歩き続ける君へ

昼寝ネコ

第1話

 あれから10年、ほとんどの人がお前のことを忘れてる。まるで最初から存在しなかったかのように。

 ここに来るのも、もう俺達だけだ。

 そっちでは元気にやってるか?一人で寂しくないか?・・・・もう一度・・お前の声が聞きたいよ・・・神様とやらがいるのなら聞いてやりたいよ、なんでお前が選ばれたのか。

 お前が死んだときのことを今でも夢に見る。あんな顔して死なれたら忘れられるわけないだろ。


 一人の男がの前で手を合わせ、微動だにせずに祈り続ける。 

 何かを思い出しているのか、時折顔を歪めたり、少し笑っていた。

 そこへ女性が子供をつれて男の方に歩いてくる。少し言葉を交わすと男性は「また来るよ」と言い、女性たちと一緒に離れていく。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 異変を感じたのは何時だったか。

 階段を上るだけで息が切れる。言われたことをすぐに忘れてしまう。同じものを何度も買ってしまう。挙げればキリがないが、まるでのような症状が出ていた。


 初めは、ただ疲れているだけだ、少しすれば治ると特に気にしていなかったが、それが半年、一年と続けば、俺もおかしいことに気づく。


 それでも、仕事も忙しかったし、後回しにしていた。まぁ、大丈夫だろうと楽観視していた。


 だから、まさかあんなことを言われるなんて予想してなかった。

 仕事が一段落して、病院に行ってみたら、


「九条さん・・大変仰りにくいのですが・・・・貴方の体は、病気に犯されています。」


「・・・・・・ぇ」


 言われたことが理解できない、したくない。俺が病気?何で・・


「詳しいことは、親御さんと一緒の時に言いますが、世界でも十数例しか報告されていない、本当に珍しい病気です。そして、治療法は・・・。」


 そこからは何があったか覚えていない。医者がなにか言ってた気がするが、俺には何も聞こえなかった。ただ、気づいたら家のベッドの上にいた。

 スマホには、親からの連絡がうんざりするほどきていた。どうやら昨日のうちに報告したらい。そんなことを考えてるうちに、また着信が入った。


「フゥ・・・はいもしもし。」


『あんた、体は大丈夫なのかい!病気って、いったいどういうことなの!』


「俺もよくわからないんだよ、昨日医者にいったら、突然病気ですって言われて。何がなんだか・・」


『今は、なんともないんだね。』


「うん、今はね。詳しいことは病院で聞いて。いつぐらいにこっちこれる?」


『今日会社に有休出すから、早くても一週間はかかると思うから、それまでに何かあったら言うのよ、いいわね!』


「うんわかった。それじゃぁまた今度ね。」


 ブツッ、という音と共に電話が切られた。


 それからの一週間は何もする気が起きず。ただ漠然と会社に行って、無理せず生活した。それでも恐怖は消えず、何をするにも頭から離れなかった。


 それから一週間後。母と病院に行った。そこで言われたことは、この先忘れないだろうと思った。


「九条さん、あなたの息子さんは“細胞姓ウェルナー症候群”だと思われます。」


「細胞姓ウェルナー症候群?それはいったいどういう病気なんですか?」


「はい、まずウェルナー症候群と言うのは、早老症候群の一種です。特徴は実年齢よりも老けて見えるとか、早く病気になってしまうとか、老化が早く普通の人よりも生きられなくなってしまいます。次に細胞姓という点ですが、九条さんの場合、見た目が老けるのではなく、体の中、つまり細胞だけが以上なスピードで老化していきます。なので、見た目は実年齢と変わりませんが、あと数年後には癌にかかっているということが、起きているかもしれません。」


「そう、なんですね」


 母は、それだけ言うと黙り込んでしまった。声は震え、顔は今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔だった。それでも何とか言葉を紡ぎ、医者に質問する。


「あの、息子は、どれぐらい生きられるんでしょうか?」


「・・・分かりません。この病気は世界でも、十数例しか報告されていない、珍しい病気です。治療法も確立されておらず、20代で亡くなった方もいれば、50代で亡くなった方もいます。人によって細胞の老化スピードが異なるので、一概にどれくらい生きられるというのは、分かりません。ただ、平均すると30代前半で亡くなることが多いです。」


「あと、10年ですか。」


 思わず言葉が出た。治療法もない病気にその時間は余りに短過ぎる。

 今、こうして話している瞬間にも倒れるかもしれない、その恐怖に耐えながらこれから生きなければならない。

 人にはいつか来るその恐怖に、こんなにも早く晒されることになるとは。


「じゃあ、息子はどうすることも出来ず、病に犯されて死んでしまうということですか?」


「出来る限りのことはこちらもしますが、治るとは言えません。申し訳ありません。」


 そこからは医者の話を少し聞いて、今後の予定を話し合った。

 まず、週に一度は定期検診に来ること、体に何か以上を感じたらすぐに検査に来ること、実家に帰ることなど、いろいろなことを決めた。

 その後には、簡易的な健康診断をし以上がないことを確認して、家に帰ることになった。外に出ると夕暮れが綺麗に町を染め上げていた。


「いつ頃帰ってくるつもり?」


「一ヶ月以内には帰るよ、一人で倒れて死ぬのは俺も嫌だからね、出来るだけ早く帰るようにするよ。」


「そう、お父さんには私からいっておくわね。」


 それっきり、会話は止まってしまった。お互い何を話したら良いのか、少し前までは普通に会話できていたはずなのに、今は喉元で言葉が引っ掛かる。そんな時間を過ごすうちに、いつの間にか家の前まで来てしまっていた。


「じゃあ、お母さん帰るから元気にしてるのよ、一ヶ月後待ってるから、ね?」  


「うん、わかってる。俺だってまだ死にたくないからね。母さんこそ心配だからって倒れちゃダメだよ?」


「ハイハイ、そんな軽口を叩けるんだったら大丈夫だね。」


 母とはそれから少し話し、別れた。

 久しぶりに一人の夜が怖いと思った。ご飯を食べても、風呂に入っても、寝ようとしても、恐怖が心から離れない。

 

 人生のゴールが近づく。歩けば歩くほど死という悪夢に向かって行く。歩きたくない、もう止まりたい、と思っても勝手に足が動く。光なんて無い辺り一面真っ暗で、心が壊されていく。恐怖という一色に染め上げられていく。そこで意識が途切れた。


「ッ!ハァハァ。夢、か?クソッなんて悪夢だ。ハァハァ」


 動悸が止まらない、どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。こんな夢を見るなら寝ない方が良かったな。


「・・・死にたくねぇなぁ。あと10年しかないのか。これからしんどいな。」


 自分でも気付かずにした呟きは、誰にも知られることなく宙に消えた。


 ここから、俺の恐怖との戦いが始まった。

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