第5話 ビジネス準備


0026




 昼過ぎに朝昼合同飯として昨日の食堂でランチメニューを食べ、迷宮に潜ったのだが今日は妙に人の気配が多い。


 迂回しながら4層に着く頃には15時過ぎ。今日はもう迷宮街には行けなさそうだ。迷宮街は日が暮れる19時には大体どこも営業終了だ。晩飯はあきらめて日本で食べよう。


 しかし、ソロでの迷宮探索はそろそろ限界に近いのかもしれない。

 帰りの持ち物量も限界に近いのだが、行き帰り時間を考えると迷宮内で泊まり掛けになっていくだろう。寝袋で無防備に休息できるほど迷宮は甘くはないし、これ以上大きなリュックは戦闘に差し支える。


 定番の奴隷制度とかはあるんだろうか。そういえば獣人もエルフとまだ見かけていない。今のところ異世界というよりビザなし海外渡航くらいの雰囲気だ。


「おっと。ここか」


 スライムを潰しつつ、マッピングの途中から回っていると5層への階段を見つけた。4層を通過するには1時間弱というところか。狩場をどんどん変えていかなければならないこの世界の経験値システムには中々世知辛い距離感だ。


 4層のマッピングはまだ完了してはいないが、宝箱も罠もなさそうな構造だったので下りてみることにした。


「……ボス部屋?」


 階段の向こうは一本道で、薄暗くて見通せないが大きめの空間に繋がっている。


 壁に潜むように進む。天井、床、通路はとりあえずオールグリーン。



「……デカイな……ベスか?」


 空間を覗き込むと、直径3メートル級の薄紅色のスライムが天井からどろりと垂れ下がっていた。



「無理やな」


 あれはこの刀の間合いじゃ無理だ。スライム初見の時の二の舞になる予感しかしない。槍じゃ、槍をもてぇい。


 少しずつ後退り、撤退した。ボススライムは微動だにしていなかった。


 仕方なくこの日は4層マッピング穴埋めして、日本製もやしラーメンを食べに行った。



 前回より1ランク上に盛られたラーメンを啜りながら溜まったメールをチェックすると、フリマアプリから武器は売っちゃいけませんと警告がきていた。

 刃物じゃなければいけるかと、軽い気持ちで出品するものじゃない。改めて規約を読んでみる。


「決済手数料は10%なのね」


 用途が武器は出品禁止。グレーゾーンどころかアウトでした。売れたら売れたで振り込み手数料もかかるらしい。現金化に数日か。コンビニの宅急便でで発送。細々とお金かかるのね。


 メイス型ダンベルとかじゃだめ?

 まぁ無理に売らなくてもいいか。物販は大人しく諦めよう。


 明日は槍を探そう。先日も見たけど。





0027





 午前5時。すっかり早寝早起きになりつつある今日この頃。朝日がライジングしている中、自転車で自宅から数分の繁華街までやってきた。

 ヒーリングマッサージをやる上でお客さんになりそうな人がいそうな時間帯に下見だ。


 コンビニと牛丼チェーン店くらいしか開いてなさそうな早朝の繁華街。酔っぱらいが疎らに歩いてるが声をかける勇気はもちろんない。


 占い師や絵を売る人のように路上で試験的にやってみるのもありかもしれない。二日酔い治りますとかのノボリ旗持って。酔っぱらいに絡まれそうだけど。



「納豆牛小鉢定食ください」


 せっかくなので牛丼屋に寄り、朝食定食を頼む。

 カウンターには食べてる途中で寝こけているおっさんやサラリーマン風の人もいる。皆眠そうな気怠げな顔だ。


診断ダイアグノーシス


 小声で呟き、視線を合わせていく。


 サラリーマン風の40代男性

 ●軽度ストレス性胃炎、軽度睡眠不足


 寝こけている60代くらいのおっさん

 ●リウマチ、痛風発作、軽度骨粗鬆症、アルコール依存症、肝硬変、酩酊


 現代社会、病んでるなぁ……。


 ●急性胃炎、急性アルコール中毒、血圧低下、酩酊


 奥のテーブル席で俯いている飲み屋のお姉さんらしき風体の女性がちょっとヤバそうな表示だ。意外と遠くまで届くんだな診断ダイアグノーシス


小解毒ローキュア


 奥のお姉さんには届かないか。カウンター向かいの寝こけているおっさんにも届かなそうだ。


小解毒ローキュア


 トイレに行くふりでおっさんに触れ小解毒ローキュアをかける。身体から何かが抜けた感触があった。


診断ダイアグノーシス


 ●リウマチ、痛風発作、軽度骨粗鬆症、アルコール依存症、肝硬変


 酩酊が消えた。痛風発作は中解毒ミドルキュアなら落ち着きそうな気がする。慢性の疾患はどうなんだろう。


 朝定食がやってきてしまったので納豆TKGで流し込む。途中で店員さんがおっさんと女性を揺り起こし、おっさんは足を引きずりながらも意外と元気に、女性はフラフラと青い顔で会計を済まし店を出て行った。


「よくある日常なんかな?」


 あんまり気にしてもしょうがないか。全員に魔法をかけて回るわけにもいかないし。


 回復魔法の試し撃ちと久々の納豆ご飯と味噌汁を堪能して気持ちよくリーズナブルな会計を支払う。意外と一人暮らしするようになってから納豆も味噌汁も食べていなかった。日本の朝食って気がする。


 帰ろうと自転車に目をやると、隣でさっきの女性がヒールを脱ぎ座り込み、比喩ではなく側溝に向け血反吐を吐いていた。


「おっふ」


 やっぱ、ヤバかった。


「大丈夫です?救急車呼びますか?」


「……うるさい。ほっといて」


 フラフラと酔っぱらいムーブだ。こちらを振り向きもしない。面倒な。あなたが支えにしているの俺の自転車なんですけど。


「ちょっと触れますよ。小解毒ローキュア小治癒ローヒール


 ごっそりと自分の中から何かが抜け落ちる。目の前がグラグラと今度は俺が立っていられない。


「うわ、きっつ」


 自転車を挟んで思わず座り込む。


「あれっ?」


 お姉さんが何かに気付いたようだ。こちらを向いた顔にはさきほどの血の気のなさはない。


診断ダイアグノーシス


 ●軽度びらん性胃炎


 ぐらりと視界が歪む。だが効果は確認したかった。小治癒ローヒールじゃ治りきらないが大分落ち着いたようだ。急性アルコール中毒が原因のものは消えている。


「飲み過ぎですね」


「何をしたの?」


「魔法のツボですよ。治りきってはいないので病院には行った方がいいですよ」


「なんか元気なんですけど!すごい!」


「今回はサービスですからね。勝手に使ったので」


「お金取るんですか!」


「ええ、まあ」


 喋るのもしんどい。これ治るのかなぁ。


「どうしたんですか?大丈夫ですか?」


「力を使いすぎただけだと思う……そのうち治るので大丈夫」



「ねっ連絡先教えてください!」


 黙っていると唐突に連絡先を聞かれていた。そんな感じで連絡先って聞くもんなのか。


「今度お客さん紹介してくれるなら」


「わかりました!」



 MPが足りないのか具合が悪く、まつ毛すげーアイメイク派手だなぁくらいしか印象に残っていないが連絡先を交換していた。アユミさんと言うらしい。


「じゃありがとうございました」


 俺は手を振りかえすのが精一杯だった。タクシーで送ってくれると言ってくれたが自転車もあるので丁重にお断りした。




 めまいと頭痛にやられていた俺は昼近くまで動けず、なんとかフラフラと自転車を押して帰って寝た。





0028




 ひどい目にあった。


 MP切れであんなことになるとは……。MPが少なすぎる。


 今日は槍を買うつもりだったのにもう夕方だ。急いで支度しよう。



 迷宮に入ると、何かが身体に染み渡る。思わず深呼吸だ。


「そういえばあっちは魔力ないのか」


 日本には魔力がない。迷宮は魔力に満ちていた。これが魔力。迷宮にきていればもっと早く体調が良くなったのかもしれない。


「貯めておけないもんかなぁ」


 体内魔力の圧縮をイメージしながら歩いてみたものの、思い付きで簡単にできるもんじゃなかった。



 迷宮街は店仕舞いをしているところも散見されたが槍のお店はまだ営業していた。


 じろりと眺めてくる店主に気後れしながらも前回の倍の予算銀貨20枚を見せ、買えるものを教えてもらう。


 長さは1.8mほど、穂先は黒い金属で刺突だけを目的としたシンプルなもの、柄も石突きも金属で補強されており穂先が重過ぎないバランスが気に入ったものを購入。銀貨15枚なり。


「ラマダ」


 うほ、店主初めて喋った。渋い声。街中では抜き身で持ち歩かないらしく穂先に麻布を巻いてくれた。


 腰の後ろにメイス、左脇には刀を差し、右手に槍。どんどん重武装になっていく。道行く探索者達も似たようなものなので複数の武器を持つのがスタンダードなのだろう。


「リーチが正義だよなぁ」


 今のところ複数の敵はゴブリンが同時2匹のみなので乱戦という乱戦もないのだ。今の身体能力なら槍一本でもいいくらいだ。

 

 では昼寝もしたことだしお試しに行きましょう。


 迷宮に潜っていく。


 1層、蜘蛛寄せ付けず。

 2層、ゴブリン突きで余裕。

 3層、ゴブリンズ無双。

 4層、スライム楽勝。


 やっぱ長物は正義。


『魂強度上昇。職業、槍士、魔道士を解放しました』


 勢い余って5層ボスもやってしまった。核を外すこと3発目の突きで屠りました。しかし、槍士はわかるけど魔道士?


 ドロップした拳大の魔石を拾いながら考えてみるが魔道士の解放理由がはっきりしない。魔力を意識すること?

 まぁとりあえず解放されたからいいか。


 ボス部屋からは下への階段と、上への階段がある。


 これはもしかしてショートカット?すぐ出れるの?


 上への階段を上ってみた。


 出たのは1層。今まで行き止まりだったところに階段ができていた。


「……道理で」


 迷宮街で探索者を沢山見かけるわりに2層や3層にそんなに人がいないわけだ。


 でもこれなら移動が楽!神様ありがとう!レベル上げが捗ります!




 ここからなら自宅まで歩いて3分だった。




0029




 6層。5層のボスはいなかった。

 近い。通勤時間5分。

 素敵だ。ずっと篭っていたい。

 

 敵の気配および人の気配はない。


 新しいマッピング用のボードを首から下げ、探索を開始した。


 聞き耳を立て、音を立てないように歩き始める。


 最初の曲がり角を曲がると黒猫がいた。山猫のような小型でしなやかな身体に鈍く光る双眸。爪の大きさがただの猫ではないことを物語っていた。


 ——キン

 咄嗟に構えた槍に走る3本の爪痕。金属の補強をも断ち切り、柄の3分1まで切り裂いていた。


 速い。槍じゃ捉え切れない。


 槍を黒猫に放り投げ、刀を抜く。


 下段に構え、じりじりと距離を詰めるとひらりと間合いを外し横合いから跳びかかってきた。

 振りかぶってくる両前足に刀を横一文字に振り抜きながら前に出る。爪が肩をかすり鮮血が迸るが、こちらにも手応えあり。


 振り返ると後ろ足を1本失った黒猫が長い尻尾をくゆらせ牙を剥いてこちらを威嚇していた。


「南無三」


 目を逸らさず喉元に突きをいれ仕留める。


 よく見れば猫に似た何かだったのだが、猫を殺したようで気分が悪い。人型のゴブリンを殺した時よりよっぽど悪い。


『魂強度上昇しました』


治癒ローヒール


 革の服をあっさりと貫通してきた傷を塞ぐ。魔石は拳大。小さくて速いというのも相当に厄介だ。


「あれは猫ちゃんに似た何かだ」


 人間は慣れる生き物だ。早く慣れるのが身のためだ。


 感情を抑え、よく見て機械的に繰り返す。


 牽制、フェイント、体捌き、袈裟斬り、突き。


 浮かしてしまえばただの的だ。



『魂強度上昇しました』


 3度目のアナウンスで安堵のため息をついた。






 翌朝に気を取り直して早速教会で合掌。


『あなたの魂強度は14です。職業技能はマニュアルオペレーションで選択してください。残りスキルポイントは5です』


 農民 - 持久力向上(必要1SP)

 武闘家 - 動体視力向上(必要2SP)

 シーフ - 敏捷向上

       身体制御向上 - (必要2SP)

       暗視向上 - (必要2SP)

 戦士 - 強撃(必要2SP)

 武士 - 迅動(必要2SP)

 回復士 - 小治癒

       小解毒

         中解毒 - (必要4SP)

         診断

           魔法薬作成 - (必要8SP)

       魔力向上 - (必要2SP)

 槍士 - 飛突(必要2SP)

 魔道士 - 魔法矢(必要1SP)

 残りSP 5


 ショートカット階段の存在でレベルが上げやすくなった今、とても悩ましい。


 槍士の飛突は遠距離攻撃ではなくリーチが5%伸びる。今の槍だと9cmくらい伸びる。これは知能のある相手には結構でかい差だ。でもそれなら5秒間踏み込みも振りも1.2倍速くなる武士の迅動の方が使い勝手がいい気もする。戦士の腕力アップはどうでもいい。

 魔道士の魔法矢も遠距離攻撃なので牽制にも使えて利便性が高そう。でもMPが心許ない。

 パッシブもできれば持久力UP以外全部取りたい。


「魔力向上からかな」


 どう転がっても必要そうなやつをチョイス。


 回復士 - 小治癒

       小解毒

         中解毒 - (必要4SP)

         診断

           魔法薬作成 - (必要8SP)

       魔力向上

         中治癒 - (必要4SP)

         解呪 - (必要4SP)

 残りSP 3


 呪いあるのか……。中治癒は特定箇所の自然治癒で1か月分の回復なので骨折あたりも大体治る。欲しい。


 戦闘系スキルも欲しい時はすでに詰んでいる時なので詰む前に手当てしておきたい。ということで魔道士の魔法矢。


 魔道士 - 魔法矢

       魔力向上 - (必要2SP)

       属性付加1 - (必要2SP)

 残りSP 2


 こっちにも魔力向上があった。属性付加1は火水土風のどれか一つ決めた属性を扱えるようになるようだ。



 後は次の階を見てから考えよう。


 エリクサー症候群はそう思った。



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