第81話 告白
秀次の告白に、吉清は言葉を失ってしまった。
「なんと……それでは……」
愕然とする吉清に、秀次が笑みを漏らした。
「ふふふ、死を前にしては口が軽くなってしまうらしい……。この話は、墓まで持っていくつもりだったのだがな……」
秀次が自嘲する。
あまりの事の大きさに、吉清は何も言えなくなってしまった。
「きっと、これは罰なのだ。殿下の目を欺き、淀殿と事に及んだ、私への……」
「殿下……」
「しかし、私はともかく、家臣まで付き合わせてしまっては忍びない。……聞けば、木村殿は私の家臣に、ずいぶんと熱心に声をかけているようではないか」
「……………………」
吉清の背中に冷や汗が流れた。
気づかれていた。
バレていた。吉清が秀次の家臣と懇意になることで、彼らの吸収を図っていたことが。
なんと言い訳をしよう。どうすれば言い逃れられるだろう。
青ざめる吉清に、秀次が優しく語りかけた。
「なに、別に怒ってなどいない。むしろ、感謝しているのだ。……私の死後、多くの家臣が路頭に迷うことになるであろう……。そうした者の受け皿となって欲しいのだ」
「殿下……」
吉清の目に涙が浮かんだ。
自分は、秀次の辿る運命を知っていた。秀吉によって謀反の罪を着せられ、切腹するのだと。
それをわかった上で、自分に利するために何もしなかった。
だが、秀次は今際の際まで吉清を信じ、後のことを吉清に託したのだ。
その秀次に、自分に何ができるだろうか。
どう報いたらいいのだろうか。
吉清の胸の奥で、熱いものがこみ上げてきた。
気がつくと、吉清は思わず口走っていた。
「……それがしは、関白殿下が自害されることをわかっておりました」
「……木村殿が殿下から命を仰せつかったのだからな」
吉清が首を振る。そういうことではないのだ、と。
「それだけではありませぬ。太閤殿下の寿命も、後の世に起こることも、全て知っているのです」
「なんと……では、木村殿は……」
「それがしは、今よりずっと先の世で生を受けたのです」
吉清の語った荒唐無稽な話に、秀次が言葉を失った。
死に際に最大の秘密を秀次が語ったように、吉清もまた自分の最大の秘密を語ったのだ。
「し、信じられぬとは思いますが、これが……」
「信じよう」
「殿下……」
これから死にゆく者に、嘘を語ろうとは思わないだろう。
だがそれ以上に、木村吉清の顔が、その眼差しが、嘘ではないと雄弁に語っていた。
後悔と申し訳無さ、そして僅かな安堵が同居した顔は、同じく秘密を語った秀次だからわかるものだった。
「そ、それがしを責めて頂いてもかまいません。それがしは、殿下のお命が奪われることを承知の上で…………何も、しなかったのですから……」
秀次が首を振った。
「誰が責めるものか。私はこの結末に納得しているのだ。……すべては、私の不徳の致すところだ」
すべてを知って、その上ですべては自分の自業自得なのだと言った。
吉清なら止めることができる立場にいたにも関わらず、秀次はすべてを許したのだ。
吉清は涙を流した。
決して泣かないと決めていたのに、溢れ出る涙を止められずにいた。
嗚咽を堪える吉清に、秀次は得心がいった様子で頷いた。
「……そうか。そういうことか。……木村殿の明や高山国、ルソンでの快進撃……。そのわけがようやくわかった。
……これで、思い残すことなく逝けそうだ」
吉清の未練を断ち切るように、秀次は自ら腹を切ると言った。
「先の世を知る木村殿がおるなら、私の亡き後豊臣も揺らぐまい」
「それがしでは、関白殿下の代わりは務まりませぬ!」
「私の代わりなどする必要はない。木村殿は、木村殿の思うがまま動くのだ。……きっと、それが後の世の……豊臣のためになる」
言いたいことはすべて言った。
これで思い残すこともなくなった。
そう思っていたはずなのに、思わず秀次から笑みが溢れた。
「ふふふ、木村殿を驚かせるつもりが、逆にしてやられたな……」
「殿下……」
「安心しろ。秘密は墓まで持っていく」
死に装束を纏った秀次が胸元をはだけさせると、短刀を構えた。
語り尽くした。これ以上は未練が残るだけだと言っているような気がした。
嗚咽を堪え、吉清は震える手で刀を抜いた。
「豊臣家を……拾様を、頼む」
そう言い残すと、秀次は腹を切った。
次期天下人と目されていた秀次の死は、日本中に大きな衝撃を与えた。
秀次のみならず、親類縁者や家臣たちにまで連座することとなり、豊臣政権の基盤を大きく揺るがすことになるのだった。
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