第76話 関白メシと秀忠

 付近の庄屋の家を借りると、秀次が料理を始めた。


 最初から料理をするつもりでいたのか、自前の調味料を持ち込んでいる。


 料理を作っている間、四人は別室で待たされていた。


 吉清が逃げようとすると政宗、義光が引き止め、同じように逃げようとすると他の二人が引き止める。


 そうして足を引っ張り合っていると、鍋を持った秀次がやってきた。


「待たせたな」


 鍋のフタを開けると、刺激臭と生臭さが鼻孔をくすぐる。


 ……これを我々は食べさせられるのか。


 政宗と義光が固唾を飲む中、吉清がおずおずと尋ねた。


「…………恐れながら、味見はされたので……?」


「万作に味見をさせた。天にも昇る気持ちと、絶賛しておったぞ」


 別の意味で天に昇っているのではないか。


 そう言い出せるはずもなく、秀次の手で四人に取り分けられた。


 誰から料理を食べるのか。


 水面下で三人が牽制していると、秀次の元に小姓が来た。


「むっ……すまぬ。少し野暮用が入った。貴殿らは、私の料理を食べながら、ゆるりとくつろいでくれ」


 そう言って、秀次は席を外した。


 これで秀次の目はなくなったが、問題はどうやってこれを処理するかだ。


 また政宗に美味しく調理し直してもらおうか。はたまた、不破万作に無理やり食べさせるか。


 三人が固まっているのを尻目に、秀忠が箸を伸ばした。


「では、いただきます」


「あっ、待たれよ!」


 義光の制止も聞かず秀忠が一口食べる。


 次の瞬間、秀忠は白目を剥いて倒れてしまった。


「秀忠殿!」


 吉清が駆け寄り、政宗が脈を見た。


「……大丈夫だ。命に別状はない」


 政宗の診断に、吉清と義光はホッと息をついた。


 もし秀忠が死んでいては、秀次事件どころではない。


 最悪、豊臣と徳川の戦となっていてもおかしくはなかった。


 冷や汗を拭い、政宗を毒づいた。


「まったく、お主が関白殿下を止めぬからこうなったのじゃ」


「なに!? 俺のせいだと言いたいのか!」


「そう言っておろうが」


「殿下の元へ来たのも、お主らの自業自得ではないか!」


「やめんか、見苦しい」


 義光に制され、吉清と政宗が黙った。


 このまま言い合っていても、状況は好転するはずもない。


 義光は自分によそわれた鍋のニオイを嗅ぐと、思わず鼻をつまんだ。


「それにしても、どうする。また政宗に鍋を作り直させるか?」


 義光の提案に、政宗が首を振った。


「……いや、料理を作るにも道具が必要だ。道具はすべて関白殿下が持っている」


「では、また万作に食わせるか?」


「同じ手を使うなら、秀忠殿を使った方が早いのではないか?」


 政宗が脇で伸びている秀忠を指し、三人は顔を見合わせた。


「…………秀忠殿に食わせるのはやめておこうか」


「うむ。万作ならまだしも、徳川様が出てきては面倒だ」


「既に十分面倒なことになっていると思うのじゃがの〜」


 義光の言葉に、吉清は苦笑いを浮かべた。


 ふと、縁側から外を見ると、鷹狩りに駆り出されていた百姓たちが休憩していた。


「…………せっかくの関白殿下の料理じゃ。儂らだけで食べるというのも、もったいないとは思わぬか?」


 吉清の真意を察し、政宗と義光はニヤリと笑った。


 そうして、三人は手分けして付近の百姓に秀次の鍋を振る舞うのだった。


 付近の百姓に器を持ち寄らせ、一人ずつ鍋を振る舞っていく。


 秀次直々の料理という珍しさもあって、百姓たちが続々と集まってきた。


 彼らを前に、吉清が声を張り上げる。


「おう、並べ並べ! 関白殿下の料理じゃ!」


「吐いても食えよ! 食わぬ者から根切りにするぞ!」


「政宗め……また乱暴なことを…………この鍋には鶴の肉を使っておる! 縁起物じゃ! 早く食べねばなくなるぞ!」


 そうして、百姓たちの尊い命と引き換えに、三人は生き延びることができたのであった。






 秀次が戻ってくると、空の鍋を見て目を見開いた。


「む? もう全部食したのか?」


「はっ」


 吉清が頷き、政宗、義光も頭を下げた。


「大変美味しゅうございました」


「流石は殿下と言うほかありませんな」


 三人に褒められ気を良くしていると、ふと部屋の隅で秀忠が倒れているが目についた。


「秀忠殿が伸びているようだが……」


「食べ過ぎで横になっているのでしょう」


「左様。殿下がゆるりとくつろげと仰せになったので、真に受けているのでしょう」


 政宗と義光の言葉に納得し、秀次は鍋を片付けに戻った。


 そうして、三人は窮地を切り抜けたのだった。






 その一方で、秀次の料理を食べた百姓たちは次々と体調不良に見舞われた。


 ある者は食中毒に、ある者は腹を下し、ある者は高熱にうなされ三日三晩生死の境を彷徨った。


 その話は付近の村々へと伝播していき、噂が広がるほど話に尾ひれがついていった。


 関白から振る舞われた料理に毒が盛られていた。嫌がる百姓に無理やり毒を盛った。井戸に毒を入れた、などの噂がまことしやかに囁かれるようになった。


 この話が京の都に入る頃には、秀次が無抵抗の百姓に突然斬りかかったという噂も流れ初めた。


 そうして京の町人たちの間では、いつしかこう囁かれるようになっていた。











 ──殺生関白ご乱行、と。

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