幕間 秀次家臣の亡命
秀次のみならず、その縁者や家臣まで罪に及ぶ可能性が浮上すると、家臣たちの多くがつてを頼って身を潜め、あるいは京の町から逃亡した。
その中で、南条隆信と真田信尹は秀次の主な家臣を連れ、京の町を離れていた。
東へ向かっていると聞き、前野忠康が訝しんだ。
「大坂や堺へ向かうのではないのですか?」
「あちらは殿下のお膝元じゃ。追手も多かろう」
「我らは甲賀を越え、伊勢より畿内を離れるぞ」
秀次の縁者の一人に、甲賀の有力者である多羅尾光俊がいた。
秀次に孫を側室として送り込み、無事に出世街道に乗ったかと思われていた光俊だったが、秀次事件により失脚したのだ。
このままでは命が危ないと畿内を離れる際、南条隆信が声をかけたのだった。
彼を味方に引き入れ、道中での安全を確保する。
甲賀の隠れ里では、他にも秀次事件から逃れてきた秀次の家臣や縁者が集まっていた。
「このまま甲賀に篭っていても、里の者の迷惑となろう……。これより、我らは高山国へ向かう」
高山国といえば、木村吉清の領地である。
畿内からは遠く離れており、秀吉の目も届かないだろう。
隆信らの説明に納得すると、秀次家臣たちは甲賀を越え、伊勢へ向かった。
伊勢松坂へ到着すると、木村家の船を探す。
松坂は蒲生氏郷が発展させた地であり、伊勢でも有数の商業港として名を馳せていた。
また、木村家の誇るガレオン船である景宗船が寄港するに十分な大きさと喫水を持つ港である。
木村家の所有する景宗船を見つけると、秀次家臣たちを船に乗せていく。
一人ずつ見送りながら、隆信は声を張り上げた。
「この船に乗り、高山国へ向かえ。畿内から遠く離れた殿のお膝元じゃ。身を潜めるに、これほど適した地もあるまい」
隆信の言葉に、前野忠康が涙を流した。
「何から何までかたじけない……。このご恩、一生忘れませぬ」
「儂に礼を言うな。すべて殿の下知じゃ」
顔を背け、南条隆信は目頭を押さえた。
「……必ず生きて戻れよ。貴殿との酒、まだまだ飲み足りぬからな……!」
「南条殿……!」
前野忠康が最後に船に乗ると、無事に秀次家臣を乗せた船が出港した。
こうして、秀次の重臣であった若江八人衆や多羅尾光俊を始め、多くの秀次家臣団を高山国へ送り出したのだった。
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