第4話 現地デビュー
0023
迷宮近くの食堂を探す。衛生面がしっかりしてそうなところが希望なのでオープンエアじゃないところがいい。
迷宮を囲む長屋の向かいにも同じような長屋があり、服屋や食品店などの小さい店がひしめき合っていた。眺めていくと何店舗か飲食店もあった。外目からではお値段は全くわからない。
「1番清潔そうなところにしよう」
清潔そうというか1番高そうな店構えの店に恐る恐る入っていく。高いとしても迷宮のそばなので王侯貴族が来るような値段ではないはず。多分。
「ランカエラー」
「1人なんですがいいですか?」
やってきた妙齢の店員さんに指を一本立てて聞く。あえて日本語で現地の言葉わかりませんアピールも忘れない。
にっこりとした営業スマイルの店員さんに大丈夫そうだと安堵する。案内されたのは2人掛けのテーブル席だ。掃除も行き届いており清潔そう。
奥の厨房から不審そうな視線を感じるが気にしない。
「ラメン? ナーク? ンー」
チキンorビーフ的な雰囲気でちょっと困った顔の店員さんに、品がないがテーブルに銀貨10枚を積む。ショートソード買えるくらいのお金があれば足りるだろうとの思惑だ。
「お任せで!」
愛想笑いしながら頷いたので何となく通じたのだろう。
同じサラダや付け合わせが乗った肉のソテーと魚のソテーが出てきた。メインディッシュ両方出しよったでコイツ。見せ金は銀貨5枚でよかったのか……。
まぁ、レベルアップした今なら何とかいける。昼飯抜きだったし。
パンはパンというより細長いナンだ。
脂少なめのステーキのような肉と白身魚の半身を薄い衣を付けて焼いたものを、二股のフォークとナイフで頂く。大体似たような道具なんだなぁ。
何肉か分からないが普通に美味しい。割と苦い野菜が多かったサラダにかけるドレッシングが弱すぎるくらいか。マヨネーズが欲しい。
銀貨10枚渡そうとしたら1枚返ってきたので、宿のおすすめを聞く。寝んねジェスチャーしつつ、ボードにチョークでお絵描きタイム。部屋にベッド1つだけ、部屋にベッドが沢山ある絵には大きくバツ印を描いた。俺の描く棒人間に店員さんが大袈裟に喜んでいるがそこじゃない。
「この辺にどっかある?」
指をグリグリしながら聞いてみると、思い当たったのか壁を指差したがそれじゃ分からん。
迷宮と長屋とここの位置の地図をざっくりと書いたら店員さんが宿の場所を書き足してくれた。
「ラマダー!」
お釣りを宿を教えてくれたチップとして渡した店員さんに笑顔で見送られ、手を振り返す。堪能した。また来よう。次はメインディッシュどっちかだけで。
銀貨5枚もスライム10匹分と考えるときっと中々の高級店なのだろう。
野菜も付いているし、何気に現地通貨の使い道が乏しいので晩飯はこっちで食べるのもありかもしれない。
0024
日が暮れてきたので教えてもらった宿へと急ぐ。
たどり着いたのは石造りの二階建て、木塀に囲まれたなかなかに立派な建物だった。セキュリティも高そう。
アーチ状の入り口をくぐると、正面には階段があり右手にカウンター。左手に食堂が見える。さて交渉だ。
「ランカエラー。ダンヤン?」
カウンターの気の良さそうなおじさんが何かを問いかけてきた。ランカエラーはランカーより丁寧な「いらっしゃいませ」。これはもう覚えた。ダンヤンは「泊まりかどうか?」もしくは「何泊か?」だと思われる。笑顔だがさりげなく視線が服装チェックしていた。
「個室、泊まりで」
先程、飯屋の店員さんに説明したボードを取り出し、個室が希望だと伝える。怪訝そうだが個室希望は多分通じた。
「何泊か……か」
どう伝えればいいだろうか。
「あー。個室はいくら? 何
ボードの個室絵をコンコンさせながら銀貨何枚かを聞いてみる。
「ナンマンデ? ンンー、マフデ、ラディ」
「マフデ? じゃこれで大丈夫かな?」
銀貨5枚を取り出してみる。
「サカム、マジデ」
「マジで?」
首を傾げると食べるジェスチャーをしていたので、夕食か朝食かその両方が銀貨2枚ってことかな……。
「ノーサンキュー」
「ライライ」
とりあえず手を振りお断りすると了解したようだ。この辺の肯定否定などの基本的なジェスチャーが通用するのはありがたい。
壁に掛かっていた鍵を取り出したおじさんは部屋まで案内してくれた。
2階が客室全5部屋、トイレは通路突き当たりにあり共用。トイレ手前の左の部屋が今晩の寝床だ。間取り的に4人部屋2つ、2人部屋1つ、1人部屋2つかな?
案内された部屋の広さは6畳ほどだろうか。木製のベッドとテーブルに椅子2脚、壁には外套掛けも付いている。暖房設備は付いてないが冬とかないのだろうか。
「ベツトム!」
「
ベツトム言いながらおじさんが去っていった。ごゆっくり的なやつかな。
さて、チラッとドアを開けて見せてもらったトイレを見に行く。和式便所に近いだろうか。スリットのように開いた穴をスマホのライトと覗き込んでみると床下でブツを壺で受けるようになっているようだ。
「やはりこのクオリティか……」
そこそこ良い宿でもこんなもんなんだろなー。ギリギリ使えないこともないこともない。小なら気にしない。
置いてあったけつ拭き用だと思われる厚手の枯葉は柔らかくしっとりしていて、パリパリしてなかった。なんだこの異世界クオリティ。
自室のベッドはゴワゴワしたシーツだったがお日様の匂いがした。
「……ダニの死骸じゃなくて繊維が紫外線で分解された匂いなんだっけ」
月も元の世界と変わらなかったが、太陽の光も同じなんだろうかと益体のないことを考えつつ、やる事もないので早寝した。
0025
日の出と共に鍵を返却し、自宅に戻りでシャワーを浴びる。
「あっちで寝泊まりするのはとりあえずペンディングだな」
野宿と考えればいいのかもしれないが、トイレがあれでは態々あちらで寝泊まりする利点もない。洗濯も風呂もこっちの方が断然いいのだ。
「名刺、激安っと」
俺はとりあえず名刺を作ることにしていた。
マッサージ業類似行為いわゆるリラクゼーション・マッサージなどの〇〇マッサージの名刺だ。マッサージ自体はあん摩マッサージ指圧師の独占業務なのだが、〇〇マッサージとすると無資格でオッケーなのだ。
潰れたあの店もマッサージではなくリラクゼーションだと小さく書かれた同意書をお客さんにサインしてもらっていた。メニュー表はマッサージなのにだ。
似たような感じで自分が持っている柔道整復師は整骨(接骨)を独占的に行うが、整体は無資格でオッケーだ。
知らない人は有資格者がやっていると勘違いしがちなのだが、精々が勝手に立ち上げた業界団体が認定している民間資格程度なのだ。グレーゾーンが広いせいで国家資格を持っていても煽りを食らって薄給。ならばグレーゾーンを利用してやるしかない。
「ヒーリングマッサージでいっかな。肩書き回復士」
ちなみに診断と治療を行うのは医行為で医師免許保有者の独占業務だ。なのでヒーリングマッサージでは診断はしてはいけない。
ついでに
「問題はお値段付けと営業面か」
安くして沢山の人を相手にしなければならなくなるのも仕事に追われるようで嫌だ。となると高くても金を払う人を相手にする必要がある。
手持ちの武器は
「二日酔いと胃痛あたりかな……。強気に30分1万円にしとこう」
水商売のお姉さんと、そこに通う客をターゲットに仮置き。
営業日は金曜土曜日曜、日の出から出張可で昼まであたりにしておく。他の日や時間に副業してもいいし。
開業届も確定申告前に出したやつで多分大丈夫。ぶっちゃけ開業届ってそんなに急いで出さなくても個人事業主はできる。できてた。
住所などなく連絡先が携帯番号とSNSのみの怪しげな名刺デザインとなってしまうが気にしてもしょうがない。100枚で980円。明後日届くそうな。
それまでにレベルを上げつつ、どうやってターゲット層にアプローチするかを考えてみよう。
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