第23話 クレアの独白
「エリアヒール!」
彼女の使った魔法は、効果がやや低いもののその場にいた私達全員を癒してくれる。
効果より、どれだけの範囲をカバーできるか? 広域魔法の優劣はそこにあり、これだけの人数をカバーできる彼女はかなり優秀なんだろう。
そして瀕死の重体だったミアも今の回復魔法で、窮地を脱したみたいだ。
「その……ミアを救ってくれてありがとう。」
私は彼女……ミカゲにそう声をかける。
「助けたのはマリアちゃんだからお礼なら彼女に言ってね……ふにゃぁ……疲れたぁ……。」
ミカゲはそういうと回復魔法を使っていたシスター……マリアの胸の中に倒れ込む。
その頭を抱え込むマリアの表情はとても嬉しそうで、尚且つ近寄るなオーラを出していたため、その場でのお礼を諦める。
ドズールの様子はと首を振ると呆れた表情の獣人の女の子……ミュウと視線が合う。
彼女は私と視線があったのに気付くと、近づいてきて解体作業などの後処理や野営の準備の手伝いを頼んできた。
勿論、断る選択肢などなく、私はハニーベアの解体作業に取り掛かった。
「しかしホントこの子たちはなんなんだ?」
解体作業をしながら思わず呟く。
ミュウとミカゲがDランク、マリアとクミンって言う子供がEランクの冒険者であることはギルドでも確認済みで間違い無い。
実際、実力もランクとかけ離れていないように見える……なのに、この得体の知れない感覚は……。
◇
元々、今回の依頼は不自然な低ランク冒険者の監視という、面白くも何ともない物だった。
たまたま、前の依頼で負傷者を多く出した為、パーティとしては休暇となって暇を持て余したドズールが受けてきたもので、内容が内容だけに行きたがる者が居なかった。
結局ドズールと付き合いだしたミアが一緒に行くと言い出したので、私もついて行くことにしたのだ……ミアとドズール二人っきりなんてさせられる訳がない、私はまだ認めてないからな。
問題の低ランク冒険者がいるという街に着いてまず行ったのが情報収集だけど、入ってくる情報は判断に迷うものばかりだった。
曰わく、美少女3人のパーティで最近は子供が加入した、この子も将来有望な美幼女だ。
曰わく、彼女達は近くの森の中に住んでいるらしい。
曰わく、彼女達は一夜にして森を更地に変える。
曰わく、彼女達に手を出した者は、人でもモンスターでも、存在を抹消される。
曰わく……、曰わく……、曰く……。
どれもこれも噂話の域をでない物ばかりで、彼女たちの全貌が見えてこない。
わかったのはフェアリーメイズと言う名の女性ばかりの4人パーティと言うことだけだった。
ギルドに行けばもう少し詳しいことがわかるかも、と思ったが、ギルドで得られた情報は、街で得られた情報の裏付けをする程度の物だった。
「Dランクが二人、Eランクが一人、Fランクの子供が一人の4人パーティ。内訳は双剣使いの軽戦士と回復役のシスター、後の二人はよくわからん……きっとノービスだな。この構成でゴブリン退治をしたってか……無理とは言わんが20匹越えると荷が重いだろう。なのに報告では50匹以上いて巣毎壊滅した、ゴブリンキングも居たっていわれてもなぁ……。」
ドズールの分析は正しい、ゴブリンとは言えキングに統率された集団の脅威度は2ランクは跳ね上がる。
今回の場合、巣があることと数から言ってBランクの脅威度になっていたはず……私達でも入念な準備をして取り掛からないと足許を掬われかねない案件だ。
なのにDランクパーティの3人だけで脅威を排除したと言っても俄に信じられるものではない。
「ノービスじゃなくて凄腕の魔法使い。」
ミアがボソッと言う。
確かに上級魔法が使えるほどの術者がいるならゴブリンの50匹程度を抑えることは出来るだろうけど……。
「そんな奴ならDランクじゃないだろ?」
ドズールがそういう………確かに上級魔法が使えるならBランク以上じゃなければおかしい。
もう直ぐBランクになるミアだって中級魔法しか使えないのだ。
「それに聞き取り調査の中では、剣を挿していたらしいよ。」
私はドズールとミアに知り得た情報を開示する。
「魔法剣士か?」
「そうかも?]
「……いや、ないな。」
ドズールがそう呟いた後、すぐ首を振る。
魔法剣士は、その魔力を刀身に纏わせて攻撃するという独特の戦闘スタイルを持つ剣士で、なり手の少ない非常に稀なジョブである。
刀身に魔力を纏わせるため、通常より攻撃力は高く、またスピリットやレイスなど非実態モンスターをも切り裂くことが出き、相手の弱点属性の魔力を纏わせることにより攻撃力は数倍にも跳ね上がる。
あらゆる敵に対し様々な弱点属性を使い分け、魔法防御が他界的には力技で、物理防御に特化した敵でも魔力を纏わせて易々と斬り裂く……極めれば無敵とも思えるジョブであるが、現実に魔法剣士を選ぶ者は少ない。
その理由はいくつかあり、まず、複数属性の魔法を使えるものが少ない事。
複数の属性魔法を使えるだけの才能があるものは素直に魔導士を目指すのが普通であり、単一属性だけであるなら、高価ではあるが、魔力がかかった魔法剣を使った方が魔力消費も無くて済むし効果も大きい。
その上、通常の剣士の修業に加え、魔法の修業も必要なため著しく成長が遅いのも敬遠される理由の一つだ……つまり魔法剣士というのはあまりにも非効率的なのだ。
つまり、それなりの腕になるには時間が必要で、まだ成人したばかりの少女ではゴブリンの群を屠るだけの腕があるとは思えない……ドズールが否定したのはそんな理由だろう。
「まぁ、明日会えるらしいし、会ってみればどれほどのものかわかるさ。」
「そうだな。ただ、メルシィの言った事が気にかかる……ドズールは行かないほうがいいんじゃないか?」
「あぁ?ヘタに絡むなって奴か?」
「ドズールは特に気を付けろって言われてただろ?最初から揉め事起こされるのは困る。」
「ドズール、絡むの好き。」
「ハンっ、ガキなんか相手に絡むかよ、心配すんな。」
ドズールはそういうけど、なぜか胸騒ぎが抑えれなかった。
◇
「魔法使いだった。」
ミアがボソッとそう言う。
ギルドであったフェアリーメイズのメンバーのうち、はっきりしなかった二人目のDランクのメンバーの事だ。
噂通り剣を差してはいたが、その剣は一度も抜かれる事は無かった。
ただ、あの剣は柄の装飾を見る限りかなりの業物だと思えるので、敢えて使ってなかったのかもしれない。
ただ物腰も剣士のそれでは無かったので、魔法使いという判断で間違いはないだろうが、それならそれで、何てもったいないんだと思ってしまう。
「そうだね、風と火の魔法使いか……初級だけとはいえ、使い方によっては……報告もあながち間違いではないって事か。」
「くそっ、俺は負けてねぇ。」
「ドズール、いい加減にしなよ。戦いの勝敗はともかく、今回は私らの負けだよ……ギルドへの賠償金で、この間の稼ぎの半分以上が吹っ飛んだ事、アイツ等にどう言い訳する?」
私は置いてきたパーティメンバーの事を示唆する。
あいつらの治療費に壊れた装備の修理代、失ったアイテムの補充で、前回の稼ぎの1/3は吹き飛んでいるが、それはまだ必要経費という事で納得できる。
しかし、今回の件に関してはドズールが勝手に受けた依頼での損失……アイツ等が納得するとは思えない。
「そろそろ潮時かもな……。」
「クレア?辞める?」
私の呟きをミアが聞き咎める。
そんな顔されると困るんだよね。
「おいおい、今更抜けるのか?」
「元々、私は欠員補充の臨時雇いだったはずだろ?居心地は悪くなかったんで長居してしまったけどな、ゴタゴタが続いて居心地が悪くなるなら、抜ける事も考えるよ。」
私がそう言うとドズールが黙る。
「ま、なんにせよ、今回の件が終わってからの事だよ……敢えて言うなら、この件から手を引いた方がいいと思うけどね。」
「いや、一度受けた依頼は何があっても完遂する……それが俺達『夜更けの魔熊ナイトベア』の矜恃だ。」
ドズールが胸を張って言う。
「なら、コレ以上は何も言わないけどね、明日は絶対に騒ぎを起こさないでよ。」
私はそう言って部屋を出ていく……どうせこの後はミアがドズールを慰めるんだろう。
二人がイチャイチャしてるのを見る気はない……邪魔はしてやりたいけどね。
自分に割り当てられた部屋に戻ると、今日出会ったあの4人の事を思い出してみる。
あの時はゆっくりと考える暇はなかったが、彼女……ミカゲと呼ばれていた魔法使いには不自然な事がいくつもあった。
とりわけ不自然なのが、あの魔法を撃ち出す速さ……待てよ?そもそも彼女詠唱していたか?
思い出してみるがハッキリしない……詠唱してたようにも思えるが……。
絶大な火力を誇る魔法使いの最大の弱点は、その発動の遅さにある。
魔力を集め、詠唱することによって魔力に意味と方向性を持たせ、そして目標に向かって放つ……これらのプロセスは上級になるほど複雑化し、それだけ時間がかかるのだが、ミカゲは初級とはいえ、ファイアーボールをロスなく放っていた。
あのタイミングでファイアーボールの弾幕を張られると、並の戦士では近づくことも出来ないだろう。
それからあの数……普通なら魔力が尽きてあそこ迄放てないものだが……。
一流の魔法使いに近しい所にいるミアでも、あそこまでファイアーボールを放つと魔力切れを起こすだろうけど、彼女はまだまだ余裕がありそうだった。
そして杖の存在……魔法使いにとって魔力の消費とコントロールを補佐してくれる『杖』の存在は欠かせないものだ。
杖のあるなしで、消費魔力量や魔法の扱いやすさが全然違うとミアが言ってたが、彼女が杖を手にしたのは、最後のあの瞬間だけだった。
杖と言っても補助してくれるものなら何でもよく、指輪などで代用している魔法使いもいるが、あのタイミングで杖を出したという事は、それ以前は補助具を使ってなかったという事だ……逆に言えばファイアーボールの連発程度は補助具を使うまでもないという事で……。
そこまで考えて、はっと思い当たる。
杖もなしであれだけの事をやってのけた彼女が杖を取り出したと言う事は、補助具が必要なほどの事をしようとしていたわけで……。
「一体何をしようとしていたんだ……。」
私はそこまで考えて、あっさりと思考を手放す……私に分かるわけがない。
分かるのはあそこで止めて謝罪したのは我ながら英断だったという事だけだ。
明日は、絶対に彼女たちを怒らせない様にドズールを見張っておかなければ……。
そんな事を考えながら眠りについたのだった。
◇
「一体何を考えていやがる!」
「待って、お姉ちゃん達なら大丈夫だから。」
ミュウとミカゲが飛び出していった後、残されたドズールが慌てて追いかけようとするのをクミンが止める。
「何が大丈夫だってんだ。お嬢ちゃんにはわからないかも知れないが、ハニーベアってやつは俺でも手を焼くバケモンなんだぞ。獣人の嬢ちゃん一人じゃムリだ。」
そう言ってドズールがかけだしていく。
「お姉ちゃんゴメン、私じゃ止めれないよぉ。」
クミンが落ち込む。
「なぁ、お前さんがあの子達の事を信頼しているのはわかるが、ドズールの言う通りDランク冒険者が一人や二人でハニーベアに挑むのは無茶ってもんだ。ドズールを止める前にミュウやミカゲを止めるべきじゃないのか?」
私がそう言うと、クミンと隣にいたマリアが複雑そうな表情でこっちを見る……私は何かおかしなことを言ったか?
「そんなことぐらいは分かってますよ。だからクミンさんは邪魔されないように止めてたんですけどねぇ。」
マリアが、少し呆れた感じでそういうが……よく分からない。
「うぅ……ミュウお姉ちゃんが上手く止めてくれればいいけど……。」
結局、私が二人の言う事を理解できたのは総てが終わった後の事だった……。
◇
「……。」
もはや言葉も出ない。
私は唖然としながら目の前の光景を見つめている。
隣にいるミアもきっと同じ顔をしているに違いない。
「……こんな魔力の無駄使い、初めて。」
ボソッとミアが言う……顔が青ざめているのは、怪我をしたせいばかりではないだろう。
「準備出来たよー。筋肉さんが起きない内に入っちゃお。」
ミカゲがそう声をかけてくれる……そう、目の前には大きな露天風呂が出来上がっていたのだ。
「土魔法のピットフォールとクリエイトウォール、水魔法のピュアウォーター、火魔法のファイアーボール……全部初級魔法……。」
ミアが呟く。
ミカゲは土魔法で穴を掘り、壁を固め、そこに水を入れた後にファイアーボールを撃ち込んでお湯を沸かした……確かに初級魔法で出来る事だけど……お風呂に入る為だけに、こんなに魔法使うか?
「ミカゲが使えるのは火と風の属性魔法だけじゃなかった?」
思わず声に出してしまう。
「えっ?私?う~ん……初級魔法なら基本全部使えるよ?と言っても、覚えた奴だけだけどね。」
彼女は事も無げにそう言うと、湯船の方へ向かった。
「……取りあえず私らも入ろうか。」
私はミアを促して湯船に向かう。
せっかく湯浴みが出来るのだ、このチャンスを逃す手はない。
それに湯に浸かりながら色々と話を聞くのもいいかもしれない。
「……やっぱり敵ね。」
私が湯船につかろうとすると、じっと見ていたミカゲがボソッとそんな事を言う。
……何かやったか?
「ミカゲ、失礼なこと言わないの。」
獣人のミュウがミカゲを窘めている。
「だってぇ……ミュウなら分かるでしょ、同じ『持たざるもの』なんだし。」
「私はいいのっ。それにあんまり大きいと動きが阻害されるし。」
「うぅ……ミュウなら分かってくれると思ったのにぃ……クーちゃ~ん……。」
「私、成長期だから……。」
クミンが胸を押さえながらミカゲにそういう……なんだ、胸の話か。
同じような事をよくミアにも言われた……剣を振るときに邪魔になるだけなんだけどな。
そう言うとミアは決まって不機嫌になるから、私はここは無言でやり過ごすことにする。
「あ、白毛さん、けがは大丈夫?」
「ミア。」
「……ミアさん、けがは大丈夫?」
「ウン、おかげで。」
「そっかぁ、よかった。……あ、一応このお湯にリフレッシュとヒールを流し込んであるから、ゆっくりと浸かってね。出る事には体力も回復するよ。」
ニッコリと笑ってそんな事を言うミカゲだが……言っている事の意味わかっているのだろうか?
「……魔力の無駄使い。」
同じことを考えたのだろう、ミアがそう漏らす。
「うーん、これくらいなら大したことないんだよね……お風呂から出るころには回復してるし。」
「……ミカゲは異常。」
「……やっぱりそうなのかな?……出来ればあまり言いふらしたりしないでね。」
少し落ち込んだ感じでそう言うミカゲ。
一応自覚はあるらしい。
「言わない……恩人。」
「うーん、白……じゃなかった、ミアさんを助けたのはマリアちゃんだけどね。」
「いえいえ、あそこでミカゲさんが来てくれなければ私一人じゃ無理でしたわ。」
マリアがそっと寄ってきてそう言う。
「私達はミカゲ達に助けられた……それでいいじゃないか。」
私は言い合いになる前にそう言ってその場を収める。
その後は他愛もないガールズトークで盛り上がり、楽しい一時を過ごしたのだった。
このパーティは普通じゃない。
そのことを思い知らされた1日だったが、それもまた面白いと思う。
何故なら私は、普通ではあり得ない刺激を求めて冒険者になったのだから。
この依頼が終わるまでの間、彼女達はどれだけ私を驚かせてくれるのだろうか?
私は久しぶりに胸が高鳴るのを感じた。
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