鷹目とシロ
京都西大路四条、阪急京都線西院駅前はたくさんの人間で溢れていた。最近この西院駅は大規模改装され駅の外観だけで言えばかなり見栄えは良くなったが、改装の前からずっと変わらない問題を抱えている。駅のホームへ降りるエスカレーターや階段で突風が吹くのだ。
その西院の近くにあるハンバーガー屋のカウンターにとある男が座っていた。ガムシロップを2つも入れたコーヒーを飲みながらスマホを眺めている。
鷹目優太、24歳、男性。身長170cm、体重は65キロの比較的ひょろっとしている体型。服装はジャージだが、髪型は短髪でセットされてそれなりに格好良い。好物はハンバーガー、京都中にあるハンバーガー屋をいつか全て踏破したいと言うほど。鷹目はコーヒーを飲み終わると、すぐに店を出て西院駅の改札口へ階段で降りた。しかし改札の中に入るわけでもなく、少しキョロキョロと周りを見渡すと、壁にもたれかかってつぶやいた。
「出てこいよ、なまくらのかまいたち」
その瞬間ビュンと突風が吹き、若い女性たちはキャァと言いながら皆スカートを手で押さえた。
「へへへ、このキャァ!がたまらんねんなァ!」
錆びた鎌を持った小さくて真っ白な体に丸っこい真っ黒な目をしたイタチが地面からニュルリと顔を出した。愛らしい表情をしているが小さな牙が見え隠れし、ニシシっと笑顔になっている。
「わかんなくもねぇけど、お前未だにそのレベルで止まってんだなぁ」
イタチはピョコンと地面から抜け出すと、鎌を肩にかけジローっとした目で睨んだ。
「よく云うわ、スズメ君よう!俺に弱化の札をつけたんはお前や!何なら今すぐ外してくれてもええんやぞ?」
シロは自分のお尻に貼られてある小さな札を指差して言う。鷹目は小学生時代のかつてのあだ名、スズメと言われてカチンときたようだ。小学生のころ身長順で前から二番目だったのをからかわれ、鷹ではなく雀と呼ばれていたのだ。
「なんだと?シロォ?お前あんまり調子乗ってると、もう一枚御札貼ってやるぞ」
しゃがんでイタチの首を掴んで持ち上げ、ぷらんぷらんと振り回す。胴長の妖怪は自分の体の遠心力で内臓があっちこっちに振り回された。鷹目の手から抜け出そうと短い手足をバタバタさせている。
「お、おい。冗談やって!俺とお前の仲やんか!おろして!おろして!」
「分かったならよし」
そう言うと鷹目はシロを肩に乗せた。イタチはハァと一息ついた。
「で、今日はこのシロ様になんの用や?」
「今回の目標はあの人だ」
指差した方向にはちょうど改札を出ようとする灰色のスーツを着たいい年をしたおじさんがいた。鷹目は人が変わったかのような真剣な表情をしている。
「おい、鷹目、何をしろっていうん?」
「これは知的探究心から生まれた実験なんだ。突風吹かせろ。どうしても俺は知りたいことがあるんだ!」
かまいたちは首をかしげる。
「へいへい。ちゃんと報酬よこしや?」
シロはピョンと肩から飛び降りると、鎌を握り大きく振った。その途端改札口から駅の外へ向かってビュウンという風が吹き上がる。先程のおじさんはあまりの強い風に前のめりになった。するとおじさんは慌てて自分の頭を抑えて風に耐えた。しばらくすると風は止み、その男性はまた何事もなかったように歩いて西院駅を出ていった。
「なんや?よくわからん。なんも変わらんただのおっさんや」
シロはフヨフヨと鷹目の元へ戻っていく。依頼主は残念そうな顔をしていると思ったが、驚くほど満足げな表情をしていた。
「おい、なんでそんなに満足そうな顔をしてるんや」
「分かったぜ、シロ。お前のおかげで俺の知的好奇心は満たされた」
「な、何が分かったって?」
大切な情報を密告するかのように、ものすごく小さな声で囁く。
「あの人、やっぱカツラだな!おじさんの割に立派な髪の毛だと思ってたんだよ!」
シロは呆れた目をして鷹目を見ている。
「いやぁスッキリした!」
「俺をしょうもねぇことにつきあわせんなや!」
白い妖怪がはぁーっとため息を付いた。
「まぁええわ。とにかく報酬よ。ほら!」
小さな手をヒラヒラとさせて鷹目の目の前に出す。
「あぁハイハイ。ほら今月の動物アイドル写真。今回はお前の大好きなオコジョちゃん」
鷹目のバッグから一枚の写真が取り出された瞬間シロは鎌を放り投げ写真に飛びついた。錆びた鎌は地面に落ち、カランカランと音を立てた。
「おっほぉ!めっちゃかわいい!!これは家宝や!家宝にする!!!」
シロは写真に映るオコジョに目をハートにして、小踊りしている。鷹目はニヤッと笑いながらシロに話しかけた。
「シロ準備運動はできたろ?今日はもう少し俺と付き合って仕事をしてくれねぇか?」
「あ?なんや?珍しいやん」
シロに右手を差し出し肩に乗るようにジェスチャーをした。シロは写真をぱっと見えない空間にしまい込み、タタタっと彼の肩に乗った。
「今日は臨時の業務なんだよ。もうちょっと付き合ってくれ」
鷹目は妖怪が肩に乗ったのを確認して西院駅を出ていった。
ここ京都には神社仏閣が多く存在する。これらはただ神や仏を祀るだけではなく、京都内に現れる悪しき妖怪や怨霊などから人々を守るための結界を作っているのだ。そしてその妖怪退治や怨霊を祓う役目を担う人間も、ここ京都には多く住んでいる。この鷹目もその1人で妖術師と呼ばれる人間だった。彼は妖術師の家系に生まれ、鍛え上げられ、色々と葛藤や苦労を経験して今に至っている。
鷹目の妖術には退散、封印、弱化、などがあり、特に鷹目はこのシロのように妖怪を使役することを最も得意としていた。鷹目は基本的に妖怪を退散させたり封印したりなどはしないようにしている。妖怪にも人間と同様感情があり、理性があり、暴れるのには理由があるのだ。悪霊や怨霊については別だが、今までほとんど弱化や使役で済ませてきている。このシロと呼ばれるかまいたちもそうだった。
かつてシロは大かまいたちと自称し京都市内でありとあらゆる悪さをしていた。車のタイヤを鎌で切り裂きパンクさせたり、大きな木の枝を切り落として人の頭に当てようとしたりとそれは迷惑な妖怪として少しばかり有名だった。ある日、大型の台風がやってきたときにシロはそれを自分の力と錯覚し神社仏閣にちょっかいをかけてやろうと考えていた。自分の鎌で起こす風で鳥居を倒してやろうとしたところに鷹目が現れ、弱化の札を貼られてあっけなく使役される事になったのが事のいきさつだ。しかし、鷹目は思っていたより優しく、使役していない時間帯は適当に野放しにしてくれている。はじめのうちはぶつくさ言っていたシロも今ではお互い認め合う相棒だった。
鷹目はお気に入りのロードバイクにまたがって西大路四条を南に下り、五条通の広い幹線道路を左に曲がった。風が心地よく、さっきもらったオコジョの写真もありシロはごきげんだった。
「いやー今日は最高や!こんなに気持ちええ風もなかなか無いわなぁ!」
シロの真っ白な毛が風になびいていた。
「そりゃぁ良かった」
大きな病院を通り過ぎ、丹波口駅が見えてくるとシロが仕事モードの声に戻る。
「で、仕事っていうんは?」
「西新屋敷の公園に悪霊が出たんだと。ちょっと俺だけだときつくてね」
丹波口駅周辺には卸売市場があり、その卸売市場を縦断する形でJRが走っている。昭和の時代であれば人が多く賑わっていたのだろうが、年号が変わってしまった今では、日中は人が少なく薄気味悪い雰囲気が漂っている。
「どんな悪霊なん?」
「能力的にはそこまで脅威じゃないんだが、何しろ逃げ足が速い。市内の坊さんたちが祓おうと色々と頑張ってたけど、なんせオジサンだ。足腰が弱ってるせいで逃げられちまって、それで若い俺に声がかかったってわけ」
シロはなるほどなぁという顔をしている。
「でも、若ぇお前なら走って追いつけるんちゃうん?」
「そう思って追いかけたよ。追いかけたけど......。俺は長距離ランナーなんだ。短距離走は向いてねぇの」
「だせー!結局おっさんとおんなじやん!」
鷹目がギロリと睨む。
「わ、分かった。分かった。で、俺は何をすればええの?」
ロードバイクのブレーキを掛けると、シロは慣性が乗って落っこちそうになっている。落ちそうになった小さな妖怪を鷹目は右手で支えて肩に戻すと、鷹目は公園の隅っこに座っている黒い影、悪霊を見つめた。
「お前にお願いしたいのは、追い風を俺にぶつけること。そして向かい風をアイツにぶつけることだよ。この札をアイツに取り付ければ祓える。つまり、鬼ごっこさ」
黒い影がゆらりと立ち上がり、若い妖術師の方をじろりと見ている。
「なるほど。お安い御用!!」
「あの悪霊さん、俺をからかってやがるのさ。そろそろお縄についてもらわねぇとな。だから...シロ!」
鷹目はロードバイクから降りて、近くのガードレールに立てかけた。そしてなぜか肩にっているシロを握りしめる。
「え、ちょっと待てや!嘘!嘘やろ!」
「俺は少年野球時代、ピッチャーだった!」
大きく振りかぶった鷹目は、白球の代わりに妖怪を投げた。シロはひゃーと悲鳴をあげ、影に向かっていく。当然悪霊は飛んできた白獣を右に避け、投げられたシロはそのまま妖怪の後ろの壁ギリギリで風をクッションにして止まった。
「おいこら鷹目!お前言ってたんとちゃうぞ!」
なんとか壁にぶつからずに済んだシロが鷹目に文句を言おうと思ったが、当の鷹目は投げてすぐ、シロを追いかけるように走り出し右手に赤いグローブを着け、悪霊に向かって握りこぶしを振りかぶる。
「敵を騙すなら味方からってやつだよ!」
右手のグローブは錆びた赤い色で鈍くひかる。ブンッと渾身の右フックを悪霊にかましたが、とっさにしゃがみ躱された。しゃがんだ影はそのまま体を前に倒し走り出し、駆け出した悪霊によって起こされた風が地面を吹き上げ、砂埃が舞上がる。
「おい!鷹目!逃げられんぞ!」
「想定済みだ!」
そう言うと、またシロを掴む。
「え!待て待て待て!そのグローブはヤバい!ヤバいって!痛い!」
「シロ、我慢してこれ持ってろよ!」
鷹目はさっき見せた御札を苦しそうにうめいているシロに貼り付けた。その瞬間シロが更に悲鳴を上げる。
「あああ!ヤバいって!それは無理無理無理!動物愛護団体に訴えてやる!」
ぎゃあぎゃあと喚くシロを右手握りしめて、鷹目はまたも大きく振りかぶった。
「うるせぇ!お前は動物じゃねぇ!」
悪霊はすでに15メートルは先にいる。
「中学からはレフトを守ってたんだ!」
「知らんわそんなことぉおお!あぁあああ!?」
ホームへ突っ込むサヨナラのランナーはレフトの投げられたボールに気づいていないようだった。最初に投げたときよりも数段速いスピードで飛んでいくシロいボールは、「いってぇえええ!」と叫びながら、自分で自分に追い風を乗せて更に早くなる。ものの2秒でシロは影に追いつき、ドンとぶつかりながら持っていた御札を貼った。御札を背中に貼られた悪霊は足をとめ、その場で倒れ込み、くぐもったうめき声を上げながら徐々に色が薄くなる。そしてパンッという音とともに消え去った。
「よくやったぞシロ!!」
鷹目は地面にひっくり返っているシロを迎えに行った。
「お前...ほんま、御札持たせ、るとか、死ぬ......」
ぜぇぜぇと息をして死にそうな顔をしている。立ち上がる気力もないという様子だ。鷹目は右手のグローブを外してポケットに突っ込み、優しくシロを拾い上げた。
「まぁ頑張ってくれたのは間違いないし、今日は俺ん家に来いよ。飯食わせてやるよ!」
「食わしてやるって、お前の母ちゃんが作るんやろが.......」
鷹目はハハハと笑いながらシロを胸ポケットに突っ込んだ。
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