第72話 秀忠のおつかい

 家康は自派閥を増やすべく、外様大名や豊臣恩顧の武将に手を伸ばしていた。


 その一環として、蒲生秀行に自分の娘を嫁がせるつもりであったが、木村吉清の横槍により、当初の目論見は破綻してしまった。


 だが、蒲生秀行に嫁がせられなくなった代わりに、木村吉清の嫡男に嫁がせられるのであれば話は変わってくる。


「秀忠……たしか、お主は木村殿と懇意にしておったな」


「はっ、それがどうかしましたか?」


「秀行に嫁がせるはずだった振姫と、木村殿の嫡男と婚儀を結んでこい」


「はっ」


 秀忠が頷き、足早に木村家へ急いだ。


 これが成った暁には、徳川は奉行と奥州に影響力を持つ木村家を自らの派閥に取り込むことができる。


「秀行に嫁がせられなかったのは手痛いが、木村の嫡男に嫁がせられるなら、釣が来るわい」


 木村家を取り込めば、奥州において影響力を強めることができる。

 徳川がさらに栄える未来を想像して、家康は口元を歪めるのだった。






 家康と別れてすぐに、秀忠は吉清の元を訪れていた。


「木村殿も知っての通り、蒲生秀行殿に嫁がせるつもりであった振姫の婚姻相手を探しているのですが、これがなかなか見つからないのです……。

 ……どこかに良い殿方でも居れば良いのですが……」


 秀忠からの相談に、吉清は考えた。


 徳川の姫を秀次に嫁がせれば、秀次事件に連座させられるのではないか、と。


 そうすれば、家康に甘い汁を吸わせずに済むのではないか。


 吉清はしれっと言った。


「……それなら、関白殿下の側室にしてはいかがか?」


 秀次は秀吉の跡継ぎであり、家格も将来性もバツグンであった。

 たしかに木村家も影響力があるが、秀次とは比べるべくもない。


「おお! それはよいお考えですな! さっそく、父上にお話してみます」


 良策を得られたと気を良くした秀忠は、意気揚々と帰路につくのだった。






 家康の元に戻った秀忠は、さっそく吉清の話を持ちかけてみた。


「関白殿下であれば、次代の天下人……。家格としても問題ありませぬ。

 父上さえよろしければ、私は関白殿下の元への嫁がせるのが良いと……」


 素っ頓狂な報告をする秀忠に、家康は声を荒らげた。


「この……痴れ者が!!!! 儂は木村殿の嫡男と婚儀を結んでこいと言ったはずじゃ。誰が関白殿下の側室にせよと言った!」


「も、申し訳ございません」


 激怒する家康に、秀忠はただただ謝るのだった。


 秀忠を叱責しつつ、家康は思った。

 秀忠の話も一理ある。


 木村の嫡男と婚姻が成らなかった時は、秀次の側室にするのも悪くないな、と思うのだった。

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