手芸部

烏丸通りと北大路通りの交差点は土曜日ということもあり大勢の人で賑わっている。近くのショッピングセンターの駐輪場にロードバイクを置いて、鷹目は近くの大学構内へと入っていく。あたかもそこの学生かのように振る舞えば特に怪しまれることもない。

土曜日の繁華街と打って変わって大学構内は静かだった。誰もいない階段を上ると踊り場にサークルの掲示板がある。アニメのキャラクターや手書きのポップな文字が楽しそうに飾られていた。その中に手芸部を探すと、端っこの方に小さな張り紙が貼ってあった。「土曜日、本棟の5階の教室にて14時から活動中」鷹目が自分の腕時計を確認すると、ちょうど14時過ぎで活動している時間帯だ。

階段を登り5階の明かりのついていない廊下を進むと、目的の教室の扉が開いたままだった。中からは女性の声が聞こえる。覗いてみると女性3人が楽しそうに会話をしていた。

「すみません」

「はい」

鷹目が扉の前で声をかけるとメガネを掛けた黒髪の女性がが反応してくれた。肩のシロが空に浮かんで教室内に入り、机の上に置かれたクマのぬいぐるみの横にちょこんと座った。

「あの手芸サークルってここで?」

「そうやけど、新入生?」

女性は不思議そうな顔をしている。手芸部に男性が入ることなどめったに無いのだろう。まして鷹目の見た目的に新入生とは思えなかったのだろう。

「あ、ちょっと違って......昔ここのサークルに入ってたらしい人を調べてるんです。ちょっとお話聞かせてもらってもいいですか」

女性たちは顔を見合わせて何か目配せしている。突然やって来た素性もよくわからない男性相手にどうするか、といった表情だった。

「ええですけど、私ら、もう少ししたらここでるつもりやし......。それでも?」

眼鏡の女性がそう言ってくれたが、警戒は解いていない。鷹目は悪い気がしたがここで引き下がるわけにも行かない。時間の余裕はないのだ。

「ありがとうございます。少しこの写真を見てもらいたいんです」

鷹目はバッグの中から写真を取り出して、彼女たちの座る机の上にそれらをおいた。

「まず、この男性なんですけど、進藤真司っていうこの人が昔このサークルにいたらしいんですけど知りませんか?」

3人が覗き込むが首をかしげる。

「私はないなぁ。聞いたこと...ある?」

眼鏡の子が他の2人に顔を向けると2人とも首を振った。やはり年齢的に重なっていないと難しいだろうか。それならともうひとり名前を出してみる。

「それなら、北浜ナミっていう子はいませんか?」

「ナミ?ナミですか?」

3人とも怪訝そうな顔をする。鷹目は何故その表情になるのか理解はできなかった。

「北浜っていう名前なら知ってますけど。ナミは知らないです」

北浜という同じ名字の人間は知っているようだが、同じ名前の人間はいないらしい。

「あの、よかったらその北浜っていう子のことを教えてもらってもいいですか?」

鷹目がそう言うと、学生の3人は皆揃いも揃って嫌そうな顔をした。

「あ......いや、私、そういう子がいるっていうのだけ聞いたことがあるだけで.....それ以外はよく知らへんので......」

「私も名前だけしか聞いたことないです」

そういった1人は講義室にある壁掛け時計を見てそろそろ行かないとと思ったのか、クマのぬいぐるみをバッグの中にしまっている。隣に座っていたシロがふわっと浮かんで彼女の手を避けた。

「ごめんなさい。それじゃあそろそろ私達は」

「あ、ありがとう......」

3人は講義室を出てってしまった。シロが肩に戻ってきて呆れた顔をした。

「鷹目......大した情報が得られてないままや......大丈夫か?」

「.......」

はぁとため息を付いて、鷹目も同じく部屋を出ていき、学生課に問い合わせに行くかと考えていた。ただ、外部の人間である自分にシンシンの情報や北浜ナミの情報を開示してくれるとは思えなかった。気が重いなと考えながらその講義室を出ようとすると、扉の前で背の低い人とぶつかった。

「あいた!」

「あ、すいません!」

ぶつかった鷹目は全く痛くなかったが、ぶつかられた側の相手、少しご年配の優しそうなおばちゃんが痛そうな顔をしていた。

「大丈夫ですか!?」

鷹目が慌てて声をかけたが、ケガなどはなさそうだ。

「あぁ、大丈夫です。ありがとうね。手芸サークルの新人さん?」

「いや、ちょっと違いまして......。僕はこのサークルに昔参加してた人を調べさせてもらってて」

「あら、探偵さん?」

「あ、いや、そう言うほどでは......」

頭を掻いて誤魔化す。妖術師です。とは言えないし言ったところで笑われてしまうのが関の山だ。

「あの、あなたはこの大学の教授だったり?」

「ええ。そしてたまにこの手芸サークルに顔を出してるの。昔っから私は手芸が趣味でね」

鷹目は咄嗟にチャンスだと思った。このおばちゃんなら色々なことを知っているかもしれない。シンシンが在籍していた頃の情報が得られる可能性が高い。肩に乗っているシロもやったな、という顔をしてガッツポーズをしていた。

「あの、今からちょっとお話を聞かせてもらってもいいですか?」

「えぇ。いいわよ。私の研究室に来てお話しましょう」

「ありがとうございます!」

その女性はかなり年配に見えたが階段を降りる足取りはしっかりとしていた。4階に降りると誰もいなかった5階と違って廊下の電気が点いていて人の気配がする。何人かの学生が研究や論文を書いているのだろうか。

おばちゃんの後ろについて行ってが奥から二番目の小さな部屋にに入れてもらうと、中は図書館の独特の匂いが漂っていた。その部屋の左側の壁には大きな本棚があり歴史に関する書物が並べられてある。机の上に置いてある本は羽川真知子と書かれていた。シロは肩の上でフンフンと匂いを嗅いでいる。今まで嗅いだことがない匂いなのだろう。

「羽川、真知子先生でいいですか?」

先生が自分の机の本を見る。背表紙の著者名を見たのかと理解したらしい。

「あぁ。そうよ。あなたは?」

「鷹目、鷹目優太です」

「優太君ね、あなたの肩の子は?」

シロがピクリと反応し驚いた顔をしている。

「え?見えるんですか!?」

羽川先生がニッコリと笑ってよくある回転するビジネスチェアに座った。

「うふふ。見えはしないけど、なんとなくいるのは分かるわ。子供の頃から妖怪とか幽霊とかの面影、みたいなものは見えてたし。あなた、そっち系の人でしょう?長く生きてるとそういう人の話を聞くこともあってね。まぁそこの椅子に座ってちょうだい。お茶も何も出せないけど」

指を差したところに背もたれのない四足の丸椅子があった。鷹目はそこに腰掛けた。

「あ、ありがとうございます。肩にいるのはかまいたちのシロです」

「あら、カマイタチ。かっこいいわね」

「ただのイタチと変わらないですよ。いて!」

シロが鷹目の頬を殴った。

「うふふ、仲が良くていいわね」

「そうでもないですけどね」

クスクスと笑う先生の笑顔はどこか安心できて場が和む。シロはふわりと浮かんで部屋の中の本を眺めはじめた。さて、と羽川先生は一息ついて本題に入ってくれた。

「貴方の知りたいことって何かしら?」

「あの、進藤真司という人をご存知ですか?」

「進藤真司...あぁ、いたわね。なかなか手芸の上手な子だったわ。男の子であそこまで作れる人はなかなかいないモノだけど」

「そんなに上手だったんですか?」

「だいたいの女の子は手芸って言ってもクリスマスとかバレンタインのときにマフラーだけ練習して絶望するのよ。地道さにね。そんな面倒くさい手芸だけど、彼は地道に作るのが上手な子だったと思うわ」

そういいながら笑って白い毛糸でできたバッグを取り出した。優しい風合で葉っぱのモチーフが象られている。

「確か彼はこんな感じのバッグとか、ドリンクのコースターだとか、実用品を結構作ってた気がするわね。これは私が作ったやつだけどね」

「お上手ですね」

「ふふふ、ありがとう。で、その進藤君がどうしたの?」

白いバッグの近くにシロがやって来てポフポフと触っている。妙に納得した顔をしているから、さわり心地も良いということだろう。

「僕の仕事の先輩なんですけど、ちょっと厄介事に巻き込まれていまして。北浜ナミってご存知ですか?」

先生の顔が急に真顔になった。嫌な記憶を思い出すような、苦い薬を舌の上にのせたような顔だった。鷹目はそれが気がかりだった。さっきの学生たちも同じような顔をしたのだ。

「北浜......ナミ?ナミじゃない子なら知ってるけど......」

「あの、ナミじゃない、同じ名字の子がいるってことですか?さっきの生徒さんたちにもそんな感じのことを言われたんです」

先生は椅子を引いて机の下にある引き出しを開けた。中から取り出したのアルバムだった。

1ページずつ見てあぁこれだと見つけたのか鷹目のところにそれを持ってきた。分厚いそれを受け取るとシロも気になったのか戻ってきた。

「その集合写真の右側の真ん中の列にいる眼鏡の子いるでしょう?その子が北浜サチ。幸せって書いて幸ちゃんよ」

周りの人間に比べて厚着をしている北浜幸というその女学生は、青白い顔にクマが見え明らかに何か病気を抱えているような痩せこけた顔をしていた。

「あの、この子、すごく体調が悪そうに見えるんですけど」

「そうね。その写真はだいたい1年ほど前の写真。彼女はこの大学に入学して、手芸サークルに参加してたわ。子供の頃から編み物とか、人形作りとかしてたらしいの。そりゃあもうすごい実力だったわ。特に人形作りには。私の実力じゃ到底かなわないくらい。でもね、彼女は高校生の頃から病気にかかっててね。去年から大学にくることはなかったわ。その写真がサークルに残ってる唯一の写真ね」

「じゃ、じゃぁ今は病院にいるって言うことですか?」

先生は首を振った。

「亡くなったわ。3ヶ月ほど前にね」

「えっ」

鷹目は驚き先生の顔を見る。羽川先生は悲しい表情をして話を続けた。

「白血病よ。詳しいことは知らないのだけど、病院で亡くなられたっていう情報だけ私に入ってきたわ。まだ大学2年生で私の研究室にいたわけでもないし、彼女が亡くなってだいたい一週間後くらいに知らされたの」

「そうだったんですか......」

シロが何かを言いたそうにしている。

「何だ?シロ。言いたいことがあるか?」

「なぁ、この子が今レイコの体を奪ってるってと考えてええんちゃうか?まだ生きたいという強い意思があったんなら、十分な幽霊の動機になるやろ?」

「俺もそうは思うが、もうちょっと......」

「シロちゃんがなにか言ってるの?」

シロの姿が薄っすらと見えても声が聞こえるわけでわない。羽川先生がこちらを見ている。

「あぁ、すいません。実はこの北浜幸さんがひょっとすると幽霊になって、とある人間の体を乗っ取っているかもしれなくて」

「ま、本当!?」

羽川先生は近所の噂話に驚く主婦のようだった。

「あの、進藤さんとこの北浜幸さんはなにか接点がありますか?」

年齢的に重なっていないから、接点はないだろう。

「ないわ。ないはず」

予想通りの返事だった。

「年齢的に重なってないし、何より彼女はほとんど病院にいたから......。でも、誰かに迷惑をかけるような子でもないと思っていたけど......」

「生きたい、という気持ちが強ければ可能性は高いです。ましてや20歳前後なら未練はいくらでもあるでしょうし」

「......そうね」

そうは言いながらも先生は納得がいかない顔をしていた。

「あの、羽川先生。北浜幸さんがどこの病院にいたかはご存知ですか?」

先生は神妙な顔になって彼女のことを思い出していたが、鷹目の声でハッとした。

「あぁ、えっと確か、最後は京都大学病院だったはずよ」

「京大病院!本当ですか!」

鷹目は思わず椅子から立ち上がった。

「ど、どうしたの?鷹目さん」

「どうしたんだよ鷹目!?」

突然立ち上がった男に驚いた。

「すいません。実はその病院に知り合いがいて、かなりその北浜幸さんの情報が手に入れられるかもしれないと思って......。あの、この写真、カメラで撮らせてもらってもいいですか?」

北浜幸の写っている集合写真を指差すと、先生は首を縦に振ってくれた。

「ええ、どうぞ。ちなみに彼女の作った作品がここに1つあるから、これも写真をとってはどうかしら?」

「どこですか?」

先生が壁にはられてあるタペストリーを指差した。

「そこ、壁に貼られてるタペストリー。戦国時代の有名な武将の家紋を集めた物。私に作ってくれたの。歴史好きにとってはたまらない作品よ」

黒と金色の布を組み合わせてできたそのタペストリーには、よく知らないがどこか見た覚えのある家紋が並んでいた。鷹目は素人だったがそのタペストリーがすごく繊細なことだけは分かった。

「すごいですね。こんなの作れるなんて」

「ホントね。生きていれば手芸の世界で有名になってたでしょうね」

シロはタペストリー近くまで飛び、腕を組んでいる。そして首を振った。妖怪でも亡くなった人間が惜しいと思うことがあるのか、それとも何か納得がいかないのか。

スマホのカメラでパシャリととって鷹目は羽川先生に頭を下げた。

「ありがとうございます。貴重なお時間を頂いて申し訳ないです」

「いいのよ、なんとか解決してちょうだい。シロちゃんも頑張ってね」

「おう!」

「おうって言ってます。それでは僕は京大病院の方に行ってきます」

「えぇ頑張ってちょうだいね」

「本当にありがとうございました」

鷹目は何度も頭を下げ、羽川先生の部屋を出た。

「良かったな!鷹目。これで後は、北浜幸を封印するための依代を見つけるだけやん?」

「そうだな......。だけど、まだいまいち納得いかないな。北浜幸が正体だと考えておくことにするけど.......。まずは病院に行って依代になる物があるか、聞いてみるしかないな」

階段を降りながら鷹目は考えていた。

ちょうど3ヶ月前亡くなった北浜幸、同じ時期にシンシンに取り付いたレイコ。時期はピッタリと合っている。生きたいと願ったことでレイコの体を奪ったというのは分かるが、何故レイコなのか、何故シンシンなのか。それが全く紐付いていない。未だレイコやシンシンにつながる情報は出てきていないのだ。そして何より「ナミ」という名前の情報がない。

いまいち晴れない霧がかった頭の中で北浜幸の病気で弱った笑顔の写真がちらついた。

まだ生きていいたいと強く願い、レイコの体を奪ったとするにはあまりに弱々しく、今にも消えてしまいそうな優しい笑顔だと思った。

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