第65話 秀行に言うことを聞かせよう

「領地のことや家臣のことで困ったことがあれば、何でも儂に相談してくれ。いつでも力になろうぞ」


「ありがたき申し出なれど、お家の問題は私がなんとかしてみせます。これでも、父氏郷の子ですから」


 あくまでも家中のことは自分で何とかすると言いはる秀行に、吉清は何も言えなくなってしまった。


 その様子を遠くから眺めていた曽根昌世が、吉清の元へ歩み寄った。


「……先は長うございますなぁ……」


 吉清が頷いた。


 先の一件で、秀行からの信頼は獲得した。


 だが、それはそれとして家のことに口を出されたくない。


 そんな様子がひしひしと感じられた。


「……なに、秀行殿とは踏んできた場数が違う。この程度、なんとかしてくれようぞ」


「それはそれは、頼もしき限りですな……」


「何を言っておる。なんとかするのはお主の役目じゃぞ」


「は……!?」


 吉清の言葉に、曽根昌世は耳を疑った。


「元々、これはお主の力を測るための場でもある。この程度のことができなくては、お主の力もそれまでだったということ……。違うか?」


 あからさまに挑発する吉清。


 昌世の脳裏に小幡信貞の言葉がよぎった。


 木村家では出世も早いが人使いも荒いのだ、と。




 吉清と別れると、曽根昌世は現状を分析しつつ作戦を立てていた。


 要するに、蒲生家家中の問題に吉清が口を挟めるようにすればいいのだ。


 後見となり、義父となった吉清は、対外的に見て口を出せるだけの影響力を持っている。


 だが、若くしてお家の当主となった秀行にしてみれば、親戚からの口出しは煩わしい以外の何物でもない。


 昌世のやるべきことは、頑なに吉清を拒み続ける秀行を心変わりさせること。

 あるいは、吉清の言葉が受け入れられる土壌を作ることだ。


 作戦を立てるにあたり、同じ武田旧臣であり、親しくしている真田信尹のぶただに声をかけた。


「儂も木村家へ高禄で仕官できるというなら、力を貸さぬ手はないな」


 真田信尹の協力が得られた昌世は、さっそく作戦を実行に移すのだった。




 郷安と郷可の争いは蒲生家中における派閥争いであり、氏郷の代から続く繊細な問題であった。


 そのため、秀行にとって相手が義父である吉清であろうと口を挟まれたくなかった。


 しかし、頑なに吉清の言葉を拒む秀行であろうと、たった一つだけ吉清の意向を無視できないものがあった。


 曽根昌世は、吉清の養女であり正室の絹の元へ足を運ぶと、吉清からの命令を伝えた。


「義父上がそうおっしゃるのなら……」




 後日、吉清は秀行の元を訪れていた。


「義父上、本日はいかなご用件でしょうか」


「いかなもクソもあるか! 先日、絹から嘆願が届いたのじゃ!」


「た、嘆願!?」


 困惑する秀行に、吉清が書状を読み上げた。


 曰く、


『郷安と郷可の争いは日に日に酷くなっており、蒲生家の先行きを思うと不安で夜も眠れません。

 家中の統制に苦悩する夫を助けるべく、義父上の助力をお待ちしております』


 とのことだ。


「絹め……勝手なことを……」


「かわいい娘が儂に助けを求めてきたのじゃ。これは義父として聞かぬわけにはいくまい」


 搦手から攻めてくる吉清に、秀行はなおも頑なな態度を見せた。


「……お言葉ですが、当家の問題は当家で解決します。義父上の出る幕ではございませぬ」


「その蒲生家に嫁いだ娘からの頼みに、儂は応えようとしておるのじゃ」


「くっ……」


 妻のことを出されると弱い。


 秀行に嫁いだことで木村家から蒲生家の人間になったとはいえ、木村家の縁者には違いない。


 蒲生家の内紛とは違い、夫婦のこと。

 とりわけ正室である絹のこととなれば、これまで頑なに吉清からの干渉を拒み続けた秀行でも、聞かないわけにはいかなかった。


「で、では、ひと月……。ひと月の内に解決してご覧にいれましょう」


「……ひと月もの間、絹に眠れぬ夜を過ごせと申すつもりか?」


「そ、そんなつもりは……」


「……十日じゃ。それまでに何とかできなければ、儂の言うことに従ってもらう」


 いつの間にか主導権を握っている吉清に、秀行が声を荒らげた。


「…………ですから、家中のことは家中で何とかすると……!」


「絹は儂の大切な家族じゃ。蒲生家に嫁いでからも、儂は変わらず家族じゃと思っておる。

 その絹に不安な思いをさせぬよう務めるのが夫の役目。しかし、その娘婿が手を焼いているというなら、それを助けるのも義父の役目よ」


「別に手を焼いてなど……」


「では、十日で何とかできるな」


 吉清に言いくるめられた秀行は、事態を十日で解決するべく動き出すのだった。


 しかし、突如提示された時間制限つきの命令に、まともに準備を進めていなかった秀行が満足な結果を出せるはずもなく、吉清の元へ失敗の報告に上がるのだった。


「では、約束通りは儂の言うことを聞いてもらうからの」


「…………はっ」


 こうして、秀行はとうとう吉清の介入を許すことになるのだった。

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