第2話
次の日、会社は休みを取っていたので、久しぶりに本でも買いに近くのショッピングモールに行くことにした。
事前に会社には有給を出していたが、正解だった。今は何も手につく気がしない、先輩たちに迷惑をかけるだけだ、と心底思った。
正直、外を出歩く気にもなれないが、健康のことを考えると日の光を浴びた方が良いので、本をネットで買いたい欲望を押さえて、直接見に行くことにした。
10年ほど前に流行した、新型ウイルスも今やインフルエンザと変わらなくなった。それでも未だにマスクを付けている人も、そこそこいる。怖いものは怖い。それにしても
「あっっついな」
梅雨も明け、7月の後半に差し掛かった現在。日差しを遮るものは無く、太陽は無慈悲に肌を焦がしていく。早く冷房の効いた涼しい空間にいかなければ、そう思うだけで自然と足は早くなる。
十分ほど歩き、目的地のモールに着いた。中に入ると適度に涼しく、ずっと居ても寒くならないように、配慮がされていた。
(あ~涼しい~。ここは天国だな。うん、そうに違いない。)
そんな下らないことを考えている内に、目的地の本屋に到着した。と言っても特に買いたいものはないが、それを探す時間も、ここに来る一つの醍醐味だと考え、未だ見ぬ
何もなかった・・・何故だ、何故こんなにこの世は理不尽なんだ!!隅々まで探し回ったのに、気になる本は一冊もなかった。ハァ、結局日に焼かれに外に出ただけだったな。
「
「えっ」
不意に、名前を呼ばれた気がして振り返ってみると、そこには良く知った顔があった。今一番会いたくなかった顔だ。
「やっぱり空くんだよね!久しぶり~。こんなところで会うなんて奇遇だね。」
「あ、あぁ久しぶりだな
「ふ~ん、気になるんだ。どうしよっかな~最近会ってくれなかったからな~。」
「ハァ、そこのカフェでも行くか?」
「やった!空くん大好き!新作もう一回飲みたかったんだ~。」
そこがまた可愛かった。そんな彼女の周りにはいつも人がいた。告白も何回もされていた、その度に心が痛くなって、でも告白する勇気はなくて。
でも、そのまま卒業してしまうのが嫌で、高校三年の冬、告白した。「私もずっと好きだったよ。」って言われたときはすごく嬉しかった。
思えばその時に、人生の運を全て使ってしまったのかも知れない。
一緒に買い物に行ったり、下らないことで何時間も電話したり、二人で一緒に大人の階段も登って、本当に幸せな時間だった。
お互い大学と仕事が忙しくなってからは、余り頻繁には会えなかったが、時間を見つけて二人の時間を育んだ。
でも、今だけは会いたくなかった。
「ほら、早く行こ?」
「お、おい。引っ張るなよ。」
「フフッ。会ってくれなかった空くんの言葉なんて、知りませーん。」
「グッ!このやろ。」
俺の言葉を聞かず、手を握り走る乃愛はとても楽しそうで別れたくないって、心の底から思ってしまった。
でも、余命宣告された俺なんかより、もっといい人と一緒に幸せになって欲しい。そう思ってしまう自分もいる。
「空くんは何頼むの?」
「んー、俺はアイスコーヒーでいいかな。乃愛は、このマンゴージュースか?」
「うん!友達と一緒に一回飲んだんだけど、すごい美味しかったからもう一回飲みたいな~って思ってたんだ。」
「そうか、大学楽しいか?」
「楽しいよ。みんないい人だし、たまに告白されたりするけど、付き合ってる人がいるって言ったら、皆すぐに諦めてくれるし。」
「それならよかった。」
やっぱり、乃愛はすごいな。何処に行っても、すぐに周りの人たちと打ち解けられて。俺なんか先輩と話すのにどれだけ時間が掛かったか。
「ねぇ、空くん。何かあった?」
ドクンっと、心臓が跳ねる。やっぱり言うべきなのか、今ここで。でも何て言えば良い、「病気であと10年も生きられないんだよねー」とか言うのか?
いや、でも病気のことは知らないでいて欲しいし。やっぱり言うべきなのか・・・
俺と別れて別の人と幸せになって欲しいって。
この子の顔を、悲しみで染めるのか?そんなこと・・・
「えっ、何で?特に何もないけど」
「そう?なら良いけど。ね、また今度何処か行かない?暑くなってきたから海とか、プールでも良いし。二人きりでも良いし、他の人誘っても良いし。」
「そうだな、行くか。行けそうな日教えてくれ、出来る限り会わせるよ。」
「うん!絶対だよ?」
「分かったよ、楽しみにしとく。」
そこからは、少し二人で服を見たりして駅前で別れた。
やっぱり、言えるわけないよな・・・
「ハァァァ、どうすっかな~」
◇◇◇
彼と別れてから、電車に揺られながら昨日のことを思い出していた。
大学からの帰り道、家の近くの道で彼のお母さんを見つけた。別に、家は近いからここにいても不思議ではないんだけど、何となく暗い雰囲気を纏っている気がした。
そこでおばさんが、私に気づいた。私は一礼してから声をかける。
「お久しぶりです。おばさん。」
「久しぶりね、乃愛ちゃん。元気?」
「はい、元気ですよ。そう言うおばさんの方は、何だか元気が無いような・・」
「ちょっとね、あの子からは何も聞いてないの?」
「はい、何も。空くん何かあったんですか?」
その時のことを、私は生涯忘れない、神様がいるのなら感謝してもしきれないだろう。同時に恨みもしたけど。
もし、その時何も聞いていなければ彼が私から離れていってしまうことになったのだから。
「あの子、病気だって言われたの。病院であと、10年も生きられないかもしれないって。もうどうしたら良いか・・・」
「・・そんなっ!!何で!」
あと10年?短すぎる!まだ、やりたいことが沢山あるのに!
「もしかしたら、空は貴方のことを遠ざけるかもしれないけど、あの子のことが大切だと思う内は気にかけて欲しいの。」
そんなこと言われるまでもない。今はまだ無理だけど、私が卒業したらその、こ、子供も作ろうねって。だからー
「任せてください!空くんのことを、嫌いになるなんてことは天地がひっくり返ろうとありませんから。」
彼をいつ好きになったのかは分からない。もしかしたら産まれたときからかもしれない。それぐらい、ずっと彼だけを見てきた。だから、告白されたときは泣きそうになるほど嬉しかった。
生涯この人と共に歩いていきたいって、思ってたのに。でもそれが叶わないのなら今を、これまで以上に大切に過ごしていけば良いだけだ。
「ありがとう、乃愛ちゃん。」
次の日、空くんに会うために電車で彼の家の近くまで行き、モールで何か料理の材料を買いに行ったときに、偶然彼に会った。
何処か憔悴した様子で、前に会った時とは明らかに違った。
予想通り、彼は私に何もいっては来なかった。優しい彼のことだ、何も言わず消えるつもりなんだろう。
そんなことはさせない。私が絶対に離してあげない。それだけが私に出来ることなのだから。
歩き続ける君へ 昼寝ネコ @yutaki
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