第6話 内政と切腹

 荒川政光を呼ぶと、あるものを用意させた。


「殿、こちらにございます」


「うむ」


 荒川政光が差し出したのは、椎茸の原木だった。当時は椎茸が菌類であったことさえわかっていなかったのだから、米と違い量産が難しかった。


 また、寺社で振る舞われる精進料理に使われることから値段が跳ね上がっており、高い利回りで稼ぐことができるのだ。


「教えたとおりにすれば、たちまち椎茸が生えてくるはずじゃ」


「なるほど、うまく行けば、すぐにでも銭になりそうですな」


 吉清が「うむ」と頷いた。


「米以外にも、粟や稗などの雑穀、蕎麦や麦、芋などの寒さに強い作物を奨励する」


 戦国時代は小氷河期と言われており、現代よりも気温が低く凶作となりやすい。さらに、東北では稲作に適していないことから、江戸時代では頻繁に飢饉に見舞われ、餓死者も多く出た。


 江戸時代になると米の収穫高は大名の格付けとして重要な指数ではあるが、肝心の収穫量が安定しないなら、財政的にも貧弱になることが目に見えている。


 現に、東北諸藩では凶作による餓死や一揆が全国的に見ても多く、食料の安定的な供給は急務であった。


「良いことですな。米だけに頼っていては、不作となった際に村々が立ち行かなくなります。寒さや貧しい土地でも育つ作物なら、凶作となっても飢えを凌げましょう」


 雑穀だけでは収入面に不安がある。米とは違い、換金に不向きだからである。


 そこで、吉清は自身の直轄地で商品作物の栽培を推奨した。


 和紙の原料となる楮や、漆器に使う漆、養蚕に使う桑、さらには薬草などの換金に優れた商品作物の栽培を進めた。


 それらを上方で現金に換金する際には、港の建築に出資してもらった目加田屋長兵衛に任せることにした。


 成果が出るのは当分先のことになり、さらにこれから起こるであろう一揆の抑制にもならないが、先々を見据えると必要なことに違いない。


 清久が不思議そうな顔をして吉清に尋ねた。


「父上、検地や刀狩りはなさらないので?」


「検地は浅野殿がやっておったな。領内の全てに検地をしたわけではないが……まあ、何とかなるだろう。刀狩りも……まだ早いか」


「そんな弱気でどうされますか! 太閤殿下は父上ならばこの地をよく治められるだろうとお命じになられたはず。その殿下のご期待を裏切るおつもりですか」


「殿下より肥後の地を任された佐々成政も、着任早々に検地を行い一揆が起こっておる。慎重に統治するよう命じられていたにも関わらずな。……その結果どうなったかは、おぬしも知っておるであろう」


 ぞくり、と清久の背筋が震えた。


 織田家中にあって猛将と名高かった佐々成政。柴田勝家の与力として上杉を相手に活躍した男であったが、その最期は一揆の責任を取り切腹という、壮絶なものだった。


 清久の脳裏に、切腹した自分と父の姿が浮かんだ。


「……わかりました。検地や刀狩りは、もう少し足場を固めてからにしましょう。しかし、父上だって様々な改革をされているではありませんか」


「まだ命じただけだ。本格的に始めるのは、来年の春からになるだろう。第一、この地に来て、まだ一ヶ月も経ってはおらぬ。この後に起こる一揆のことを考えれば、下手な手は打てん」


 自分の言葉に、吉清は「しまった」という顔をした。


 清久が眉をひそめた。


「…………一揆? こ、これから一揆が起こるのですか!?」


「…………何のことだ?」


「……いやいやいや! たしかにおっしゃいました! 一揆が起こると!」


「…………すまん、口が滑った。忘れてくれ」


「父上!」


 父を逃がすまいと、清久が詰め寄る。


 引き下げる気配のない清久に、吉清は重いため息を溢した。


「……おぬしの頑固で真面目な性分は、いったい誰に似たんだか……」


 清久の目がまっすぐ吉清を射抜いた。


 吉清は降参するように手を挙げた。


「……実は、伊達の手の者が、当家の者に蜂起を促しているという話を聞いてな」


「その話、まことにございますか」


 もちろん嘘だ。


 吉清が逆行転生しており、史実の情報を知っていたからこそ得られた情報であり、本来であれば忍びのような諜報活動をする者を持っていない吉清には知る由もない。


 だが、正直に逆行転生をしたなどと話したところで信じて貰えるとも思えず、下手をすれば頭のおかしい者と思われてしまう。実の息子から残念な者を見るような目を向けられた日には……。考えただけでゾッとしてしまう。


 故に、清久には嘘の説明をすることにした。結論に至る過程こそ違えど、伊達政宗が一揆の扇動をしたのは間違いないのだ。清久が納得のいくような言葉を並べて、言いくるめてしまえばいい。


 始めは驚いていた清久だったが、次第にわなわなと震えてその場に立ち上がった。


「おい、どこへ行く」


「太閤殿下のところです。この話がまことなら、伊達政宗は惣無事令違反をしていることになります。殿下に直訴して、然るべき裁きを下していただかねば」


「待て待て待て。あくまでこれは噂じゃ。証拠もなしに、殿下が大名を裁くことがあろうか。……下手をすれば、逆に殿下の顔に泥を塗ることになるやもしれぬのだぞ」


 清久が足を止め、その場に立ち尽くした。


「…………では、どうすれば良いのですか。このまま黙って政宗の好きにさせろと仰るのですか?」


「焦らずとも、今は力を蓄えるのだ。来たるべき時に備えてな」


「父上……」


「……それに、一揆を起こす者を討てば、そやつらの領地はそっくり儂らの手中に収まる。上手くいけば、我らの力を増すことができよう」


「…………上手くいかなかった時は、我らは腹を切ることになるのですぞ?」


「……まあ、何とかなるだろ」


「父上!」


 適当な様子の吉清に、清久が声を荒らげた。


 史実においては葛西大崎一揆の責任をとって木村親子は改易となり、蒲生氏郷の客将となった。その後、秀吉に許されて豊後に領地を与えられ、再び大名に復帰することになるのだが、起こるとわかっている災いがあるのなら、未然に防ぐに越したことはない。






 内政と軍備を進め一ヶ月が過ぎたある日、慌てた様子で伝令が入ってきた。


「これ、殿の御前だぞ!」


 叱りつけようとした家臣を手で制し、続きを促す。


「も、申し上げます! 氏家吉継、宮崎隆親、浜田広綱、柏山明吉らが挙兵! 付近の城を攻めているとのよし!」


「なんと……」


 吉清は絶句した。とうとう始まってしまったか。秀吉の天下統一以降、東北最大の一揆と呼ばれる、葛西大崎一揆が。

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