第71話 7万石の男

 豊臣秀保が亡くなったと聞き、秀保の旧臣を取り込むべく南条隆信、真田信尹に勧誘に行かせた。


 一週間後。真田信尹からの報告に、吉清は耳を疑った。


「なに!? 召し抱えられなかった!?」


「はっ、殿より任された5万石、すべてをはたいて召し抱えようとしましたところ、太閤殿下より7万石の誘いを受けていると、断られてしまい申した……」


「なに……!?」


 たった一人を召し抱えるために5万石使おうとする信尹も信尹だが、秀吉から7万石の誘いを受けるとは、ただ者ではない。


「して、その者の名は何と申すのじゃ」


「藤堂高虎様にございます」






 すぐに、吉清は藤堂高虎の出家先である高野山に向かった。


 藤堂高虎が出迎えた。

 挨拶もそこそこに、さっそく本題に入った。


「殿下より7万石の誘いを受けているというのはまことか」


「左様。旧領の2万石に、伊予国板島5万石を加増すると言われてしもうてな。……流石にそこまで求められては、応えぬわけにはいくまい。

 ……殿下より高禄を出せる者もおるまいしな……」


 自慢気に話す藤堂高虎に、吉清は思った。


 藤堂高虎は、自分のことを試しているのだ。


 本気で自分を召し抱える気があるのなら、7万石以上用意してみせろ、と。


 そうでなくては、わざわざこんな話をするまい。


 曽根昌世と同じように、自分を高く売り込んでいるのだろう。


 藤堂高虎には、その自信に見合うだけの能力がある。


 間髪入れず吉清は言った。


「では、儂は10万石出そう」


「なんと……!」


「お主の旧領2万と合わせ、12万石で召し抱える」


 突如提示された高禄に、藤堂高虎は目を丸くした。


「しかし、木村殿の所領は石巻30万石……。高山国やルソンを落としたとはいえ……」


 違う、と藤堂高虎は思った。


 今の吉清には、12万石の知行を即決で決められるほど、潤っているのではないか。


 聞けば、樺太や高山国、ルソンを攻め落とし、同地の開発を進めているという。


 石高までは不明だが、南蛮貿易と文禄の役で潤っていると聞くだけに、その財は相当なものなのだろう。


 そして、高山国やルソンが10万石以上の石高がある地だとすれば、吉清の誘いも納得がいくものだ。


「……12万石であれば、殿下の7万石を大きく上回りますな」


 藤堂高虎がニヤリと笑った。


「では……」


「これより、この藤堂高虎、木村吉清様の家臣となりましょう!」


 頭を垂れる高虎を、吉清が制した。


「待て、そう焦って決めるものでない」


「……………………は?」


 何を言っているのだ。せっかく家臣になると決めたというのに。


「これから殿下や、やもすれば徳川様がお主を召し抱えるようと動くやもしれぬ。…………もう少し待ち、当家から12万石で誘われたと喧伝した方が、お主としても知行を釣り上げられるのではないか?」


 秀吉から7万石で誘われたように、木村吉清から12万石で誘われたと言いふらせば、秀吉からさらなる加増で誘われる。


 そうした方が得だろうと提案しているのだ。


 これから自分が召し抱えようという者に、面白い気遣いをするものだ。

 藤堂高虎は笑った。


「ご心配なく。それがしは、それがしを高く買う者に忠義を尽くします。……木村様がそれがしを高く買う以上、木村様に付き従うまでのこと!」


 高らかに宣言すると、改めて吉清に頭を下げた。


「それでは、これより殿と呼ばせて頂きまする」


「いや、待て」


「…………まだ何か?」


「義を重んじ、代々主に尽してきた者にとって見れば、転々と主を変え出世を重ねてきたお主は、周囲の者から妬まれよう」


「慣れております」


「儂とて、銭に物を言わせて家臣を買い漁っているなどと思われとうはない」


「それの何が問題にございますか?」


 面の皮が厚い高虎に、吉清がささやいた。


「……ここはひと芝居打たぬか?」


「芝居?」


 吉清からの最初の命令に、高虎は苦笑いを浮かべた。


 そうして、


 ……事実はどうあれ、吉清は周囲にそのように喧伝することで、優れた者であれば銭と労を惜しまず召し抱える者であると知らしめたのだった。


(太閤殿下も竹中半兵衛殿を召し抱えた際は、三顧の礼に倣って誘ったと聞く。

 だが、案外木村様と同じことをしたのかもな……)


 そうして、藤堂高虎は気持ちを新たに木村家に仕えることになるのだった。

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