幕間 関白メシと政宗シェフ2

 政宗と共に台所に入ると、吉清が何かに躓いた。


「おっと!」


「おい、気をつけろよ」


 政宗の言葉を無視して、足元に手を這わせる。


 暗くて見えにくいが、これは脚だ。

 この場に誰かが倒れているのだ。


 脚から、太もも、胴と視線を辿る。その人物の顔を見て、吉清は思わず固まった。


 精悍ながらも整った顔立ち。浅香庄次郎、名古屋山三郎と並ぶ美少年と名高いその顔には、見覚えがあった。


「不破万作……」


「殿下の料理を味見していたやつか!」


 政宗が脈をとり、万作の顔に手をあてた。


「……息はしているな。じき、目も覚めよう」


 こういう時、医術の心得のある政宗がいると心強い。


 この時代の平均寿命は短く、長生きできるだけで大きなアドバンテージを得られる。

 今度、吉清も軽く医学について師事を受けてみようと思った。


「しかし、時間稼ぎを最上殿一人に任せて良かったのか?」


「伯父上を心配するなど100年早いわ! なにせ、羽州の狐と呼ばれるお人。口八丁はお手の物よ!」


 軽口を叩きつつ、慣れた様子で下ごしらえをする政宗に、吉清は所在無さげに立ち尽くしていた。


「それで、手伝いをするとは言ったが、儂は何をすれば良いかのぅ?」


「不破万作を看病してやれ。……それと、俺の作った鍋を毒味してもらおうか」


 政宗の冗談に、吉清は顔をしかめた。


 先ほど政宗の料理をなじったことを、まだ根に持っているのか。


 吉清は万作を担ぐと、逃げるように台所を後にした。




 不破万作を別室に運ぶと、廊下から義光と秀次の声が聞こえてきた。


「ほう! では、小田原では関白殿下自らが軍を率いられ、城を落としたのですか!?」


「うむ。城は落とせたのだが、家老の一柳直末が戦死してしまった……。まだまだ私を支えて欲しかったのだがな……」


「それは悲しいことですな……。幼き日より共に過ごした家臣を無くすというのは、家族を無くすに等しいことですから……!」


 目尻に涙を浮かべ嗚咽の混じった声の義光に、秀次が感極まった様子で手をとった。


「わかるか……。この気持ちが……!」


 思い出し泣きをし始めた秀次を、義光が優しく抱き締めた。


 己の胸を貸し、存分に泣かせる。

 義光は秀次の背中をさすりつつ、時間を気にするように辺りを見回した。


 吉清は秀次の背後に回り込むと、義光にハンドサインを出した。


(あと一刻(30分)ほど時間を稼いでくれ)


 義光は「心得た」と言わんばかりに頷いた。




 この場は義光に任せ、不破万作の看病を続けると、台所から政宗がやってきた。


「木村殿、一つ、使いを頼まれてくれ」


「何か必要なものでもあるのか?」


「曲直瀬道三から、薬を貰ってきてくれ」


 政宗からの“おつかい”に、吉清が顔をしかめた。


「……入れるのか? 鍋に薬を……」


「関白殿下じゃあるまいし、そんなことをするか。俺は味を整えはするが、腹の面倒までは見れん。……万が一腹を下した時のための保険よ」


 政宗の言葉に不穏なものを感じつつ、吉清は曲直瀬道三の元へ走った。


 このまま逃げれば良かったと気がついたのは、使いを終え、秀次邸へ帰ってきてからのことだった。




 薬を渡し、再び万作の看病を続けていると、廊下から義光の声が聞こえてきた。


「では、そろそろ政宗たちの元へ戻るとするか」


「あ、いや、殿下……まだよろしいのではないかと……」


「ん? あんまり待たせるのも悪かろう」


「し、しかし……」


 様子のおかしな義光を、秀次が訝しんだ。


「怪しいな……。私に隠し事でもしているのか?」


 このままではまずい。


 義光が押し切られそうになっているのを見て、吉清が秀次の前に出た。


「殿下、少々お時間を頂きたく…。それがしからお話したきことがございます」


「そうか。だが、政宗を待たせるのも悪い……。向こうで話そう」


「いえ、今、二人で話しとうございます」


 吉清に押し切られ、秀次は不承不承といった様子で頷いた。


「……わかった。そこまで言うからには、よほど大切な話なのだな」


 中庭に移動しながら、吉清は考えた。

 適当に大事な話がある風を装ったが、さて何を話そう。


 元々、秀次と仲良くなる気などさらさらなかっただけに、秀次の好みもさっぱりわからない。


「それで、話とはなんだ?」


 追い詰められた吉清は、切り札を出すことにした。


「ひ、拾様のことです」


 吉清からひと通り話を聞くと、秀次がううむ、と唸った。


「……たしかに、拾様がお産まれになったことで、太閤殿下が私ではなく拾様に跡を継がせたくなるというのも、わからない話ではない。しかし……」


 信じられないのか。いや、信じたくないのか。

 秀次は逡巡するように考え込んだ。


「しかし、現に拾様にお会いできていないではありませんか。これこそ、太閤殿下が関白殿下を遠ざけている、何よりの証拠では……?」


 吉清の話に、秀次としても思い当たる節があった。


 理屈はわかるが、理解したくない。

 しかし、理解しなくては、筋の通らない話ではある。


 秀次は自分を納得させるように、力強く頷いた。


「木村殿のお話、よくわかった。……一度、太閤殿下とお会いし、改めて殿下と拾様に忠誠を誓う誓紙を書こう」


 話が一段落ついてしまい、吉清は慌てて辺りを見回した。


 秀次の背後に回り込んだ義光が、吉清にハンドサインを出した。


(まだ時間がかかる。ここからは儂が関白殿下を足止めする)


 義光のサインに、吉清が頷いた。


「関白殿下、儂からも二人で話したきことがございます」


 義光が入ってくると、この場は義光に任せ、吉清は政宗を手伝うべく台所へ戻った。


 ひとまず、これでなんとか時間は稼げそうだ。




 吉清が食器を並べていると、襖に影が差した。


 まさか、もう来たというのか。まだ合図は出していないではないか。


 吉清の頭に最悪の想像がよぎる。


 覚悟を決める間もなく、一息に襖が開けられた。


 入ってきたのは、やはりというべきか、秀次であった。


「すまんな。……待たせてしまった」


「あっ、いえ、そんな……。お気になさらず……」


 ちらりと秀次の背後を見ると、義光がすまなそうに手を合わせていた。


「……………………私の鍋が見当たらないのだが……どうしたのだ?」


「あ、こ、これは……」


 吉清と義光が言い訳を考えていると、間の悪いことに、政宗が戻ってきた。


「待たせた! ちょうど今出来上がった、ぞ…………」


 鍋を持ってやってきた政宗が、秀次を見て固まった。


「…………なぜ政宗が、私の鍋を持っておるのだ?」


「そ、それは……」


 政宗と義光の中で諦めに近いものが広がる。


 もはや、これまでか……。


 そんな中、政宗の鍋を見て吉清はしれっと答えた。


「殿下に冷めたものを出すわけには参りませぬゆえ、温め直していたのです」


 吉清の助け舟に、政宗が全力で乗っかった。


「そ、そのとおり! せっかくの殿下お手製の料理なのですから、冷めてしまってはもったいない!」


 政宗の配慮に気を良くしたのか、秀次が満足げに微笑んだ。


「そうであったか。気を使わせてしまったな」


「いえいえ、これくらい造作もないことですから!」


 改めて、秀次を含める四人で席につく。


 各々によそうべく、秀次が器を持つと、ほんのりと温かいことに気がついた。


 秀次が驚くと、吉清が当たり前のように答えた。


「器が冷たいままでは、汁をよそっても冷めてしまいます。それゆえ温めてておけと、伊達殿に申し付けられておりました」


「おお、そうであったか。流石は政宗。実に気の利く男よ」


「……はっ」


 吉清からの配慮に、素直に乗っかる。


 政宗は、そんなことは命令していない。

 となれば、吉清が勝手に気を効かせ、政宗に手柄を譲ったに他ならない。


 政宗は思った。


 木村吉清という男は、抜けているように見えて侮れない。なんと目端の効くことか!


(あれしきの反乱、すぐに鎮圧するわけよな……!)


 と、吉清への評価を新たにした。


 全員によそわれたのを確認すると、秀次が音頭をとった。


「では、食べるとするか」


「「「はっ!」」」


 こうして、奥州に一時の平穏が訪れたのだった。




 食べ終わると、秀次が満足そうに箸を置いた。


「どうやら、私には料理の才能があるのやもしれんな。……また、折を見て振る舞ってやろう」


 秀次からの厚意に、三人は心の中で叫ぶのだった。


「「「もう勘弁してくれ!」」」

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