第22話 女王蜂と蜂蜜熊さん
「お前ら一体何のつもりだっ!自分の力量も考えずにあんなモンスターに向かっていきやがって!」
顔を真っ赤にしながら怒鳴り込んでくる筋肉さん……名前は、何だっけ?
「アンタこそ、何勝手に飛び込んでくるのよっ!おかげですべて台無しじゃないのっ!そんなに戦いたいわけ?」
ミュウが筋肉さんに反論する……まぁ一歩間違えば死んでいたわけだし無理もないけど。
モンスターの「強さ」というのは個々にギルドによってランク付けされていて、戦闘時の目安とされている。
大まかではあるけど、自分と同ランクのモンスターは互角という考え方だ。
だから、戦闘時には自分と同ランク以上のモンスターは、人数がいなければ逃げるのが普通の考え方……中には立ち向かいたがる戦闘狂みたいな人もいるけどね。
そしてハニーベア―のランクはB、キラービーはDランクとされていてるんだけど、問題になるのはその「脅威度」という奴で、単体では低いランクでも集団になると怖いのはモンスターに限らず当たり前で、ウルフや蜂、蟻のように集団で行動しているモンスターたちは単体のランクより、集団での脅威度に気を付けなきゃいけないの。
そしてキラービーの脅威度はC~B……普通なら手を出さない相手だし、それを踏まえたうえで筋肉さんが怒ってるのも分るけど、こっちにも考えがあっての事なんだよね。
別に考えなしに手を出してるわけじゃないし、筋肉さんさえ飛び込んでこなければ全く問題なかったわけで、だからミュウが激怒するのも分るんだけどね。
「ドズは、無鉄砲なあなた達を助けに飛び込んだだけ、何も説明せずに飛び出していったあなた達が責めるのは間違い。」
ミュウの剣幕に、少し引いていた筋肉さんを助ける様に、白毛さんが反論する。
「でも、ミュウお姉ちゃんは大丈夫って言うのに聞く耳を持ってくれなかったのはどうかと思うの。」
「ガキの言う事なんか鵜呑みに出来るかよっ。」
「ガキじゃないモンっ。」
「まぁ、大丈夫だと言っても、万が一という事もあるから、心配しただけで……。」
珍しくクーちゃんが反論し、クレアが宥めていて、場がどんどん混沌としてくる……というか、まだ危機を脱したわけじゃないってこと、みんな分かってるのかなぁ?
「みんな煩い!」
私は筋肉さんの頭上にポーションを投げつける。
狙い通りに頭上で瓶が割れて筋肉さんは頭からポーションを浴びる……結構回復効果が高い奴だから、筋肉さんはこれでいいだろう。
「マリアちゃんお願い。」
「はい、分かってますわ。」
私が言うより早くマリアちゃんは動いてくれていて、すでにミュウは回復済で、次に白毛さんの治療に取り掛かってくれる。
クレアは後方で守っていてくれたおかげで、目立った外傷もなく問題はなさそうだった。
私は魔力回復薬を2本取り出し、1本を飲みながらもう片方を白毛さんに渡す。
「これで魔力回復して。」
私の声と表情から、余裕がない事を見て取ったみんなは一様に押し黙る。
「クインビーが来てる……私の所為。」
キラービーの女王蜂であるクインビーは体長70㎝程もある一際大きい蜂の魔獣なのね。
単体ではCランクの強さなんだけど、クインビーに率いられたキラービーの集団となると、その脅威度はB~Aランクまで跳ね上がる為、遠くで見かけた場合、すぐさま逃げ出すのが普通なんだけど……今回の場合、巣を壊され、その匂いを辿ってきたところに私達がいて……と完全にターゲットされている為、逃げ出すのも容易ではなかったりするのよ。
まぁ、ホントならハニーベアに総て擦り付けて、私達は逃げだす計画だったんだけど、こうなったら戦うしかないよねぇ。
「ミュウ、筋肉さん、二人でハニーベアの相手をお願い。白毛さんは魔法でキラービーを攪乱して、クレアはそのキラービーの各個撃破をお願い。マリアちゃんはクーちゃん護りながら皆の支援と回復をお願い。後クーちゃんは……。」
私はクーちゃんに近づき、袋の中から一振りの剣を渡す。
これも古代文明の遺産である魔剣だったりする。
どういう効果があるか分からないけど、普通の剣よりたぶん強いんじゃないかな?
「クーちゃんはなるべく馬車から離れないで。みんな一生懸命戦ってるから、クーちゃんを守る余裕がなくなるかもしれない……その時はこの剣で自分を守ってね。」
「ミカ姉、大丈夫。私だって練習してるんだから足を引っ張るような真似はしないよ。」
私はそう言ってニコりと笑うクーちゃんの頭を撫でて無理をしない様にという。
「クインビーは私が引き付けておくから、その間にキラービーの殲滅をお願いね。」
私は念のために、と、皆にポーションと解毒薬、魔力回復ポーションをいくつか渡してから、そう伝える。
「じゃぁ、一旦結界を解きますね。」
マリアちゃんがそう言って結界を解くと同時に無数のキラービーが向かってくる。
「フレイムバースト!」
白毛さんの炎の魔法が、何匹かのキラービーを巻き込み焼き殺す。
「行くぜっ!」
キラービーたちが怯んだところで筋肉さんとミュウがハニーベアに向かって飛び出していく。
私達を共通の敵と認識したのか、ハニーベアとキラービーは争っていなかった……残念。
飛び込んでくるキラービーを白毛さんの炎の魔法が包み込む。
抜けた個体はクレアが即座に切り伏せる……同じパーティだけあって、この辺りの呼吸はピッタリだった。
私はその場を皆に任せてクインビーに近づく。
「いっくよぉ……ソル・レイ!」
収束した光のレーザーが、杖の先から迸る……が、寸でのところで躱される。
「ソル・レイ!ソル・レイ!ソル・レイ!……。」
私は縦横無尽に駆け回りながら、光のレーザーを連射する。
しかし、相手はモンスターの中でもトップクラスのスピードを誇るクインビー……私の放つレーザーは尽く躱される。
「もぅ、ちょこまかちょこまかと……当たりなさいよっ!」
しかし、そう言ったからってあたってくれるはずもなく……しばらくの間、私とクインビーの鬼ごっこは続くのだった。
「キリがないわね……こうなったら……。」
私の魔法はクインビーに当たらず、クインビーも数多く打ち出される魔法を躱すだけで精一杯で攻めあぐねている、というように私達はお互いに決め手に欠けていた。
「ソル・レイ!……クレイウォール!……ソル・レイ!」
私の放つ光のレーザーを避けるクインビー。
しかし、その方向にはいきなり土の壁が出現し、勢いを殺せないま壁に激突する。
動きが一瞬止まった所で、私の光のレーザーがクインビーを貫く……筈だったが、そこに横合いから飛び込んでくるキラービー。
レーザーに貫かれ崩れ落ちるキラービー……ソイツが稼いだ時間で、クインビーは体勢を立て直し、逆に私に向かって襲い掛かってくる。
「クッ……。」
私は咄嗟に杖を突き出してその突撃を躱す。
そのまま転がりながら距離を取り、再びクインビーに向かって光のレーザーを放つ。
私とクインビーの戦いはまだまだ終わりそうになかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……マズいわね。」
私はミカゲの戦いを横目で見ながらそう呟く。
私が視線を向けたときは、丁度クインビーがその大きな針でミカゲを貫こうとしているところだった。
ミカゲはそれをかわして、距離を取りながら魔法で応戦しているけど、今一つ決め手に欠けるの明らかだった。
「早く応援に行かないとね。」
私は迫るキラービーを斬り伏せながらそう呟く。
そのためには、目の前のハニーベアをなんとかしないといけないんだけど、これがまた難しい。
私が牽制して、ドジ……なんとかだっけ……ま、ミカゲにならって筋肉でいいか……筋肉さんが削るか、筋肉さんが相対してる間に私が背後から削っていく……二人掛かりなら、それほど時間をかけずに倒せる。
そしてその後は、筋肉さんは白毛さんやクレアのフォローに、私はミカゲのフォローに回るはずだった。
「まさかキラービーとハニーベアが連携するとはね。」
通常なら天敵同士の魔物が手を組むなんてあり得ないけど、実際に私に襲いかかってくるキラービーは、ハニーベアを庇うように動いている。
おかげで、私はキラービーの相手で精一杯で、ハニーベアは筋肉さん独りで相手する事になっている。
「あり得ないって今更だけど……っね。」
私はさらに1匹のキラービーを斬り伏せる。
ミカゲと出会ってから、有り得ないこと、理不尽な現象などは、それこそ日常茶飯事と言っていいほど起きている。
それにあり得ないと言えば今の状況だってそうだ。
普通ならBランクのバーティがDランクの冒険者の指示に従って戦闘に入るなどと言うことは「あり得ない」のだ。
「これが勇者の資質ってやつかしらね。」
私はそう呟きながら、更に2匹のキラービーを屠る。
キラービーだって無限に湧いてくるわけじゃない。
白毛さんとクレアが数を減らしつつある今、キラービーの殲滅で時間の問題だけど……。
「それまであの筋肉さんが持つかどうかね。」
正直ミカゲのことは心配していない。
レフィーアの加護を受けている今のミカゲを傷つける事はAランクの魔物でも難しい。
これはミカゲと色々検証した結果なので間違い無い。
なんて言っても彼女が本気で放ったエクスプロージョンの中心にいても、ちょっとした火傷ぐらいで済んだのだから……もっとも、レフィーアに無茶しないでと、後でコッテリ怒られたんだけどね。
流石にあのレベルの魔法を耐えるのはかなり大変だったらしい。
なのでクインビー相手でも、それほど心配はしていない。
ただ気をつけなければならないのがファイナルアタック……所謂「蜂の一刺し」ってやつね。
アレは全生命力をかけて攻撃してくるから、まともに食らったら、ミカゲでも危うい……とは言っても死ぬことは無いだろうから、最悪何とかなるんだけど、クインビーのファイナルアタックを受けた後にキラービーに囲まれたらヤバい事に変わりはないので、そんなことにならないように一刻も早く助けに行きたいんだけどね。
そのためには、このハニーベアを何とかしなきゃいけないんだけど、相変わらずキラービーに阻まれて、ハニーベアのところまで辿り着けない。
……っ、しまったっ!
気が急いていた所為か、斬り伏せたキラービーの陰にもう一匹いるのに気がつかなかった。
キラービーの針が眼前に迫る。
このタイミングでは避けられない……私は双剣で顔と胸元を庇う。
急所さえ避ければ、何とかなる……そう覚悟を決めたとき、眼前のキラービーが突然炎に包まれ勢いが落ちる。
そこをすかさず切りつけて難を逃れる。
どうやら白毛さんが援護の魔法を放ってくれたらしい。
見ると、馬車付近のキラービーは残り数匹でクレアが相手している。
殲滅するのは時間の問題らしく白毛さんはこっちのフォローに回ってくれたようだ。
ハニーベアの周りのキラービーも数えるほどにまで減っているので、白毛さんに任せても大丈夫だろう。
私はそう判断すると、ハニーベアに向かって駆けだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「判断が早いな。」
クレアさんがそう呟くのが聞こえた。
ミュウさんの事ですよね?
ミュウさんやミカゲさんの事を褒められると自分の事のようにうれしくなる。
特にクレアさんの様なBランクに近い冒険者の言葉だからなおさらだった。
「クレアさん、この辺りも大丈夫そうですから、援護に行かれてはどうですか?」
ミュウさんは、早くミカゲさんの援護に向かいたいと考えているだろうから、私はそう提案してみる。
クレアさんが向かえば、ハニーベアと言えどもあっという間に倒せるだろう、そうすればミュウさんもミカゲさんの援護に回れるはず。
「……そうだな、あっちも気になるだろうしな。」
どうやらクレアさんには私の考えが読まれていたみたいです。
クレアさんはクスリと笑ってから、ハニーベアがいる方へ向かっていきました。
「クミンさん、馬車動かせますか?」
「うん、大丈夫だよマリアお姉さん。」
「じゃぁ、ゆっくりでいいから移動しましょう。ちょっと戦場から離れてしまいましたから、少し間を詰めた方がフォローしやすいですから。」
私はそう言ってクミンさんと共に馬車を移動させ始めました。
「クミンさんっ、急いでください……いいえ、私が走りますから、クミンさんは気を付けてきてください。」
私はクミンさんにそう言い残して馬車を預けると、駆け出します。
前方で見えた光……アレはただ事じゃないですね。
幸いに、と言ったら怒られますが、ミュウさんは既にミカゲさんの方へ向かったみたいなので、あそこにいるのはクレアさん達だけの筈です。
いくら気に入らない人たちとは言え、だからと言って見捨てるのは違いますからね。
「大丈夫ですかっ……っ!」
白毛さんが倒れている、見ただけでわかる……命に係わるほどの大けがだ。
私は即座に駆け寄り神聖魔法の回復治癒を唱え始める。
……かなり酷いですね。
私の魔力の減り具合に対して回復の兆しがありません……これは少しマズそうです。
「おい、ミアは、ミアは大丈夫なのかっ。」
「筋肉煩いです。少し黙っててください。」
自分もかなり酷いケガをしているのにあれだけ騒げるなんて……まぁ、それだけこの白毛さんが心配なんでしょうけど……。
「クレアさん……ミカゲさんを呼んできてください……私一人だと厳しいです……。」
私は詠唱の合間合間にそれだけを伝える。
「大丈夫、ミカ姉もう直ぐ着くから。だから頑張ってマリアお姉さん。」
流石はクミンさんです、既にミカゲさんに連絡していましたか。
「エリア・ヒール!」
背後からミカゲさんの声が聞こえます、と同時に白毛さんの息が楽になった感じです。
これなら大丈夫そうです。
私はミカゲさんの魔力に重ねる様に回復魔法を上乗せすると、苦しそうだった白毛さんの呼吸が普通になっていきます。
それと同時に傷口が塞がって……ふぅ、どうやら峠は越したみたいです。
流石はミカゲさん、女神に愛されし娘、ですわ。
私一人では間に合いませんでした……そこの筋肉はミカゲさんに感謝するといいですわ。
「何とか間に合ったみたいね……少しだけ休ませてね。」
私が振りかえり、ミカゲさんと目が合うと、ミカゲさんは安心したようにそう言って、その場にしゃがみ込みました。
「ミカゲさん、お疲れ様です。後は任せてゆっくりお休みください。」
私はそう言って、ミカゲさんにヒールをかける。
さっきのミカゲさんのエリアヒールのおかげで皆の体力は回復していますが、術者であるミカゲさんには魔法がかかっていませんからね。
「うん、大丈夫。ちょっとやる事あるからゆっくりはしてられないのよ。……でも疲れたから5分だけ休ませて。」
そう言ってミカゲさんはポスンと私の胸に顔をうずめます。
私はその頭を抱えると優しく髪を撫でてあげます。
するとミカゲさんは気持ちよさそうな顔をしてくれます……私はこの瞬間が大好きなのですよ。
周りが後処理でザワザワしている中、私とミカゲさんはまったりとした時間を過ごすのでした。
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