶやく駒に、思わず清久が口をついた。


「よく出来た女子おなごだ……。私にはもったいないくらいだ……」


「清久様……」


 二人が見つめ合う。顔と顔がゆっくりと近づいていき──義光が叫んだ。


「なっ…………何をくっついておるか〜〜〜!!!! 離れろ! 今すぐ離れろ!!!」


 怒りに任せた義光が盤面をひっくり返すと、その日の稽古はお開きとなるのだった。






 翌日。囲碁の練習を積んだ清久が最上屋敷を訪れると、義光と最上家臣が何やら話し込んでいた。


「殿、大変にございます。商人に米を卸したのですが、買値が予想よりも安く、来年の財政は厳しいかと……」


「むむむ……」


 国元から届いたらしい文を眺め、義光と家臣が首をひねる。


「何かあったのですか?」


 顔を覗かせる清久に、家臣が「婿殿」と言った。


(婿殿などと呼ぶな!)


 小声で怒鳴ると、義光が家臣の頭を叩いた。


 義光と家臣が騒いでいるのを尻目に、義光の元に届けられた書状を読む。


 一通り目を通すと、清久が頷いた。


「…………たしかに相場より安くはありますが、そこまでぼった値ではありませぬし、こんなものでしょう。……それより、今年は米を売る量を最小限にしつつ、来年に売る分として蓄えた方がよろしいかと」


「……なに?」


「まもなく米価が値上がりします」


 自信満々に言い放った清久に、義光が顔をしかめた。


「なぜそんなことがわかる」


「港に挙げられる鉛や硝石の量が増えていましょう。……これは戦の前触れです。

 明とは講和を結ぶという話でしたが、未だ戦支度をしている大名も少なくありませぬ。おそらく、遠からず再び明征伐となりましょう」


 清久の話に、義光は「ううむ」と唸った。


 ただの小童かと思ったが、なかなかどうして侮れない。


 ただの凡庸な男ではないということか……。


 感心する義光に、清久が恥ずかしそうに笑った。


「…………などと、偉そうなことを申してしまいましたが、実のところ父上から言われていたのです。戦が近いゆえ、準備をしろと」


 義光を言い包める様を、離れたところで駒が眺めていた。


「清久様……」


 義光から見て、清久はまだまだ未熟なところが多い。


 だが、まったく見どころがないわけではない。


 父譲りの内政手腕や、情報網を持っている。


 少なくとも、戦のない太平の世では活躍できるだけの男だということだ。


「…………わかった。……儂の負けじゃ! とっとと祝言でも何でも挙げろ!」


「父上……」


 感極まった様子で駒がつぶやく。


 嬉しさのあまり、清久が勢い良く頭を下げた。


「ありがとうございます! 必ず駒を幸せにしてみせます、義父上!」


「貴様に義父上などと呼ばれとうないわ!!!!」


 義光に殴られ、清久がその場に伸びた。


 それを駒が甲斐甲斐しく手当てするのだった。

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