第66話 実力行使

「そもそも、家中の政務をすべて郷安が取り仕切るのが問題なのです。他の者にも政務を任せ、役職を割り振れば、家中の争いも収まりましょう」


 秀行の分析に吉清が頷いた。


 そこまでわかっているのなら、問題の根もだいぶ整理されていると言える。


「しかし、郷安が父氏郷の遺言を盾に政務を手放そうとしないのです」


 ここでも一番の障壁は郷安か。


 吉清が頭を抱えた。


「やはり、郷安を排除するのが一番のようじゃの……」


「は、排除!?」


 不穏な言葉に秀行が動揺した。


「郷安を言いくるめて政務を手放させるより、召し放つなりして無理やり切り離した方がはるかに話が早かろう」


「しかし、父の代からの忠臣に、そのような仕打ちをするのは、あんまりでは……」


「その忠臣にお家の屋台骨を揺るがされては世話ないわい」


「……………………」


 吉清の言葉に思うところがあるのか、秀行が沈黙した。


 これまでは父の忠臣だからと遠慮しているところがあったが、それではダメだというのか。


「それがしも木村様のおっしゃる通り、郷安は排除するべきかと……」


「昌世! なぜここに……」


「儂が呼んだのじゃ。蒲生家のことでいろいろと相談に乗ってもらっておってな……」


 最近二人で話していることが多いと思っていたが、そういうことか。


 秀行の中でいろいろなものが繋がったようで、納得した様子で頷いた。


「問題は、どうやって排除するかじゃな……」


「ここはやはり、蒲生家の棟梁である秀行様、御自ら郷安に手を下されるのがよろしいかと……」


 昌世の意見に吉清が頷いた。


「改易される要因の一つに、家中が乱れ統率が取れていないというものがある。

 秀行殿自ら先代の功臣を廃することができれば、誰も秀行殿の統率を疑うまい」


「ううむ……」


 父、氏郷が郷安のことを気に入っており、郷安への遺言には蒲生家のことを託していた。

 それだけに、乱暴な手段に出るのは気が進まない。


 そもそも、どうやって排除するというのか。


 召し放つにしても、暗殺するにしても、一筋縄ではいかなさそうな気がした。


 そのことを尋ねると、吉清が目を細めた。


「家中に騒乱を招いたとして蟄居させよう」


「なっ、そんなことで蟄居を命じてもよいのですか!?」


「家中に騒乱を招くのは大罪じゃ。それを裁こうというのだから、誰にも文句は言われん」


「しかし、郷安が素直に頷くでしょうか……」


「その時はその時よ。また新たな策を練ればよい」


「なるほど……」


 吉清の説明に納得した秀行は、ただちに行動を開始するのだった。






 後日、蒲生屋敷に郷安を招集すると、秀行からの処分が言い渡された。


「郷安、家中に騒乱を招いた咎により、蟄居を命じる」


「なっ、なんと……」


 秀行の命令に、郷安は信じられない様子で固まった。


 やがて正気に戻ると秀行に頭を伏した。


「これは何かの間違いにございます。お家のことを思って真面目に政務に励んでいた私が、蟄居など……。

 ……それがしを蟄居させては、政務に障りましょう」


「あとのことは家中の者と相談して何とかする」


「し、しかし、私は亡き氏郷様より蒲生家の行く末を託されました。その私を遠ざけては、氏郷様のご遺言に反しましょう」


「そのお主が家中に騒乱を起こしてどうする……!」


 騒乱を起こしたつもりのない郷安にしてみれば、秀行の反論は青天の霹靂だった。


 騒乱? 郷可らが勝手に騒いでいるだけだろう。大方、氏郷からの信頼厚い自分を妬んでのことだろう、と。


「騒乱などと……。きっと郷可めの讒言ざんげんです! どうか、今一度お考え直しを……」


「既に決めたことだ」


「どうか、お考え直しを……!」


「既に決めたことだと言っておろう!」


「殿!」


 なおも食い下がる郷安に、秀行は小姓に命じ郷安を無理やり下がらせた。


 屋敷の外から聞こえる声に、胸の中で空虚な思いが広がっていく。


 面倒な性格ではあるが、あれで心根の悪いやつではないのだ。


 父の側で支えてきた姿を見てきただけに、自分の手で遠ざけるのは、胸に来るものがあった。


 しかし、いつまでも沈んでいるわけにはいかない。


 帯を締め直し、秀行は自分を鼓舞した。


「これからが忙しくなるぞ……」


 郷安の抜けた穴を塞ぐべく、秀行は家中の再編に取り組むのだった。






 一方、郷安は自分の屋敷に半ば軟禁されるような形で蟄居することとなった。


「何かの間違いだ……。こんなことが……」


 秀行の裁定に不満を抱いた郷安の中で、ある思いが燻っていた。


 きっと、秀行は郷可に何かを吹き込まれたのだ。

 郷可さえ排除すれば、自分は再び筆頭家老の席に戻れるのだ、と。


 こうして、蒲生家に新たな火種が残るのだった。

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