第14話 臨時収入

 奥州再仕置軍の動員に際し、吉清は長束正家の元へ配属された。


 正家は、九州攻めや小田原征伐の際にも兵糧奉行を努めており、豊臣家中における、裏方のエキスパートだ。


 今回は正家が兵站を整え、吉清が行軍する道を整備することもあり、仕事の内容としては近いものがある。


 わからないことがあれば手伝ってもらえという、浅野長政の配慮のように感じられた。


 右も左もわからない吉清に、長束正家がアドバイスをした。


「コツは、自分の金だと思って差配することだ。己の懐が痛むとあっては、財布の紐もおのずと固くなる」


「なるほど……」


 小田原征伐の際の帳簿を見せてもらい、それを参考に計画を立てていく。


 過去の帳簿と見比べ、吉清はううむと首をひねった。


「長束殿、ここなのですが……兵糧の購入費用に対して、売却の費用が安すぎるのではないかと」


「小田原では兵糧攻めをせよと命じられた。それゆえ、高値であっても買い占める必要があったのだ」


「なるほど」


 別の項目を開き、またしても首をひねる。


「……たしか、小田原では諸大名の負担を軽くするために、市を開いて現地で物資を調達できるようにしておりましたな」


「それがどうかしたか?」


「いえ、塩一つとっても、ずいぶんと値が張るものだと思いましてな」


「堺より運んだのだ。それくらいの値はする」


「ですが、兵糧と一緒に船で運ぶのでしたら、遠方から持ってきたものとはいえ、そこまで値が張るとは思えぬのですが」


「そういうものだ」


「はぁ……」


 吉清の疑問が増えていく中、執務は続いた。


 そんなある日のこと。いつものように帳簿や書面と睨み合ってると、長束正家が何かを落とした。


「長束殿、何か落としましたぞ」


 中を見ると、小田原征伐時の帳簿らしい。兵糧の手配やら薪代飼い葉代が細かく書かれている。


 だが、どうにも数字がおかしい。同じ項目でも、昨日見たものより少なくなってるように見えるのだ。


 熱心に読んでいると、正家が慌てて奪い取った。


「長束殿、まさか……これは二重帳簿では?」


「…………」


 言い当てられるとは思ってなかったのか、正家が固まった。


「長束殿は、その……横領をされていたので……?」


「……ええい、さっきからわけのわからぬことを! ……おぬしはいったい何が言いたいのだ!」


 逆ギレする正家に、吉清は「違う」と言いたかった。


 不正を糾弾しようという意図もなければ、正家の立場を追い落とそうなどと思っていない。


 ただ、状況証拠や物的証拠を見て、思わず尋ねてしまったのだ。


 言葉に詰まった吉清は、奥州の地図を広げた。


 堺から石巻まで、海を通るようにつつつと紙面をなぞる。


「上方より大量の物資を運ぶとあっては、海運を用いるが常道。南部家と接する当家の領地でも新たに港を造っておりますが、軍を動員する夏までには完成させなくてはなりませぬ。いち早く、建設をせねばと思いましてな」


 この先の言葉を察したのか、正家がニヤリと笑った。


「それならば、経費として認められるだろうな」


 懐の深い、素晴らしい上司に敬意を払いつつ、ついでに武具を購入する費用や、木村領の街道の整備にかかる費用も計上することにした。

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