第4話 始まりの街から……
「……イルマ姫、酷いよぉ。」
くぅー、っと私のお腹が鳴る。
さっきから私のお腹は空腹を訴え続けている。
「どうせなら食料くらい入れておいてくれても良かったのに。」
私はイルマ姫からもらった小さな袋を覗くが銅貨しか見えない。
さっき購入した初心者の旅セットも入っているはずだけど、見ただけじゃわからない。
なんでもこの袋は『勇者の袋』と言って、生き物以外ならどんなものでも入るんだって。
大きさや量は持ってる人の魔力量によって変わるんだけど、私の場合はかなりの量をしまい込めるみたい。
この袋より大きいものがどこに入っているのかは不思議だけど……まぁ、そういうものと思えばいいよね?
そして私がさっきから困っている理由……。
「お腹空いたなぁ。」
そう、空腹なのだ。
お腹がすいたら、お店で食べればいいじゃないかって?
そう考えたキミ、甘いっ!南国の黒砂糖より甘いよっ!
最初は私もそう考えたのよ。
でね、レストランっぽい所に入ったのはいいんだけど……高いのよ。
内容はよくわからないけど一皿で、一番安いもので銅貨20枚もするのよ。
しかも量は少なめ……私の持っているお金じゃ絶対足りないって分かったから早々に出てきたのよ。
仕方がないから屋台で何か……と探していて見つけた肉串の屋台。
そこに売っていた肉串は銅貨7枚、少し高いけどこれくらいなら、と思って買おうとした時……奥で見えたのよ……処理前のカエルが。
「お嬢ちゃん、買わないのかい?」
「うーん、おじちゃん一応聞くけど、これ何のお肉?」
「ビックトードさ。ウチのは捌きたての新鮮な肉だぜ。値段も手頃だしお得だぜ?」
「ウン、また今度ね。」
私はその場を逃げるように立ち去ったのよ……やっぱり奥の物体はカエルで間違いなかったようね。
流石にカエルはねぇ……「くぅー」……お腹が鳴る。
日本でも、戦時中は『食用ガエル』と言って大きなカエルを食べていたそうだし、真ちゃんよく捕まえてきて、その度に私も捌くのを手伝ったこともあったけど……。
味は癖が無くて鶏肉みたいだって言ってたけど……ウン、鶏肉だと思えば……。
空腹には勝てないよ、アレは鳥さん……アレは鳥さん……そう思ってさっきの屋台に戻ろうと回れ右をして…………やっぱムリっ!
うぅぅぅ……鳥さんだと思えば思うほどカエルの姿がちらつくのは何故っ!
「アンタ、さっきから何やってんだい?」
見ると別の屋台のおばちゃんがクスクス笑いながら聞いてきた。
何でも屋台の前でぐるぐる回っている女の子(私の事だ)が気になってさっきから声をかけるタイミングを伺っていたらしい。
「その……お腹が空いて、何を買おうか悩んでいたのです……。」
まさか、カエルが嫌で買うのをためらっていたとは言えない。
「だったらウチのを買っていかないかい?」
そう言われて屋台を見ると、見るからに固そうな黒パン、ちょっと柔らかそうな茶色のパン、茶色のパンに切れ込みを入れて様々な具材が挟まっている物など様々なパンが売っていた。
そっか、パンなら大丈夫……そう思って目の前に並んでいるパンを眺める……具材パンが美味しそう……。
黒パンが銅貨三枚、茶色パンが銅貨五枚、具材パンが銅貨十枚かぁ。
私は手持ちの銅貨の残りを思い浮かべる……。
「オバちゃん、これ三つ。」
私が選んだのは結局黒パンだった。
多少硬くても我慢すればいい……それより今は節約だね。
私はおばちゃんにパンを包んでもらい、街外れの少し開けたところで腰を下ろし、パンを食べ始める。
がりっ、がりっ……。
……パンを食べてる音じゃないよねぇ?
でもこれが現実なのだからしょうがない。
「これからどうしようかなぁ。」
取りあえず魔王を倒すのだ!と盛大?に見送られてお城を出たものの、まずはお金を何とかしないとね。
「残ったお金は銅貨21枚かぁ。オバちゃんの話だとここから西に向かったところにイスラムの村っていうのがあるらしいんだけど……どうしようかな?」
当たり前の話だけど、この街は王都だから物価が高い。
パン屋のおばちゃんも実はイスラムの村出身で、あのパンは毎朝村の人たちが焼いた物を持ってきてくれているんだそうだ。
オバちゃんは、そのパンを買い取って利益を上乗せして販売しているのだとか。
「ココだけの話だけどね、イスラムじゃぁこの黒パンは2個で銅貨1枚なんだよ。」
オバちゃんは笑いながらそう教えてくれるけど、それ、お客さんに言ったらダメなヤツだよね?
取りあえずイスラムの村まで行くことは決定として……。
「ただ、今から出ると確実に途中で夜を過ごすことになるんだよね。」
今夜はここに泊まって、明日の朝出発するって言う手もあるけど、その場合ここの宿代がかかる。
1泊素泊まりで銅貨8枚……良心的な価格だと思うけど今の私には手痛い出費だ。
「でも夜の森は物騒だって話だしねぇ。」
お金を取るか安全を取るか、それが問題だ。
「って格好つけていても、私の取れる選択肢って一つしかないのよね。」
私はそう呟くと袋から買ったばかりの装備を取り出して装着する……と言っても右手に武器、左手に盾を持つだけなんだけどね。
「まったく、勇者って持ち上げるぐらいなら装備ぐらい用意してよね。今時銀貨一枚じゃ旅支度なんて出来ないって事分かっているのかなぁ?」
武器屋に行った時、銅の剣が銀貨1枚という値段設定には驚いた。
高いのか安いのか分からないけど、銅の剣を買ったらそれだけでイルマ姫がくれた支度金が無くなってしまう。
そもそも、旅セットが銅貨50枚するのだから、実質装備にかけれるお金は銅貨50枚という事になる。
私は可愛くなかったから買わなかったけど、汚れやダメージに強い『旅初心者の服』と言うのも銅貨30枚もした。
……ウン、今度イルマ姫にあったら最低限の装備は準備する様に言っておこう。
そんなどうでもいい事を考えているうちに街外れの門に辿り着く。
私はなるべく門番さんから距離を置くようにしながらギルドカードを渡す。
「なぁ、嬢ちゃん。」
「何よっ!」
私は左手に持った盾で身を隠すようにして、門番さんに答える。
「そんなに身構えなくても……傷つくなぁ。」
「ごめんなさい……でもそれ以上近付かないで。」
「いや、姫様からお達しが来てるからいいんだけどよぉ……あ、これOKだから。」
そう言ってギルドカードを返してくれる門番さん。
「でもなぁ……。」
門番さんは私の姿をしげしげと眺めている。
「な、何よっ、まだ何かあるのっ!」
私としては早くここを離れたいんだけど……ここだと3人ぐらいに囲まれたら逃げれなさそうだから……この門番さん達がそんなことするわけがないとは思うけどんだけど、こればっかりはしょうがないのよね。
「いや、嬢ちゃん本当にその格好で行くのか?」
「そ、そうよっ!悪い?」
私の右手にはこん棒、左手は盾……お鍋のフタにしか見えないけど盾なのよっ。
お店でもスモールラウンドシールド?って表示してあったんだもん。
そしていつものワンピース……このスカートの広がり具合が可愛いいのよ。
……うん、どう見ても勇者には見えない、私だって他の人がこんな装備していたらツッコむと思うし……と言うよりお鍋のフタを盾代わりにする勇者ってなんか嫌だ。
「いや、悪くないけど……なぁ?」
門番さんが困ったように同僚の顔を見る。
「仕方がないのよ……お金ないから。」
私がそう言うと、門番さんの眼の色が呆れた感じから同情する色へと変わり、そして……。
「ま、まぁ、今の時代大変だよなぁ。」
「そうだな……っと仕事しないと……嬢ちゃん気を付けてな。」
門番さん達はこれ以上関わると面倒だという様に離れていく。
「……同情して何かくれてもいいんだよ?」
私の呟きは無視される。
「はぁ……世知辛い世の中ですねぇ。」
こうして、未知なる異世界のフィールドへ、私は足を踏み入れたのだった。
◇
「しかし暇ですねぇ……何も出てこない。」
いや、出てきても困るんだけどね。
街を出てから2時間余りが過ぎている。
最初は物珍しくてキョロキョロしていたんだけど、流石に代わり映えの無い景色の中、延々と歩いていれば飽きてきても仕方がないと思うのよ。
真ちゃんがやっていた、あーるぴぃじーって言うんだっけ?あれだと少し歩いたらすぐモンスターと戦闘になってたんだけどなぁ。
「ホントにモンスターが出てきても困るんだけどね。……そろそろ休憩しようかなぁ。」
口に出してそう呟くと、休憩できそうな場所を探す。
「なんか独り言が多くなった気がするよぉ……ってまた独り言いってるし。」
私はセルフツッコミをしながら、大木の影に腰を下ろす。
『クリエイト・ウォーター』
袋から取り出したマグカップに魔法で生成した水を注ぐ。
「ふぅ……美味しぃ。水の心配がないのって魔法のいい所だよね。」
私は休憩ついでに、今の持ち物を袋から取り出して並べる。
簡易調合キット、黒パン2個、初心者旅人セット、そして銅貨が21枚と。
しかし、初心者旅セットが銅貨5枚って言うのはお買い得だったよね、このマグカップ一つとっても無いと結構困るもんね。
銅貨45枚も割り引いてくれたお姉さんに感謝かな。
……でもこれって紹介できなかったお詫びなんだよね。
聞いたところによると3人は紹介してくれるはずだったって事だから、一人当たり銅貨15枚の補償……人一人の価値が銅貨15枚って考えると、何か世知辛いものを感じるねぇ。
何の気なしに道具を確認していただけなのに、なんとなくもやもやした気分になってしまった。
「ところで道ってあってるんだよねぇ?……地図買うべきだったかなぁ。」
どれだけ歩いても変わり映えにしない景色に、不安を覚える。
オバちゃんから聞いた話では街道沿いにまっすぐ行くと小さな森があって、その森を抜けて直ぐの所に村があるって話だったけど。
「暗くなる前に森に入りたいよね。」
森の中には食べられる果物や薬草などの素材が沢山採れるって言っていたから、森で夜営の準備したら暗くなるまで採集するつもりだった。
実は日本にいた時の私の趣味というか特技は、ハーブの栽培と、自家製のハーブを使った料理やハーブティを入れたりをする事……と言うとおしゃれに聞こえるでしょ?
実際の所は、生きるために会得した結果、なんだけどね。
知ってる?ハーブって、雑草としてそこら中に生えてるんだよ?
だから根っこから引っこ抜いてきて、プランターとかお庭に植えて、適当にお水あげておけば勝手に群生してくれるの。
私が育った施設って言うのは、お世辞にもいい環境とは言えなくて、食事が無い事だってざらにあったのよね。
だから、群生している雑草を煮込んで食べたりとかは当たり前だったのよ……普通に暮らしている人には想像できないと思うけどね。
同じ理由で、真ちゃんの特技は『アウトドア』……と言うか、普段がアウトドアでサバイバルな生活だったからね。
ご飯が無い時は、真ちゃんがとってきた川魚とかザリガニを鍋にしていたものよ……カエルもあったけど、私には無理だったわ。
……妹たちは喜んで食べていたけどね……知らないって事は幸せな事なのよ。
それでね、川魚とかってとっても臭いのよね……だからハーブを使ってにおいを消す、と言うか誤魔化しているうちに自然と身についたのよね。
だから、森の中で食べられるものを見つけたり薬草などを採集するのは簡単な事と思ってたのよ。
だって、いつもやってた事と大差ないからね。
……そう思っていた時期が私にもありました。
「甘かったよぉ……南国フルーツより甘かったよぉ……。」
野草と果実の山を目の前にして私は頭を抱える。
あの後、ようやく森の中に入った私は、適当な場所を見つけると予定通り夜営の準備をしてから素材採集に向かったのね。
そこで私の甘さをまざまざと思い知らされたのよ。
木の実とかね、果実はまぁ見れば何とか分かるんだけど……薬草ってどれよ?
種類の違いは判るけど、どれが薬草でどれが毒草なんて分からないよ。
よく考えたら、ここは異世界なんだから植物相だって違って当たり前……何でそんな簡単な事に気づかなかったんだろうね。
まぁ取りあえずは採れるだけ採ろうと、集めた結果がこの山……。
「はぁ……異世界キライ……。」
私は膝を抱えて座り込んだまま、しばらくの間じっとしていた。
「私、何してるんだろうね……。」
勇者だ、魔王を倒すんだ、って言われるままに出て来たけど、よく考えたら何で私が魔王を倒すことになってるの?
私が勇者っておかしいよね?
だって、何の力もないんだよ?薬草と毒草の区別だってつかないんだよ?
大体、魔王を倒すのって私に何のメリットがあるのよ?
「あー、止め止め!お腹空いてるからネガティヴな思考になるんだよ。こういう時はラベンダーとカモミールのハーブティがいいんだけどなぁ。」
確か似たようなのがあったはず……と目の前の野草の山をより分けてみる。
「これ……使えるかなぁ。」
そう言いながらカモミールに良く似た花の部分を切り分ける。
「本当は2~3日天日干しするんだけど……贅沢は言ってられないよね。」
沸かしたお湯の中に切り分けた花を入れて少し蒸らすと、ハーブ独特の香りが漂ってくる。
私はマグカップにお茶を注ぎ、香りを楽しむ。
「カモミールとよく似てるけど、ちょっと違うね……でもいい香り。」
私は黒パンをかじりながらカモミールティもどきを味わう。
お腹が膨れたせいか、ハーブティのおかげなのかは分からないが、食べ終わる頃にはなんとなく気分がすっきりする。
「この先の事は置いといて……まぁ、何とかなるでしょ。」
ずっと同じ姿勢だったせいで凝り固まった体を解す為、んー、と大きく伸びをする。
心に余裕が出来たせいか、今まで聞こえなかった木々が風に揺られる音や、虫の声など、森の音が聞こえる。
(……けて……たす……けて。)
そんな様々な音に混じって、遠くの方で何か叫んでいるような声が聞こえる気がする。
なんとなく気になった私は聞こえてくる声の方向へ様子を見に行くことにした。
◇
(助けて!……誰か助けて!)
声が大きく、はっきりと聞こえる様になり、誰かが助けを求めているというのが分かると、私は急いで声のする方へ駆け出す。
しばらくして開けたところに出ると、そこには助けを求める声の主がいた。
二年前、私は助けを求める立場で、そして助けて貰えたから今ここにいる。
だから、困っている人がいたら手を差し伸べたいと思い、そう行動してきた。
「だけどね、それって時と場合によると思うの。助けたくてもムリって事はよくある事だと思うの。」
私はそう言ってその場を立ち去ろうとする。
『ま、待ってよ、ここで見捨てるなんて酷いじゃないのサ。』
「うーん、運が悪かったと思って……ね?」
私は立ち止まりそう答える。
『ね、じゃ無いのヨ!マジでヤバいんだっテ……早く!』
「そうね早く逃げないと。」
私は慌てて立ち去ろうとする。
『わぁー、見捨てるナ!……ってヤバい!』
ガサッと大きな物音がして現れる巨大蜘蛛。
本格的にヤバいと、私はその蜘蛛と、さっきから叫んでいる、蜘蛛の巣にとらわれた『妖精』を交互に見る。
『わぁー、早く助けテー!』
泣き叫ぶ妖精を横目に、私はこれからどうするべきかを考えていた。
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