第46話 木村経済圏

 大道寺直英は港の建設のため、東北各地の与力大名の元を渡り歩いていた。


 津軽為信の領地、陸奥湾に面した地にやってくると、港を造るべく配下の者に指示を飛ばした。


 テキパキと仕事をする木村家臣団を眺め、津軽為信が「ほぅ」と息を飲んだ。


「名護屋で世話になったばかりか、領地に新たな港を造ってくれるとは……。木村殿の厚意には頭が下がる。

 人足や木材はこちらでなんとかできるが、大きな港を造れるだけ技能を持った者がおらなんだ。大道寺殿が来てくれて、本当に助かったぞ」


「なんの……。それがしは殿から命じられて来ているだけにございます。お礼なら、殿におっしゃってください」


 そうであったな、と津軽為信が笑った。


「しかも、港を造るのにかかる費用は米で払ってもいいのだろう?」


 当時の大名の収入は、百姓から収められる年貢。──つまり米が税収であった。


 しかし、商人との決済には銭を使わなければならず、米の換金を行っては手間が増える上、マージンもかかってしまう。


 そこで、吉清は港を建設するのに必要な費用を米で支払うことを認めたのだ。


 そうして、吉清は東北各地に港を建設しつつ、その対価にもらった米を城の蔵に蓄えていた。


(なにゆえ殿が米を蓄えるのかわからんが、殿のことだ。何か考えがあってのことなのだろう……)


 直英はそう自分を納得させると、港建設を進めていった。




 そうして完成した港には、石巻で建造された景宗船が入った。


 樺太からの物産を載せ、またある時は高山国、ルソンの産物が港に入り、新たに築いた港町が活気に溢れている。


 その様子を満足気に眺めつつ、桟橋に着岸した景宗船を見て、為信が思わずつぶやいた。


「実に大きな船よ……。まるで城が水に浮かんでいるかのようだ」


 実際、町にあるどんな建物より、木村家の景宗船は大きく、城のように堅牢な造りをしていた。


 戦となれば移動要塞として働くであろう、この船を前にしては、日ノ本のどんな水軍とて一筋縄にはいかないはずだ。


 それだけ強大な力を持つ木村家と友誼を結べたことに安堵しつつ、為信は羨望の混ざった眼差しで見つめていた。


 為信の独り言を聞いていたのか、直英がその場に頭を下げた。


「殿より、津軽様にはこの船を貸してもよいと下知を賜りました」


「なに、それはまことか!?」


「冬になれば北の海は荒れますからな。また、雪で道が塞がれば、物の流れも止まりましょう。……しかし、この景宗船があれば、どんな荒波も越えていけますからな」


 津軽為信が頷いた。


「たしかにな……。これがあれば、この津軽の地は前にも増して豊かになるぞ!」


 一度に交易できる量が増えるだけでなく、冬の荒波も越えてゆける。そして、軍事力も飛躍的に伸びることとなるだろう。


 為信の前向きな様子に手応えを感じた直英は、すぐに算盤勘定を始めた。


「はっ。つきましては、景宗船を貸すにあたり、月の賃貸料は……」


「木村殿に伝えてくれ! 重ね重ねかたじけないと!」


「はっ。して、月の賃貸料は……」


「木村殿に伝えてくれ! ご厚意、かたじけないと!」


 無理やり押し切ろうとする津軽為信に、直英は苦笑いを浮かべた。


 賃貸料については、あとで沼田祐光に話しておくとしよう。




 港が建設されたことで南方への航路が開け、東北大名たちの領地が活気づくこととなった。


 中でも、吉清の領地である高山国、ルソンとの取引が活発になったことで、木村家の発行した銀札の影響力がそれらの大名にも広がっていった。


 そうして銀札の利便性に目をつけた、津軽、松前、南部、秋田でも独自の銀札、金札の発行が始まることとなった。


 銀札が乱立することとなり、札の交換による為替も発生することとなった。


 そうした中で、いち早く銀札を導入し、樺太、高山国、ルソンに影響力を持ち、銀と金に交換できる木村家の銀札、金札は高い信用を持ち、金、銀に次ぎ、奥州における基軸通貨としてより一層価値が高まるのだった。


「殿、本当に格安で港を造ってよかったのですか?」


 東北各地を巡り、一通り港の建設を終えた直英は、京にいる吉清の元に報告に来ていた。


「かまわん。与力大名たちの領地で当家の銀札が普及すれば、実質的には我が木村家の商場となるのだからな。

 そして、それだけ経済的、金銭的に当家に依存するようになれば、儂に逆らえなくなろう。

 なにより、当家は紙切れを刷るだけで、連中の領地から米を買えるようになるというわけよ」


「さすがは殿……おみそれしました」


 港の建設と船の貸し出しで、そこまで計算していたのか……。


 直英は吉清の思慮深さに感服するのだった。

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