第5話 ファーストコンタクト

『早く、早く助けてヨ。』


 シャァァァァ!


 助けを求める妖精?の声と巨大蜘蛛が発する不気味な音が重なる。


 巨大蜘蛛の眼は私をしっかりと捕らえているようだ。


 今更逃げられないか……、あ、でも……。


 私はちらりと妖精を見る。


『あ!今ボクを犠牲にすれば、自分は逃げれるかもって思ったデショ!無理だからネ。あいつはアンタも餌と認識してるヨ。巣に捕われている私より先にアンタを狙ってるヨ。』


「チッ、使えないわねっ。」


 分かってはいたが、改めて他人から聞かされると何か腹が立つ。


 シャァァァァ!


 巨大蜘蛛が飛び掛かってくる。


「わわっ。」


 慌てて躱すが、巨大蜘蛛はそのまま反転して向かってくる。


 何なのコイツ、大きいくせに素早いなんて狡いわよ!


 私はがむしゃらにこん棒を振り回す。


 ガキッ!


 でたらめに振り回したこん棒が巨大蜘蛛とぶつかったおかげで追撃を辛うじて交わす事が出来た。


 私と巨大蜘蛛は睨み合う。


 シャァァァァ!


 再度飛び掛かってくる巨大蜘蛛に向かって、こん棒を振り下ろす。


 ガキッ!


 しかし巨大蜘蛛はこん棒を避けようともせずに、その巨大な脚を私目掛けて振り下ろしてきた。


 ズサッ!


 巨大な脚が私がさっきいた所に突き刺さる……間一髪だったよお……って掠ってる!?


 ワンピースが避け、私の肌から血が滲んでくる。


『アイツの脚には毒があるから気を付けてネ。』


「そう言う事は先に言いなさいよっ!」


 私はズサッ、ズサッとついてくる脚を躱しながら叫ぶ。


 タイミングを見てこん棒で叩くが、巨大蜘蛛はまったく気にした様子が無い。


「ムリ、ムリっ!大体この間まで引きこもりだった女子高生がこんな化け物と戦えるわけないじゃにのよっ!」


『あ、噛んダ。』


「うるさいっ!」


 巨大蜘蛛の攻撃を必死になって躱す私……完全に防戦一方で勝てる気がしない。


 しかも先程掠った時に毒を受けたのか、だんだん体の動きが鈍くなってきている。


「もぅ!どうにかならないのっ!」


 避け続けながら誰にともなしに叫ぶ私……と言うか叫んでいないとおかしくなりそうだった。


『何とかできるヨ。』


 蜘蛛の巣にとらわれている妖精がそんな事を言ってくる。


「出来るならさっさとやってよ!」


 ズシャァァァァ!と、吹きかけてくる液体をお鍋のフタで防ぎながらそう言う。


『捕まってるから無理。』


「この役立たずっ!」


 私は迫ってくる脚をこん棒で受け止める……が、相手の力の方が強く、こん棒が弾き飛ばされる。


 こん棒は失ったが、距離を空けることには成功した……けど。


 くらっ……、毒の所為で視界がぼやけ、身体のバランスを崩す……本格的にマズいかも。


『だからボクを助けてヨ。ここから抜け出せればミカゲの力になれるヨ。』


「助けるってどうやって?」


 生憎と持っていた武器が先程失ってしまった……と言ってもこん棒で蜘蛛の巣がどうこう出来るとも思えないけど。


 手元にあるのは解体用のナイフだけ。


 この小さい刃じゃ蜘蛛の糸が切れない事は実証済だ。


『魔法、使えないノ?』       


…………ポンッ。


『忘れてタ?』


「忘れてないわよ、思いつかなかっただけ。」


『それを世間では忘れたト……。』


「うるさいわね!……炎よ来たれ!爆炎と共に……イグニスファイア!」


『わゎっ……なんて魔法を、熱っ、アチチ……。』


「ウオーターボール!」


 バシャ!


 火だるまになっていた妖精に拳大の水の球がぶつかって体の火を消す。


『何って事するノ!』


「うるさい、助けてあげたんだから、早くどうにかしてよ!アレかなり怒ってるわよっ!」


 私の放った火が糸を伝わって、その広場中の蜘蛛の糸を燃やしている。


 巨大蜘蛛は、広場中に糸を張り巡らせていたみたいで、かなりの広範囲に燃え広がっている。


『じゃぁ、この杖に魔力を流して、振りながら魔法の呪文を唱えテ。』


 そう言って妖精は何処からか杖を取り出して私に渡してくる。


「わゎっ!」


 最初、妖精の身体に合わせて5cm位だったその杖は、私が手にすると50cm位の短杖に変わった。


『早ク!アイツがやってくるヨ。』


「分かったわよ……こうするのかな?」


 私は杖に魔力を流し込むと、杖が体の一部の様に馴染んでくる。


 あ、この力……なんとなくわかる……


「レディ・アップ!……チェンジ・ディフェンション!」


 私は感じるままに杖を振り回し、魔法の呪文マジカルワードを唱えると、辺り一面がまばゆい光に包まれる。


 手にしていた短杖が伸びて、ヘッドに大きな宝石をあしらい、周りが複雑な装飾が施された杖に代わる。


 私が着ていた服は消え失せ、代わりに白と赤のコントラストが鮮やかなゆったりとした衣装に代わる。


 一見したところ、袴の代わりにスカートにした巫女装束って言うのが一番近いかな?


 こういうの、真ちゃんが隠れて見てたアニメに出てた気がする。


 一体何が起きてるのよ?


(今、ボクがミカゲに憑依して力を貸し与えてるんだヨ。ボクの力は護りのチカラ。今のミカゲはあの巨大蜘蛛の攻撃に耐えられるだけの防御力がある筈だヨ。)


「ん、なんとなくわかる。チカラの流れも使い方も……。」


 迫りくる巨大蜘蛛の脚を躱す……が、横薙ぎに払ってきた別の脚に吹き飛ばされる。


「ぐぅぅぅ……何するのよ!痛いじゃないのよっ!」


 私はすぐさま起き上がり、巨大蜘蛛の追撃をかわす。


「確かに防御力は上がっているわね。」


 あれだけの力で薙ぎ払われても、痛いだけで、それほど大きなダメージではない。


(でショ?だから後は逃げるだケ……って何する気?)


 私がやろうとしている事がわかるのか、妖精の声が慌てた感じになる。


「見て分からないの?アイツの眼はどこまでも追いかけてくるストーカーと同じ目をしてるのよっ!ここで殺らないと、いつまでも付きまとわれるわよ!」


 私は巨大蜘蛛に杖を向ける。


 魔力が杖に集まるのを感じる……初めてだけど分かる……私には出来る……。


「爆炎の欠片、貫き通せ!ファイアーランス!」


 幾本もの炎の槍が巨大蜘蛛の身体を貫き、足を止める。


「トドメだよ!舞い上がれ、炎の柱!フレイムピラー!」   


 巨大蜘蛛の胴体を貫くように巨大な炎の柱が立ち上る。


 グ、ガァァァァァ……!


 巨大蜘蛛が断末魔の叫びをあげて崩れ落ちていった……。


 ふぅ、助かった……のかな?


 巨大蜘蛛が動かなくなるのを確認すると、私はそのまま意識を失ってしまった。


 ◇


 あれ?……私どうしたんだろう?


 確か大きな蜘蛛と戦う夢を見て……って夢じゃないっ!


 私の目の前には、巨大蜘蛛の燃えカスがまだブスブスと燻っていた。


「私、気を失ってたんだ……あの様子だとそれほど長い時間じゃなさそうだけど……。」


『ほんの2~3分ですヨ。』


「あ、これも夢じゃなかったんだ。」


 目の前にいた妖精を見てそう呟く。


『取りあえず、あの蜘蛛解体した方がいいんじゃないですカ?あのまま放っておくともうすぐ魔種に変わりますヨ?』


「解体?魔種?」


初めて聞く言葉に頭の上で疑問符を浮かべていると、妖精さんが教えてくれる。


『この世界ではモンスターは、魔種(シード)と呼ばれる核(コア)がありまス。モンスターはその命が尽きると魔種に形を変え、やがてその魔種は自然へと帰り、新たなモンスターの核となりまス。』


 魔種と言うのは魔力(マナ)の凝縮されたようなもので、魔石とも呼ばれている。

 魔種は様々な魔術具や、研究に使われているので、いつでも高額で買い取ってくれるらしい。


 また、魔種になるとモンスターの身体は消えてしまうので、皮や肉、骨など素材が必要な場合、魔種になる前に剥ぎ取る必要があるんだって。


 一度剥ぎ取ってしまえば魔種になってもその部位は残るというのだから不思議よね。 


「解体って言っても……。」


 胴体はほぼ燃え尽きているし、脚しか原型とどめてないんだけど?


『巨大蜘蛛の脚は武具加工に使われていますので、それだけでも取っておいた方がいいと思いますヨ。後、蜘蛛の糸はスパイダーシルクと言って高値で取引されていまス。』


「スパイダーシルクって……。」


 私は見回すが、一面火の海だ。


『火の魔法なんか使うかラ……。』


 どうやら丸焼きにされたことを根に持っているらしい……助けてあげたのにね。


 私はスルーして蜘蛛の脚をバラす為に移動する。


 しかし流石巨大蜘蛛、小さな解体用ナイフでは全然歯が立たず、四苦八苦の末、3本目を解体したところで時間切れとなった。


 結局、私の初の戦果は巨大蜘蛛の脚3本と巨大蜘蛛の魔種、それと……妖精だね。


 この子は一体何なのかな?


 ◇


「という事で、知ってること全部話しなさいよ。」


 私はベースキャンプに戻ってくると、妖精を捕まえて文字通り締め上げる。


『痛っ……は、話すから……放して…………ボク、今上手いこと言ったよネ?ネッ?』


 私は無言で握っている手に力を籠める。


『い、痛い、ちゃんと話すかラ……。』


「最初から素直にそう言えばいいのよ。」


『もぅ、ミカゲってこんな乱暴な子じゃなかったはずなの二。』


「まず、それよ!何故私の名前を知っているのよ?」


 私の言葉に妖精は不思議そうに首をかしげる。


『何故って……ボクが女神だから知っていて当たり前だヨ。』


「はい?」


『だから女神なノ。ボクは護りの女神レフィーア。勇者担当なノ。』


 はい、もうここで訳が分んないです。


 そんな私の様子を見て、自称女神の妖精は苦笑する。


『最初から説明するネ。色々疑問はあると思うけど質問は後でまとめてした方がいいかモ?』


「そうね、その方が良さそうだわ。」


 私はそう言って妖精に説明するように促す。



『どこから話せばいいかナ…………。』


 レフィーアが黙り込む。


 考えているんだろうと思ってしばらくそのまま待つけど、レフィーアは一向に口を開こうとしない。


「どうしたのよ?」


『……忘れちゃっタ。』


 てへぺろッと舌を出す仕草が無性に腹が立つ。


「いい度胸してるわね……。」


『ま、待って、本当に忘れちゃったんだからしょうがないじゃなイ。』


 私とレフィーアはしばらくの間睨み合う。


「はぁ……で、何も覚えてないの?」


『そういうわけじゃないけど、……ミカゲに関することは少しは覚えてル。』


「じゃぁ、覚えている事だけでいいから教えてよ。」


『えっとね、ミカゲはこの世界のキーなんだっテ。』


「どういうこと?」


 レフィーアの話によると、やっぱり私はこの世界を救うためによばれたんだって。


 それでレフィーアはその私をサポートしてくれるアドバイザーって話なんだけど……。


「アドバイザーねぇ……。」


 ちらりとレフィーアを見る。


『なんだよぉ、ボクがアドバイザーじゃ不満かァ?』


「ウン、不満……と言うか不安?」


『どこがだよォー、こんなプリティな女神様がずっとそばにいるんだぞぉ、何が不満なんだよォ。』


 ぷんぷん、と怒っている姿も可愛らしく、女神と言われてもねぇ……。


「それはいいとして、さっきのなんだけど……。」


『あー、スルーですカ!そんな奴には何も教えてあげないゾ。』


「もぅ、めんどくさいなぁ……。」


 私はさっき採集してきた中から、イチゴとそっくりな黄色い果実を渡す。


『こ、これ、いいのカ!』


「ウン、あげるから機嫌直して、色々教えて。」


『おぉー、いいぜぇ、何でも聞いてくれヨ。』


 レフィーアはイチゴもどきを両手で抱えて美味しそうに食べている。


 毒は入ってない様ね、アレ……。   


「でね、さっきのアレは何なの?」


『アレ?』


「そう、なんか憑依とかって言ってたけど?」


『あ、あれは簡単に言えば、ミカゲがボクの力を取り込んで、本来の力を解放したんだヨ。』


「本来の力?」


『そう、本来の力……ボク達『護身の女神』は、人間と一体化することでその力を発揮するんダ。そして一体化した人間は、その人本来の力を開放することが出来るんダ。でも、無理矢理その力を引き出しているわけだから、反動が大きいけどネ。』


「あぁ、だから私、気を失っちゃったんだね。」


『そうそう、だから力の使いどころは気を付けないといけないヨ。』


 レフィーアはそこまで話すと、再びイチゴもどきにかぶりつく。


 んー、女神かどうかはともかくとして、この姿は和むなぁ。


 思わずレフィーアをツンツンと突っついてみる。


『なんだよぉ、これはボクが貰ったんだからもう返さないゾ。』


「取り上げないよ、もう一個いる?」


『いいのカ?』


 新しいイチゴもどきを抱え込んで大喜びするレフィーア。


 これも旅の仲間って言うのかな? 


 ヘンな気づかいするよりは一人の方がいいって思ってたけど、こう言うのなら一緒にいても楽しいかもね。


 私は、はぐはぐとイチゴもどきを頬張っているレフィーアを突っつきながらそう思った。


「仕方がないなぁ……これからよろしくね。」

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