第47話 銀札戦争

 木村領や与力の東北大名たちが銀札を導入したことで経済が活発化する中、これに目をつけた武将がいた。


 独眼竜、伊達政宗である。


 木村領の隣に位置しているという立地を逆手に取り、職人の引き抜きや技術を盗むことで独自の銀札を発行した。


 そうして商業を活発にさせると共に、伊達家の収入を増加させるのだった。


 また、木村家で発行された銀札を調べ上げ、模造品──ニセ札を作ることで、ただの紙切れから木村家の金銀を吸い上げた。


 これに違和感を覚えた荒川政光が、石巻より京の吉清の元へやってきた。


「殿、近頃、どうも金銀の減りが多いようでございます」


 吉清が首を傾げた。


「戦もしておらぬし、城の普請もしておらん。……何か銭を使うことでもあったかな……?」


「不審に思った家臣が調べたところ、このような物が出てきました」


 政光が懐から銀札を取り出した。


 一見すると、木村家の銀札によく似ている。ただ、ところどころに差異が見られ、見る人が見れば木村家のものではないことがわかる。


「これは……ニセ札か!」


 政光が頷いた。


「既に石巻のみならず、樺太や高山国でもこれと同じものが見つかっているとのことです」


 吉清が頭を抱えた。


 銀札は銀と交換できる札という触れ込みではあるが、事実上、銀によって価値の担保された紙幣──銀本位制の紙幣でしかない。


 紙幣である以上、遅かれ早かれニセ札は出るとは思っていたが、完全に後手に回ってしまっていた。


 銀札は銀と交換ができることで、銀の価値と同じだけの価値があると認められるが、交換に必要な銀が枯渇してしまっては、銀札の価値は破綻する。


 そのため、ニセ札が出回っては銀の流出は早められ、木村家の財が失われると共に、木村家主導の銀札経済圏そのものが破綻してしまうのだ。


「政光よ。何者が作ったのか、調べはついておるか?」


「はっ、使用していた商人を尋問しましたところ、裏で糸を引いていたのは伊達家のようでございます」


「おのれ……政宗め……。この恨み、タダでは返さんぞ!」


 吉清は、すぐさまニセ札禁止令を発令した。

 領内で木村札のニセ札を使った者は、例外なく市中引き回しの上打ち首という厳罰を課した。


 そうして、すぐにニセ札とわかる銀札は取り締まり、銀の流出を遅らせたが、精巧なニセ札についてはなかなか取り締まれないでいた。


 そこで、紙の素材、色、文字や模様を一新した、新木村銀札を発行した。


 日本の職人のみならず、明やイスパニアの職人も集め、高精度、高品質な銀札を生み出したのだ。


 新たに作られた銀札は、最新技術である透かしや、ミリ単位の細かな印刷が採用され、ニセ札の製造を難しくした。


 さらに、専門の職人や技術者を手厚く保護しつつ、彼らを住まわせるための町を新たに建設した。


 同時に、銀札の発行に機材を置くことで、“物”からの技術流出を防止した。


 のちに、銀札の町が作られた地は銀座と呼ばれることとなり、銀札を発行する建物は銀行と呼ばれることとなった。




 そうして、木村銀札は新札に切り替えつつ、職人には別のことも命じていた。


 木村家筆頭家老であり、石巻奉行、そして新たに設置した銀札奉行を兼任することとなった荒川政光が、職人たちを見回した。


「お主らには、この模様、絵柄を模倣した札を作ってもらう」


 職人の一人が札を手に取った。


 職業柄、札を見る機会が多いだけに、どこの札かは一目でわかった。


「これは……伊達家の銀札ですかい?」


 職人の問いに、政光がニヤリと頷いた。


 そうして、木村家の最新技術を用いて、伊達家のニセ札作りが始まった。






 京の伊達屋敷にて、伊達政宗は家臣と碁を指していた。


 木村家から騙しとった金銀が、日々貯まっていく。

 家臣からの報告が楽しみで仕方がなかった。


 碁を指す傍ら、控えていた片倉景綱に尋ねた。


「木村から絞りとった金銀は、いかほど集まった?」


「はっ、ざっと10万貫ほどかと……」


 片倉景綱が本日何度目かの質問に答えると、政宗はクククと笑った。


 葛西大崎の乱では一杯食わされたが、今度はそうはいかない。


 木村家が文禄の役で金銀を蓄えていることはわかっていたので、搾りとれるだけ絞りとってしまおうと考えていた。


(幸いというか、木村との仲は最悪だからな……。ニセ札を作るのに遠慮する必要もない……)


 そうして、悦に浸りながら木村から吸い上げた金銀の使い道を考えていると、小姓が息を切らせやってきた。


「と、殿! 大変でございます!」


「なんだ、騒々しい」


「領内にて伊達銀札のニセモノが出回っており、蓄えた金銀が枯渇しました!」


「なっ、何ィ!?!?!?」






 家臣から剛の者を連れ、伊達政宗は木村屋敷に押しかけた。


 木村家臣や小姓の静止も聞かず、政宗が吉清の部屋の襖を蹴破った。


「木村殿! どういうことなのか、説明してもらおう!」


 興奮する政宗とは対象的に、吉清は冷静に返した。


「どういうこと、とは? はて、何の話であろうの?」


 白々しくとぼける吉清の背後では、浅香庄次郎や御宿勘兵衛が控えており、政宗に警戒していた。


「とぼけるな! 我が領地がで銀札のニセモノが出回っておる! 貴様の仕業であろう!」


「おお、それはちょうどいい。実はの、当家でもニセ札が出回っており、ほとほと困り果てておったのじゃ。

 ここは過去の諍いは水に流し、共にニセ札を作った者を捕えようではないか」


 吉清のあまりにふてぶてしい提案に、政宗は苛立った。


 だが、木村領でのニセ札のことを言及されては、こちらの立場が悪くなってしまう。


 ましてや、大事に発展して秀吉の裁量となってしまっては、最悪取り潰しも考えられた。


 金銀の喪失と、お家の取り潰し。この2つを天秤にかけられるはずもない。


「……………………帰るぞ」


「と、殿!?」


 困惑する伊達家臣を連れ、政宗は引き上げていった。


 遠くから響く、「壊した襖の代金は、後で必ず払ってもらうからの〜!」という吉清の声は、聞こえないふりをした。




 その後、吉清は同じようにニセ札に困っていた津軽、松前、南部、秋田にも、最新技術を駆使した新たな銀札の発行を代行した。


 そうして、木村家は奥州における銀札経済圏の盟主として君臨するのだった。

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