第5話 寺社にあいさつ回り

 この日、吉清は領内各地の寺社を巡っていた。


 領内に平穏をもたらす方法の一つとして、寺や神社などの宗教勢力の力を借りるというものがある。


 現代日本と違い、宗教がより身近にあった時代。周辺の百姓たちに直接的な影響力を持ち、武士とは違った勢力を持つことから、当時の権力者たちはその扱いに手を焼いていた。


 信長は大坂本願寺に手を焼かされ、家康も三河一向一揆に苦しめられた。他にも加賀の一向宗支配や、島原の乱などの前例があるだけに、宗教勢力の影響力は無視できないものがあった。


 それだけに、寺社を味方につけられれば、これほど心強いことはない。


 土地を寄進するのには抵抗があったので、新たに社殿や塀、門を。外観の立派なところには銭を寄進した。


 表向きは新たに建設される石巻港の安寧を祈願しての寄進であるが、実際のところは挨拶回りに近い。


「新たな領主として古くからの支配者を蔑ろにしませんよ」とアピールする狙いがある。


 そういった一つ一つの積み重ねが、一揆の防止、ひいては領内の安定に繋がるのだ。


 夜も遅くなったので、立ち寄った源光寺に宿を貸してもらうことにした。


 食事を摂っていると、不意にあくびが漏れた。


「お疲れのご様子ですな」


 お供として同伴してきた中山照守が苦笑した。


 中山照守。北条から登用してきた武将で武勇に優れており、史実では徳川に仕えることになる。大坂の陣でも活躍し、高麗八条流馬術の使い手として秀忠、家光に指南することになるが、吉清は彼を側近兼護衛として重用していた。


 照守が吉清の杯に酒を注ぐ。


「宿を借りてる手前あまり大声では言えませぬが、こう同じような寺社を行脚するのも、少々退屈ですな」


 照守の発言に聞き捨てならないとばかりに、垪和康忠がずいっと前のめりになった。


「かつて白河法皇もこう仰られました。『鴨川の水、双六の賽、山法師。これぞ我が心にかなはぬもの』と」


 垪和康忠は北条にいた頃、内政や外交で北条家を支えていた奉行タイプの武将だ。越相同盟締結の使者を務めたとかで、その外交的手腕には吉清も期待を寄せていた。


 何かの役に立つだろうと同伴させたが、予想通り活躍してくれている。


 吉清が頷いた。


「左様。鴨川の水は一度氾濫すれば、誰にも抑えられぬことから。双六の賽は言わずもがなとして、山法師は比叡山の僧兵のこと。力を持った僧兵というのは、それくらいままならぬということよ」


 空になった杯に酒が注がれると、吉清は一気にあおった。


「だが、味方となればこれほど頼もしい者もおらぬ。ゆえに領内各地の寺社回りをせねばならぬのだ。……とはいえ、こうして毎度毎度同じような口上を述べていては肩も凝るというものだがな」


「殿のような大名の背負う重荷とは、そうそう降ろせるものではございませぬからな」


「早く清久に家督を譲ってしまいたいが……いかんせん、まだまだ若い。儂が元気なうちは、できるだけのことはしてやりたい。まったく、親心とはいつの時代もままならぬものよ」


 各々思い当たる節があるのか、笑みが漏れた。


「とはいえ、いつまでも過保護にしているわけにもいかぬからな。たまにはこうして突き放す必要もある」


「若様に政(まつりごと)を任せておられるのも、そういった理由で?」


「なに、若いとはいえ、清久も子供ではない。なんとかやっているだろう。政光や直英もつけたことだし、心配することはあるまい」


 言葉とは裏腹にどこか心配そうな様子の吉清に、康忠は苦笑した。


 そんな中、照守が口を開いた。


「そう言えば、殿は切支丹であられるとか」


「うむ。そうだが」


「では、領内に切支丹の寺は作らないので?」


 切支丹の寺。少し考えて、ああと思い至った。教会のことを言ってるのか。


「なんでも、会津の蒲生殿は教会を造られるそうだが、儂はそこまで熱心な切支丹ではないのでな。周りに広めるほどでもないと思っておる」


 ふむふむ、と中山照守が頷く。


「実のところ、それがしは切支丹に興味がありましてな」


「は!?」


 予想もしなかった言葉に素っ頓狂な声を上げてしまった。


 当時のキリスト教は流行の最先端であり、蒲生氏郷、小西行長を始め、秀吉政権下では一定数のキリシタン武将が存在していた。


 その繋がりから、優秀な武将と人脈を広げるため。ひいては公に肉を食べるため、吉清もキリスト教に改宗した。


 流行りのものに、ましてや若い照守が憧れるというのも無理もない話だ。


 とはいえ、迫害されるとわかっているのに、他人に改宗を勧めるなど、できるはずもない。


 現に秀吉政権下では布教が制限されており、つい数年前にバテレン追放令が発令されたばかりだ。


 吉清はううむと唸った。


「……そのことなのだが、殿下はキリスト教を毛嫌いしておる。今はバテレン追放令で済んでおるが、今後はさらに厳しくなるであろう。儂もいずれ、教えを捨てる日が来るものと思うておる」


「これは……軽率なことを申してしまいました」


 照守が頭を下げた。


「いやなに、おぬしもまだまだ若い。切支丹に改宗するか否かは、もう少し考えてからでも良かろう」


 照守の改宗を阻止し、吉清はホッと胸をなでおろした。

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