第63話 秀行の信頼を得よう

 蒲生秀行と吉清の養女である絹が祝言を挙げた。


 これにより、蒲生家と木村家の仲が一層深まる……はずであった。


 祝言の後、吉清は折を見ては秀行を気遣っていた。


「これから、何か困ったことがあれば、遠慮なく儂を頼るといい。お主の義父として、力は惜しまぬぞ」


「ありがたき申し出なれど、その必要はございませぬ。若輩なれど、私は父氏郷の血を引く大名。義父上のお力を借りずとも、立派に差配してみせます」


 秀行の不躾な物言いに、吉清がムッとした。


 秀行の背中を見送ると、どこから見ていたのか曽根昌世まさただがやってきた。


「ずいぶんと嫌われておりますな……」


「べっ、別に嫌われておるわけではないわい。あれくらいの年齢になると、自分のことを大人だと思いたがるもの。子供の戯言よ」


 図星を突かれた吉清が早口でまくし立てると、曽根昌世が笑った。


「さすが、名君清久殿の父君は違いますな……」


「名君?」


「なんでも、石巻で銀札を普及させ、港を大いに栄えさせているとか……」


「…………それ、儂がやったんじゃが?」


「……………………」


 曽根昌世が気まずそうな顔をした。


 普段は飄々ひょうひょうとしている昌世が困っている様子に笑いを堪えていると、秀行が戻ってきた。


「昌世、何を義父上と話しておる。……お主は私の家臣であろう」


「はっ……」


 秀行と昌世の背中を見送りつつ、吉清は思案に暮れた。


 蒲生家の問題の根である郷安と郷可の対立だけを何とかすればいいと思っていたが、事はそう単純ではないらしい。




 後日、自室に曽根昌世を呼びつけると、作戦会議が開かれた。


「まずは、秀行殿から信頼を勝ち取らなくてはなるまい……」


 吉清の話に、昌世が「ふむ……」と考えた。


「木村様は蒲生家家中の者からの受けがいいですからな……。それとなく、木村様の良い話を吹き込みましょうか……?」


 吉清が首を振った。


 自分のことを嫌う者に良い話を吹き込んだとしても、好感度が好転するとは思いにくい。


 むしろ、悪化することさえ考えられた。


「では、いっそ秀行様と衆道に励んでみてはいかがか……?

 あれくらいの年の瀬ともなれば、溜まるものも溜まっていくもの……。

 また、身体を重ねた相手とは格別の信頼に結ばれるものにございます……。

 それがしも亡き信玄公と、それはもう励んだもの……」


「わ、儂は衆道は好かぬ」


「それは残念……」


 しかし、曽根昌世の話も一理ある。


 一度、身体を許した相手にはどことなく気を許し、憎めなくなってしまうのが男のサガである。


 また、秀行もまだ若く、新婚間もないとはいえ、まだまだ遊びたい盛りであるはずだ。


(性欲か……)


 作戦を思いついた吉清は、後日、義父権限を行使して蒲生秀行を呼びつけた。


「何の用にございますか。私も大名として暇ではないのですが」


「まあまあ、そう生き急ぐものではない。

 ……お主もまだ若い。酸いも甘いも知らなくては、大人とは言えぬぞ」


 大人ぶる吉清に、秀行はカチンとした。


「何を……!」


「おお、ここじゃ」


 話しながら歩いていると、目的の場所へと到着した。


 はだけた着物を纏った女性が吉清と秀行を見るや否や、身体をくねらせ誘うようにを作った。


「いらっしゃ〜い♡」


 突然女性に囲まれ、秀行が困惑した。


「なっ、ななな何ですかここは!」


「何って、春を買うところよ」


「はっ、春!?」


 秀行のうぶな反応に、わらわらと女性が集まってきた。


「やだ〜緊張してるの〜?」


「かわい〜♡」


「や、やめろ! 私には祝言を挙げて間もない妻がいるのだ!」


 娼婦たちにもみくちゃにされる秀行を尻目に、吉清は売春街を取り仕切る女性に大判小判を渡した。


「これで桃源郷へ誘ってやってくれ。……それと、あの方は若いが大名じゃ。くれぐれも、粗相のないように……。あと、病気を持っているものは近づけないようにしてくれ」


「かしこまりました」


 そうして、秀行に春を満喫させると、吉清も春を買いに行くのだった。






 吉清は一足先にスッキリすると、行為を終えた秀行を出迎えた。


「どうであった」


「……己の未熟さ、この世の儚さを知りました……。悟りを開く者とは、かくもこのような境地に至ったのでしょうか……」


「…………そうか」


 売春宿で悟りの境地に至る秀行に、吉清は内心笑いを堪えるのだった。






 後日、秀行を売春街へ連れて行ったことがバレた吉清は、秀行の母である冬姫、秀行の正室であり吉清の養女にあたる絹、吉清の正室である紡からこっぴどく怒られた。


 女性三人から詰め寄られ、必死に土下座をする吉清に、奥州の太守として──大の大人としての威厳はまるでなかった。


 しかし、すべての責任を一人で背負い、その上で女遊びの何たるかを教えてくれた吉清に、秀行は尊敬の念さえ抱いていた。


(すべての咎を引き受け、私に罪が及ばないようにするとは……。木村吉清殿……この方ならば信じられる……!)


 これ以降、秀行の吉清に対する態度は軟化していくのだった。

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