第51話 食肉市場


「うわぁグロいっす」


「凄いですね……」


 粗末なテントにぶら下げられている雑多な枝肉。何の肉なのかもさっぱり分からない。あっちのは鶏のように見える肉もぶら下がっている。生きて籠に入れられている鳥も置いてあるが売り物なのかも定かではない。こっちのはカエルの肉だろうか。


 朝だけ軒を連ねる市場は色々な人でごった返していた。スリも警戒していたのだが兜まで被って完全装備の女子二人が恐ろしいのか妙な距離を取られており問題はなかった。さすがに街中で蒸れる兜まで装備している人などはいない。


 何となく市場を見て回っていたのだがこのあたりは空気が違う気がした。店員さんは愛想の欠片もなければ服装も粗末で表情にも陰がある。我々のような完全装備の無頼者相手だけではない。総じてそんな感じなのだ。


「こっちでも食肉処理は差別民なのかな……」


 日本でも昔から死に関わる仕事は穢れと言われ差別されてきた。今ではあまり馴染みも実感もないが似たような社会構造がこちらにもあるのかも知れない。奴隷がいて差別民もいる。統一感のある装備を付けた兵隊も見かけたので領主的な支配者もいるのだろう。


「マンデ?」


「マジデ」


 ハエがたかっていないまだ新鮮そうな鶏っぽい肉を指さして聞いてみると銀貨2枚だそうだ。丸々1羽分なので結構な量ではあるが銀貨2枚。やはり肉は野菜より高めのお値段な気がする。前回は謎のブロック肉を買ったが今回は鳥肉にチャレンジしてみることにして銀貨を渡すと吊ってある紐ごとそのまま渡された。そうだった。ビニール袋もラップもないんだった。


「先生、それどうやって持って帰るっすか?」


 若干引き気味なノアさんから尋ねられてもそのまま持って帰るとしか言いようがない。リュックは背負っているがそのまま入れる気にはならないのだ。


「このまま手持ちですかね」


「ワイルドですね。でもあまり手が塞がるのはよくないと思います。ビニール袋は持っているのでそれに入れてリュックに詰めちゃいましょう」


 うーん。アユミさんに注意されるまで気が付かなかったが今までも散々兜沢山背負ってきたりと両手が塞がったまま迷宮街で行動していた。ちょっと迂闊だったか。


 ビニール袋などこちらでは珍しいものをあまり見られたくないので市場の物陰でこそこそとリュックに収納していると子供達の争う声が聞こえた。


「やめるっす!」


 市場の関係者の子供達と思われる子たちが物乞いと思われる子を虐めていた。それも容赦なく棒で叩いたり石を投げたりだ。


 そして、そこにノアさんが介入してしまった。周りから集まる剣呑な視線と慌ただしく人を集めるべく動き出す男達がちらりと目に入る。

 人として正しい行動が常に正しいわけではないのだ。彼らにとって商売を邪魔する敵を排除していたに過ぎない。人間みな命の価値は平等などという念仏は身分制度のある彼らには通用しない。完全武装のならず者が自分たちの子供を威嚇しているという結果にしかならないのだ。


「まずいですね」


「逃げましょう。ノア!逃げますよ」


「で、でも……この子こんなに怪我をして……」


 女の子のようだが顔の片側が赤い発疹に覆われて腫れており何かの病気のようだ。ぼろきれのような服にガリガリの体。血も流しており痛ましい。ついでにちょっと匂う。


「治療はダンジョンで。走るよ!」


 息つく暇もなく小脇に女の子を抱えたアユミさんが走り出す。


 やだイケメン。でもそれ人攫いでは?と小学生並の感想が脳裏を過ったがとりあえず追従して逃走した。これはしばらく食肉市場も出禁だなぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る