第64話 関白の介入

 蒲生家筆頭家老である郷安と、有力家臣である郷可の対立が表面化すると、豊臣家中に動揺が広がった。


 蒲生家といえば奥州最大の大名にして、伊達、徳川への備えとして配されていた家。


 その蒲生家の統率が取れなくなれば、伊達が蜂起し、奥州は再び戦乱の世となるのではないか。


 そんな不安が豊臣家中に広がっていた。


 蒲生家の内紛を問題視した秀次は、さっそく当事者である両名を呼び寄せた。


郷安さとやす殿、郷可さとよし殿、よく参られた」


「はっ、本日はいかなご用向きでしょうか」


 関白である秀次の目の前で争うわけにもいかず、郷安、郷可両名が平伏した。


「お主らは互いにいがみ合っておると、ちまたで噂になっておる。

 そこで、今宵は酒宴を催し、互いの親睦を深めようと思ってな」


「親睦を……」


「深める……」


 蒲生家家中で共に政務に励み、時には共に戦に出た身である。


 お互いよく知っている間柄であり、今更親睦を深めるも何もなかった。


「案ずるな。万事、私に任せておけ」


 自信満々で微笑む秀次に、郷安と郷可はどことなく嫌な予感がした。


 自分のおかげで吉清、政宗、義光を仲良くさせられたと思っている秀次は、次なる目標を郷安と郷可に定めるのだった。






 先日の一件で秀行からの信頼を勝ち取った吉清は、いかに内紛を収めるか思案していた。


 元々、筆頭家老として力を持っていた郷安が、他の家臣に対し専横を振るうことで、郷可を中心に反発しているのだという


「豊臣家にそっくりじゃ……」


 郷安を三成に置き換えれば、すんなりと頭に入った。


 元々、豊臣家も三成を筆頭とする文治派と、加藤清正、福島正則らの武断派による派閥争いが繰り広げられており、秀吉の死後、それが表面化することとなった。


 結果的には、関ヶ原の戦いという形で暴発することとなり、三成処断という形で幕を下ろした。


 同じように、皆から嫌われ、疎まれる郷安を排除すれば、蒲生家の騒乱は収まるのではないか。


 そう考えた吉清は、そのことを曽根昌世に話した。


「郷安を排除、ですか……」


「ダメか?」


「かつて、それがしの仕えていた武田家も、似たようなことがございました……。

 信玄公の亡き後、跡を継いだ勝頼様と譜代の重臣が対立し、重臣たちはなかなか勝頼様の言うことを聞かず、苦慮しておられました……。

 当主が急死すると、かくもお家が乱れるものと……」


 長篠の戦いにより、重臣の多くが亡くなったことで武田家は弱体化した。


 その結果、武田家は信長により滅ぼされることとなった。


 曽根昌世はその様子を目の当たりにしてきただけに、言葉には重みがあった。


「されど、長篠で譜代の重臣が軒並み亡くなったことで、家中の風通しが良くなったのも事実……。

 今は太平の世なれば、家中の動揺を見計らって敵が攻め寄せて来ることもありますまい……。

 であれば、郷安が抜けた後の立て直しを図るだけの時間は十分あるかと……」


「では、やはり郷安を排除するべきじゃな」


「問題は、いかに秀行様に悟られず郷安を排除するか、ですな……」


 後見にあたる吉清が口を出すだけならまだしも、勝手に家臣の排除まで画策しては、いかに吉清が義父とはいえ、あまりにやり過ぎと言えた。


 下手をすれば、蒲生家と木村家との関係が破綻しかねない。


 秀行にバレないよう秘密裏に、それでいて木村家の関与が疑われないよう、事を進めなくては。


 その方法を考えていると、曽根昌世が口を開いた。


「ここはやはり、郷安を暗殺するのがよろしいかと……」


「儂に暗殺を命じろというのか……」


「それがしに任せて頂ければ、万事抜かりなく……」


「ううむ……」


 直球かつシンプルな解決策に、吉清が唸った。


 たしかに、邪魔者を暗殺をするのが最も手っ取り早い手段には違いない。


 しかし、吉清の中で引っかかるものがあるのも確かであった。


 ボタンをかけ違えたような感覚。解答欄をずらして記入してしまったような、奇妙な気持ち悪さが、吉清の中で燻っている。


 果たして、本当に暗殺するしか道はないのか、と。






 後日、改めて曽根昌世を招集すると、吉清は宣言した。


「やはり、暗殺は止めにする」


「…………理由を伺ってもよろしいですかな……?」


「事が秀行殿に露見した時の代償があまりに大きすぎる。

 また、家中の統制が取れないことも改易される理由として考えられるゆえ、家臣の暗殺を許してしまっては、秀行殿の統率も疑われよう」


「なるほど……」


「事は儂らのみの話ではないのだ。事情を話し、秀行殿にも動いてもらおう。

 そのために、苦労して秀行殿の信頼も得たのだからな」


 吉清の決定に曽根昌世が頭を下げた。


「仰せのままに……」






 数日後、秀次は秀吉から叱責されていた。


 許可なく郷安と郷可を集めて酒宴を催したことで、秀吉の怒りを買ったのだ。


「なぜ儂の断りもなく蒲生家の家老と酒宴を催した!」


「……蒲生家家中が荒れていると聞きましたので、何か、私なりにできることがないかと……」


「だからといって、儂の許しもなく調停をするとは何事じゃ!」


「ひ、秀行殿から許しを得ていたので、構わぬかと思い……」


「……お主の中では儂よりも秀行の方が偉いと申すか?」


「いえ! そのようなことは決して……!」


 煮え切らない秀次の態度に辟易した秀吉は、扇を外へ向けた。


「もうよい! 下がれ!」


「…………はっ」


 秀次を下がらせ、秀吉はため息をついた。


 拾が生まれてからは、秀次の至らぬところが目につくようになった。


 たしかに秀次は心根の悪い者ではない。


 しかし、軽率なところも多く、海千山千の諸大名をまとめ上げ、天下を差配できるとは思えない。


 一度は秀次を後継者に指名したものの、本当にこれで良いのか。


 やはり、秀次が養子なのがいけないのか。

 実子である拾なら、きっと天下の主に相応しい者になるのではないか。


 秀次への失望が大きくなるのと同時に、拾への期待が膨れ上がるのだった。

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