第89話 初夜と夫婦喧嘩 前編
清久と駒姫の祝言が始まると、木村家、最上家の重臣が集結し、挨拶やら酒宴が始まった。
酒宴を催す傍ら、吉清は一人縁側に腰を降ろしていた。
腫れた頬をさすり、「ふぅ」と息をつく。
「いったいの〜」
「父上!」
呼び止められ、吉清が振り返った。
「おお、清久か」
「此度は私の我儘を聞いてくださり、何とお礼を言えばよいか……」
頭を下げる清久に、吉清は手を振った。
「気にするな。最上との婚儀は当家にとって利になる」
最上家は足利の支流、斯波氏の分家にあたる由緒正しい家柄である。
また、最上義光の正室は大崎義隆の妹ということもあり、駒姫には大崎の血が流れている。
大崎の旧臣を多く抱える木村家にとって、大崎の血が得られる意味は大きい。
少なくとも、ただ中央から派遣されてきた大名ではなく、大崎の血を引く大名となれば、旧大崎領を治める正当性を得られたということに他ならず、大崎旧臣がより木村家に忠誠を尽してくれることを意味している。
そういった思惑もあり、最上との婚儀はまったく意味がないわけではない。
ただ、それはそれとして、最上義光と親戚になるのは気に食わないが。
「父上、その……お聞きしたいことがあるのですが……」
清久が恥ずかしそうに吉清の耳元に口を寄せた。
「……その……実のところ此度の初夜が私の初陣となるのですが、うまくできるかどうか……」
つまり、童貞だから自信がないということか。
しょうもない悩みに、吉清は笑いを堪えた。
童貞だから自信がないというのなら、手っ取り早く童貞を捨ててしまえばいい。
「一度、その辺の侍女なり娼婦で練習してはどうじゃ?」
「なっ……なんてことを言うのですか! これでも祝言を挙げて間もないのですよ!? そんな不誠実なことはできませぬ!」
面倒くさい。こちらはそれどころではないというのに。
吉清は腫れた頬をさすりながら適当に答えた。
「とにかく挿れることじゃ。一度挿れてしまえば、大抵のことはどうにかなる」
「なるほど……」
わかったようなわからないような顔で清久が頷く。
ふと、吉清が頬をさすっているのが目についた。
「あの……大丈夫ですか?」
吉清の頬を差し、清久が言った。
叩かれた跡なのか真っ赤に腫れており、見ているだけで痛々しい
「……大したことではない」
「何があったのですか?」
少しためらって、吉清は言った。
「……紡の侍女にお手つきした」
「なっ……!」
「死ぬほど叩かれたわ……」
「道理で母上の機嫌が悪いと思ったら……」
祝言の際も、紡がどこか不機嫌そうにしていた訳がようやくわかった。
まったく、いつも適当なことばかりしていると思ったら、息子の祝言直前にそんなことをしていたとは。
「のう、清久。……儂と一緒に、紡に謝ってはもらえぬか?」
「なぜ私が……」
「おう、駒姫と婚儀を結べたのは誰のおかげじゃ、ん?」
痛いところを突かれ、清久が思わずたじろいだ。
「……それはそれ、これはこれです」
吉清はため息をついた。
清久が協力してくれないとなると、使える手も限られてくる。
顎に手を当て、「ううむ」と考える仕草をした。
「……適当に物で釣れば、許してもらえるかのぅ……」
あくまで搦手を用いようとする吉清に、清久は呆れた様子で言った。
「ちゃんと、心を込めて謝ることです。誠心誠意、自分の気持ちを伝えれば、きっとわかってもらえるはずです」
「気持ちか……」
いつでも策を弄し、根回しをし、搦手を用いてきた吉清にとって、誠心誠意とは最も縁遠い言葉であった。
しかし、これもいい機会かもしれない。
「……今夜あたり、紡に改めて謝っておこう」
「その意気です、父上!」
そうして、二人は各々の戦場へ向かうのだった。
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