癒し

エリー.ファー

癒し

 ジャズをかけてジャムを作る時間を大切にしている。これは、多くの人の共感を得られるのではないだろうか。

 こういう、反復する行動というのが人生には必要なのだ。

 分かりやすい休息であり、同じように生きている自分への戒めとしての機能。

 これは分かりやすい説明であると思う。

 自分のことが好きになる。

 感覚で話せる自分のセンスを愛している。

 これが理解できない人のことを遠ざけてしまいたい。

 私は私の世界の中で生きていて、それはつまり私の外にいる人と話をしない、触れ合わないという意思表示ということになる。

 残念なことだと評価してくる大人もいる。

 でも、私は納得しているのだ。

 ここで作り上げられる音や、言葉が、水や虹、幻覚を見せてくれることを知っている。

 私の手垢がついた私だけの世界に、私以外の人の判断はいらないのだ。

 白い世界に落とされる、黒い染みは私を消し去るために作り出された、数ある思考のうちの一つなのである。

 嘘をつかないようにして生きている。

 生きているはずが嘘をまとっている。

 いや、間違えた。

 これこそ嘘だ。

 私の世界に嘘はない。絶対に正しい思考と哲学によって守られている。多くの人がこの世界を理解できないというだけで、この核に何かしらの歪みが生じているわけではない。

 私は、この場所で生まれてこの場所で死ぬのだ。一人で生きて一人で死ぬのである。

 他の人たちをこの中に入れることはしない。絶対にしない。


「あの世界には彼女しか入れないようです」

「そうですか」

「こちらも手を尽くしたのですが、非常に難しいと言わざるを得ません」

「あの、どれくらい難しいというか。その」

「この場所は、アルフレッドというシステムバグによって発生したセンという問題が数多く存在しています。これらを解決する方法は、かなり単純ではありますが、金銭的な壁が立ちはだかります。そのため、この場所自体の封鎖を検討したのですが」

「出てこないと」

「はい、彼女が出てこないことには閉じ込めることになりますので実行に移すことは不可能との結論に至りました」

「どうにかなりませんか」

「彼女がどのように考えているか、ということでしょう。おそらく、今現在の彼女は幸せなはずです。現実から目を背けることで生きていく術を身に付けましたし、それ自体は精神の回復と言えるでしょう。けれど、それだけでは現実への帰還は不可能です」

「そうですね。その通りだと思います」

「現実から目を背けることをポジティブとは呼ばないのです」

「でも」

「もちろんです。そうしなければ彼女が生きていくことはできなかった。これもまた事実です。だからこそ、ここから先は私たちの力ではなく、彼女自身の力を信じるしかないのです」

「分かってはいるのです。でも、なんとも歯がゆくて」

「えぇ。全くです。私も同じ意見です」

「無理やり連れ戻すとどうなるのですか」

「分かりません。行ったこともない。ただ、何が起きてもおかしくはない、とだけは言っておきましょう」

「じゃあ」

「じゃあ、はないのです。そのじゃあは、明らかに彼女の成長を妨げるものです」

「すみません」

「いえ、分かります。私もよく分かります」

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