第21話 蜂と熊と蜂蜜の関係!?

 ガタガタ、ガタガタ……。


 馬車の揺れる音が響き渡る。


 いつもならおしゃべりに興じている馬車での旅だが、今回に限っては馬車の中を重苦しい沈黙が占めている。


 原因は、まぁ……、分かっているけどね。


 私は馬車の中で、クーちゃんを膝の上に乗せて、抱きかかえるようにして座っている。


 その横にはマリアちゃんが腕を絡めるようにして身体を摺り寄せて座っていて、私の向かいには気まずそうな表情のミュウが、そしてミュウの横には、同じく気まずそうな顔をしている、例の赤毛さんが座っている。


 そう、馬車の中が静かなのは予定外のお客さんが乗っている為だ。


 そして、私たち全員が馬車の中にいるって事は、御者台には別の人間がいるという事で……。


「なぁ、聞いてるのか?本当に、あれは俺様の実力じゃないんだからな。」


 ミュウと赤毛さんが気まずい顔をしている原因の一つが、さっきから聞こえてくるこの声……筋肉さんだ。


 隣には白毛さんが座ってるはずだけど煩くないのかしらね。


「……ミカ姉、返事してあげたら?」


「なんで?」


 クーちゃんがおかしなことを言ってくる。


「だって、あの人さっきからミカ姉に話しかけてるんだよ?」


「そうなの?」


「そうなのって……さっきから何度も……。」


「ん??」


「……はぁ……ミカ姉はそういう人だったね。」


「クスッ……。」


 ミュウが顔を俯かせているが、肩が小刻みに震えている……笑いを堪えているのがよく分かるんだけど……何か面白い事あったのかな? 


「あー、何て言うか、すまんな……。」


 赤毛さんが困った表情でそう言ってくる……なんか色々苦労してそうね。






 彼女達が何故一緒の馬車に乗っているかというと、例の依頼を受けることになったからだった……。


「あなた方二つのパーティには、シラン村のゴブリン調査を引き受けて貰います!拒否権はありません、いいですね!」


 朝早くから呼び出され、メルシィさんに鬼のような形相で凄まれては頷くしかなかった。


 ちなみに筋肉さんが倒壊した……私の所為じゃないからね……ギルドの建物は、一晩で元通りになっていた。


 だけどかなり大変だったと言うのは、いつもより厚く化粧をしているにも関わらず隠しきれていない、メルシィさんの目のしたのクマが物語っていた。


 まぁ、そういう流れでシラン村に向かう事になったのはいいけど、いくつか問題が起きたのね。


 まず、クーちゃんの事。


 私は当然お留守番をお願いしようとしてたんだけど、一緒に行くって聞かないのよ。


 仕方がなくクーちゃんの冒険者ランクのことを持ち出して、合法的に拒否しようとしたんだけど……。


 ギルドの決まりでFランクの初心者は討伐依頼にいけないし、連れて行くことも出来ないのよ、何でも初心者保護の為だとかでね。


 でもクーちゃんはその事を先読みしていたらしく、すでにEランクになっていた……昨日の採集依頼がランクアップの条件だったらしいのね。


 結局、何故かミュウの後押しもあって連れて行くことになり、結果として馬車を出すことになったの。


 えっ、何故馬車が出てくるかって?


 だって、お留守番がいなかったら、誰も馬の世話が出来ないじゃない?


 それに、私たちの馬車はターミナル工房によって改良してあるからちょっとした防護拠点にもなるし、荷物積む必要もないからテント代わりにもなるしね。


 そこまでは良かったんだけど……、私達が馬車を出すと知った途端、筋肉さんが俺達も乗せていけって……図々しいよね?


 昨日、あれだけの事をしておいて、それでも気にせずに言って来るんだから、ある意味大物なのかもしれないね。


 まぁ、色々なやり取りがあった後、最期にクーちゃんが「お願い」してきたので乗せてあげる事にしたんだけど……別にね、赤毛さんや白毛さんを乗せるのは構わないのよ。


 ただね、あの筋肉……というか男の人と一緒に閉鎖された馬車内に一緒にいるっていうのは絶対無理!


 なので、筋肉さんを縛り上げて引きずっていく案を出したんだけど、なぜか却下された。


 結局、筋肉さんが御者をして、道中馬車の中には入らない、顔をのぞかせない、白毛さんか赤毛さんが彼を常に見張ってる事、休憩中も半径5m以内に近づかない、という事で一緒の馬車で行くことになったんだけど……暇なのか、事ある毎に御者台から何か言って来るのよね。


 うるさいなぁと思っていたけど、まさか私に話しかけてきてるとは……どうでもいいけど。


「ところで、赤毛さんは冒険者歴長いの?」


 いい加減沈黙にも飽きたので、赤毛さんに話しかけてみる。


「アカゲ??私の名前はクレアだが?」


「あ、ゴメンナサイ、お名前知らないから勝手にそう呼んでただけで……。」


「そうか、いや、名乗ってなかったこちらが悪い、気にするな。」


「はい、気にしません♪……それで、クレアさんは何で冒険者に?」


 気にしろよぉ、と小声で言って来るレフィーアを無視して、私は質問を続ける。


「ん、私か?そうだな……簡単に言えば他に道がなかったからだな。」


「ふーん、で、なんであの筋肉さんと一緒にいるの?メンドクサくない?」


「スルーかよっ!」


 何故かミュウからツッコミが入る。


「ミュウ、どうしたの?」


「どうしたの?じゃないよっ!今クレアさんが重そうな話をしかけたじゃない?自分から振っておいてスルーはないでしょうが!」


 そうなの?とクレアさんを見ると、彼女は困ったような気まずいような複雑な表情をしていた。


「ハハ……とりあえず私のことはクレアと呼び捨てで構わない。さん付けとかされるとどうもむず痒くてな……。」


「ん、わかった。それでクレアはあの筋肉さんと長いの?」


「……結局最初の話はスルーなんだな。」


 ミュウが諦めたようにつぶやく。


 そんなに気になるなら、ミュウが聞けばいいのにね。


「あの筋肉さん、絶対トラブルメーカーだよね?一緒にいるの大変そう。」


「お前が言うな!」


「ミュウお姉ちゃんの苦労もわかってあげて。」


 私の言葉にミュウとクーちゃんからツッコミが入る……なんで!?




「まぁ、そう言うなよ。ドズールのヤツはああ見えても意外と面倒見が良くて、義理堅い奴なんだよ。……それにミアのことも大事にしてくれるしな。」


「ふーん、惚れた弱みって奴ね。」


「ばっ、なっ、バカなことを言うな……アイツとは仲のいい友人、ただそれだけだ。」


 私の言葉に、慌てふためき動揺を隠せないクレア……冗談のつもりだったけど、案外図星だったのかな?


「ところでミュウ、左前方ちょっと行ったところにハニーベア。多分キラービーと戦闘中……そろそろ蜂蜜の補充したいの。」


「OK!……オッサン、進路左へ変更。森の入り口手前で停止。」


「「ちょっと待て!」」


 クレアさんと筋肉さんから同時に声がかかる。


「この距離でなんでわかるんだ?」


「ハニーベアにキラービーだとっ!何考えてるんだ!」


 ……あー、なんかめんどくさいなぁ。


 分かるのはレフィーアのおかげだし、何考えてるって言われても、蜂蜜が欲しいだけだし……って、素直にそう言っても理解してもらえないことぐらいは、私にだってわかるのよ?


 だからこそめんどくさい……。


「えーっと、クレアさん、何故わかるかってのは説明画が面倒だからパス、筋肉さん、怖いなら馬車で待ってていいからとにかく森の手前まで行って。……それも嫌って言うなら降りて。」


「「………。」」


 私の言葉に二人は黙り込む。


「だ、誰が怖いって言ったっ!」


 しかし、それも一瞬の事で、筋肉さんはそう言うと馬車を飛ばし始める。


「パスと言われてもなぁ。」


 クレアはまだ納得がいかないようだったけど……私の作るハニークッキーの虜になった自称女神の妖精が、女神パワーとかで蜂蜜の場所を探し当てた……なんて言ったら頭の痛い子だと思われちゃうよ。


 ジーっと、私を見ているクレア……仕方がないか。


「……信じないかもしれないけどね、蜂蜜が欲しい女神様が教えてくれたの。」


「……分かった……冒険者なら隠しておきたい秘密の一つや二つあって当たり前だ。詮索した私が悪かった。」


 なんか一人で自己完結してるけど……信じてないよね?


 隣ではマリアちゃんがクスクス笑ってるし、クーちゃんは複雑な表情をしつつ、クレアに同情の眼を向けている。


 ミュウに至っては頭を抱え込んでるし……私悪くないよね?


「着いたぜ、嬢ちゃん達どうする気なんだ?」


「まずは近づくに決まってるじゃないの。」


 ミュウがそう言って馬車を飛び出していく。


 この辺り、ミュウも筋肉さんとあまり変わらない気がするのよねぇ。


「おいおい、俺達はどうすればいいんだ?」


「どうって言われても、私達が勝手にすることだし、邪魔しないように適当にしてれば?……マリアちゃん、クーちゃんをお願いね。」


 私はそう言ってミュウの後を追いかける。


「はい、気を付けてね。」


「ミカ姉、無理しちゃダメだよ。」


「おい、ちょっと……。」


 マリアちゃんやクーちゃんが声をかけてくれるのに軽く手を振って心配ないと伝えておく。


 他に何か聞こえた気もしたけど、気にしない……、ハニーベアがいるとなると、タイミングが難しいから、集中しなきゃいけないのよ。

「っと、そうだ……ディフェンション!」


 私の身体を光が包み込み、戦闘用装備に変わる。


 これで、キラービーの針も怖くない……事もないんだけどね。


 だってねぇ、キラービーって、体長が30~50cmもある蜂なんだよ?


 その蜂の針って言ったらねぇ……レフィーアの防御力のおかげで大したダメージにならないとわかっていても、見た目かなり怖いのよ?


 なので、出来るだけキラービーを刺激しない様に、私は気配を消しながら、そっと巣へ近づく。


 巣の周りには数匹のキラービーが警戒している。


 数が少ないのは、ハニーベアの撃退に行ってるからだろう。


 ……そろそろミュウが仕掛けるころだよね。


 しばらく待つと、キラービーたちがハニーベアのいる方へ飛び去り、巣の周りからキラービーの姿が消える。


 私は袋からアイテムを取り出すと巣の根元に向かって投げつけ、同時にファイアーボールを放つ。


 私の放ったファイアーボールは、投げたアイテムにあたると、そこからもうもうと煙が出て巣を包み込む。


 煙で、巣の中の残りのキラービーを燻り出してるんだけど……みんな出て言ったみたいで、飛び出してくるキラービーは1体もいない。


 私は巣に近づくと、腰に差した剣を抜き巣を一刀両断する。


 杖だと潰れちゃうからね、ただの飾りの剣だけど、こういう時は重宝するね。


(その剣、それなりに由緒正しい魔剣なんだけど。)


「そうなの?」


 レフィーアに言わせると、かなりの魔力を秘めた業物らしいけど、どうせ私はうまく使えないし、飾りで腰に差してあるだけなんだから、こういう時に使うだけでもマシだと思ってもらいたい。


 レフィーアとちょっとした会話をしながらも、私は巣の解体を進めていく。


 早くしないと戻ってくる個体がいるかもしれないからね。


 キラービーの巣はかなり大きい……大体私の背と同じくらいの高さがある……ので、私は剣でどんどん切り裂いていく。


 欲しいのは奥にある蜜溜まりの部分だからね。


 しばらく斬り進んでいくと、ぽっかりと穴が開き、密溜まりと呼ばれる部分に突き当たる。


 私は袋から樽を取り出し、柄杓を使って蜜を集めていく……この作業中がいつも緊張するのよね。


 いつ戻ってくるか分からないキラービーの影におびえながら手早く蜜を集める。


 この時余り欲張らないのと、奥の小部屋にある蜜から集めるのがコツ。


 奥の小部屋は女王蜂用の部屋で、ここに集められている蜜は特に栄養価が高い『王の蜂蜜ハニークラウン』と呼ばれている。


 流石に厳選された蜜だけあって、これ程大きな巣でも小樽一杯分しかないのでそれ程かからず集め終わる。


 続いて、手前にあった蜜を別の樽に詰めていく……多分大樽3個分ぐらいはあるだろうけど、そこまで時間はかけれないので、1樽分を詰め終わったところで、私はその場を後にする。


 後はミュウと合流して、逃げればOKだったんだけどね……。


「何でこんな事になってるのっ!?」


 森に入った所で戦っているはずのミュウが、森の外でキラービーを斬り落としている。


 その横では筋肉さんがハニーベアと戦って、その横では白毛さんが魔法でキラービーが寄ってこない様に援護していた。


 馬車が近い為、何匹かのキラービーが馬車の方に向かっているが、それはクレアが斬り伏せ、マリアちゃんが防護結界を張って馬車を守っている。


「ミカゲ、ゴメン、筋肉を止められなかった。」


 ミュウの話によれば、ハニーベアを助けながらキラービーを倒していると、いきなり筋肉さんが「うぉぉぉぉー!」と吠えながらやってきてハニーベアに斬りかかったらしい。


「アンタ、バカなのっ!バカでしょっ!」


「うるせぇっ!それより、さっさと逃げる準備しやがれっ!長くは持たないぞ。」


 私が筋肉さんに向かって叫ぶと、筋肉さんがそう言って来る。


 見ると身体中傷だらけで満身創痍と言った感じだ。


 まぁ、キラービーに囲まれながらハンターベアを相手にして、これくらいならマシな方だと思うけど、確かに長く持たなさそうね。


 ……もっとも、筋肉さんが飛び込んでこなければ問題なかったんだけど、今更よね。


「そこの白毛さん、私が魔法を放つから、そのタイミングで筋肉さんを連れて馬車まで下がって!」


「なんだと……。」


「いいから黙って下がるっ……テンペスト!」


 風の中級魔法が、ハニーベアを、キラービーを巻き込んで暴れまわる。


「今のうちにっ!」


 私とミュウは一目散に馬車に向かって駆けだす。


 見ると、筋肉さんも白毛さんと一緒に馬車に向かってくれていたので一安心だ。


「マリアちゃん、防護結界を!」


「はい、……来たれ、光の障壁!」


 マリアちゃんによって馬車の周り周辺に防護結界が張られる。


 ふぅ、これで一息つけるね。


「お前ら一体どういうつもりだっ!」


 筋肉さんがこちらに向かって叫んでいる……まだまだ一息つくというわけにはいかない様だった。


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