なんてことない普通の日々
@antoniotanaka
第1話
「ねえ」
何だろうか。
「ねえったら、そこの君!」
周りを見渡すと誰もおらず、声の主は僕を呼んでいることに、やっと気づいた。
「えっと、何かありましたか?」
僕は振り向きながらそう声の主に問いかけた。いったいこんな猛暑の中で人を呼び止めるなんて、どんな要件だろうか。もしもつまらない用なら無視して、冷房のあるどこか天国に逃げなければ。このままでは溶けてしまう。僕がそう逡巡をめぐらしていると、相手の方からこう問いかけられた。
「オカルトに興味ないかい?」
これがこれからおこる出来事のきっかけだった。
高校に入りはや2か月ほどたち、新しい生活にやっと慣れてきた頃、僕は暇だった。理由は簡単で、部活に入っていないからだ。少し中学で頑張り過ぎたというところもあったが、何よりも”帰宅部”に一種の憧れを抱いていたというのもあった。なぜならば大抵のフィクションの主人公は帰宅部かそれに類する暇人であり、僕が読んできた数多くの作品群は事実そうだった。
しかしである。何も起こらない、何一つ始まる予感がしない。朝、パンをくわえた美少女とぶつかったりしなければ、毎朝起こしてくれる幼馴染もいない。おかしい。なぜだろうか。
この思いを皆に共有すると、「あほか」だの「さっさとうちの部活入れ」だとか「…」無言でにらまれるなど対応は多くあったが、その行動の意味合いはどれも似通ったものだった。つまり「あきらめろ」「そんなものは無い」そういうことだ。
そして散々な対応をされたのち、担任に呼び出され倉庫の掃除を任された。我ながら扱いが粗雑ではないか、そう思ってしまう。だいたい担任の授業の時は必ずあてられ、当番でもないのに教室の掃除、初めての席替えは教卓の前である。この問題はしかるべき機関に訴えることを決心しながら、僕は倉庫の掃除をもくもくと続けていた。
ランニングをしている野球部を遠目で見ながらコーラを飲む。これ以上にうまいコーラは風呂上りぐらいのものだろう。苦悶の表情をしている奴らに笑顔で手を振ると、笑って中指を立ててくれた。さすが体力お化けである、まだまだ余裕のようだった。それを見ていたコーチらしき人物に彼らはランニングを追加されたようだった。
その光景をしばらく楽しんだ後、僕は仕事をさっさと終わらせてしまおうと作業を再開したとき、後ろから声がした。
「ねえ」
何だろうか。何にせよ僕じゃないだろう。
「ねえったら、そこの君!」
周りを見渡すと誰もおらず、声の主は僕を呼んでいることに、やっと気づいた。
「えっと、何かありましたか?」
振り向きながら答えるとそこには女子生徒が立っていた。
「オカルトに興味ないかい?」
長い髪をなびかせながら立っている彼女に、なぜか懐かしさを覚えた。すらっとしていて、身長は僕よりも小さい、同級生だろうか。僕はこの人を知っている気がする。なにか思い出しかけたその時、彼女は口を開いた。
「おーい、大丈夫かい?」
はっとその問いかけに答えるように、惚けていた意識が呼び戻される。
「大丈夫、ごめん」
そう答えると彼女はむっとしたようにほほを膨らませ、自分の制服を指さした。
「私はせ!ん!ぱ!い!私は先輩だよ!分かったかな後輩クン!?」
我が高校は新しく校舎ができた兼ね合いで、制服も新しいものに切り替わったのだ。一年は新しいもの、そして二年からは旧式のものをそのままとしていた。しかしその時僕は暑さと、突然声をかけられたことで動転してしまい、そのことを忘れていたのだ。僕はあわてて、取り繕うようにうなづいた。
「ちゃんと言葉で返事!」
「はい!」
僕がはきはきと返事をすると先輩は得意げな表情になり、にやにやしながら何かつぶやいていた。
(初めて先輩っぽいことできたぁ!)何か言っているがよく聞こえない。
「何かありました?」
「な、なんでもないよ!全く、私を同級生と同じに扱うとは度胸があるねえ!」
そういって彼女は息をついた。彼女、いや先輩は落ち着きを取り戻し再び先ほどの質問を繰り返した。
「改めてだ、後輩クン。オカルトに興味はないかなあ?」
僕はその質問に若干の胡散臭さを覚えながら答えた。
「オカルトですか。その、差し支えなければお聞きしたいのですが、いったいこれはどういったお誘いなんでしょうか?」
オカルトに興味はあるか、と聞かれればあるかないかとで言えばもちろんある。だがどうも面倒なことに巻き込まれる予感がした。
「話せば長くなるけれど、いいかい?」
先輩はよくぞ聞いてくれたという風ににやりと口元をゆがませ、話し始めた。まずい。
「そうあれは寒い雪の夜だったわ。凍てつくような寒さの中……」
「そうして我が精鋭部隊は解散の危機に瀕しているの。ねえ、ちゃんと聞いていたかい?後輩クン」
長かった。想像していたよりもずっと長かった。はじめは太陽が頭の上にあったのにもうすでに空が赤らんでいる。その長さから、どれだけこの先輩は人にこの話をしたかったのかが伺えた。
聞き流していた部分は多いが大体の内容は
一つ、先輩はオカルト研究会の部長であること
二つ、その部活が新校舎に移転するにあたり、部室を割り当てる規定人数を満たしていなかったこと。
三つ、今日の4限終わりにこのままでは廃部になることを生徒会より宣告された
最後に、一年に雑用ばかりやらされている奴がいると聞きつけ僕を見つけた
ということだった。むしろこんな数行をあそこまで、D級映画並の尺にできるのは才能ではないか。
「つまり先輩は僕に部活に入ってほしい、そしてあわよくば一緒に、というより面倒な勧誘を任せたい、そういうことですよね?」
そう聞くと先輩さんは虹彩の中の僕が見える程に目を見開き、ギラギラさせながら答えた。
「おおお!さすが毎日先生方のパシリをしてるだけあって理解力があるね!三年までその名声は轟いているよ!後輩クン!」
「いえ決して好き好んでパシらているわけでは、というか名声でも…」
慌てて訂正しようとするが、先輩の勢いに声はかき消された。
「そうと決まれば月曜朝8時に校門前で!それじゃよろしくね、後輩クン!」
そう言い残して先輩は颯爽とかけていった。嵐のような人とはああいった人のことをいうのだろうと考えていると、担任が現れた。
「おい田中、先輩と乳繰り合うのは結構だが何かやることがあるんじゃないのか?」
担任はにやにやしながら、こちらをおちょくるように言った。周りを見回すと、倉庫内のものが散乱し中途半端に掃除された倉庫の中など、到底仕事をしたとは言えないありさまだった。
しかしここで素直に認めた場合、何を言われるかわからない。
「先生!これには母なる海よりも深ーいわけがあるんです!どうか聞いてくだ」
さい、と言い切る前に無慈悲にもこう告げられた。
「はい、言い訳したので来週いっぱい日直お前な。まあ倉庫掃除は明日もできるし、どうせ部活ないんだからよろしくな!後片付けぐらいはやってやるよ。もう下校時間だ。さっさと帰れよ。」
ああ。なんてこの世は残酷なのだろう。息をするように”明日”と言っていたが、明日は土曜だ。つまり「明日も掃除しに来い」そういうことになる。おかしい。間違いなくおかしい。やはりしかるべき機関に報告してやる、そう思いながら駐輪場へ向かった。
すると先ほどランニングを追加された野球部諸君が満面の笑みで待ち構えていた。
僕を見つけるとあれよあれよで取り囲まれた。
「おいおい、どうしたんだよこんなとこで」
すると同じクラスの奴が話しかけてきた。
「お前んとこの食堂、割引ってあったよなあ?できれば俺たちに適用してくんないかなあ?」
こいつは斎藤。坊主頭でお調子者。いつもこいつと昼は弁当を食べている。こいつがいうように家は食堂をやっている。そしてその中には「息子のお友達割り」というのがありどれだけ食べてもほぼ半額になるのだ。親バカにも程がある。しかしその割引を適応した場合には、母から永遠と僕についての質問と話を求められるのだ。そういったこともあってこれが使えるのはこいつぐらいしかいない。
「分かった、降参する。家来る奴は?」
周囲はその言葉を待ってましたとばかりに雄たけびをあげ喜んでいる。
校門まで歩くと突然斎藤が言った。
「よっしゃ、田中の食堂までレースな!一位はタダで、ビリの奴は一位におごりな!」
そういうと斎藤は誰よりも早くスタートした。
「てめえ!ずるくね!?」「またかよぉ」「これで田中が最後だったら完璧だな!」などと全員ボヤキながら颯爽とスタートしていった。
シャーと音を立てながら坂を下る。風がちょうどよく涼しく、心地いい。ふと昼間の先輩が頭に浮かんできた。いったいあの人になぜ懐かしさを覚えたのだろうか。向こうは明らかに初対面の対応であったし、これは僕の思い過ごしだろうと思った。しばらくすると信号に引っかかった。
止まってしまうと暑さが思い出したように体を襲う。汗が肌着を肌に張り付かせ、不快感を生み出す。
とっさに「「あっつ」」つぶやくと後ろの声とちょうどかぶった。振り返ると見たことのある顔があった。というか今日初めてあった人だが。こちらがあいさつするやいなや、その人物は近づいて来た。
「やあやあ!後輩クンじゃないか!まさかわざわざ私について来たのかい?」
後ろにいるのだからむしろあなたがついて来たのでは、という言葉を飲み込み先輩として敬うことにした。昼間の反応から先輩として扱われるのが好きらしいということは分かっている。このまま乗ってあげよう。
「はい!俺は先輩が好きなのでついてきました!」
これで満足してくれるだろう。しかしその瞬間、先輩は豆鉄砲を撃たれた鳩のように驚き、みるみる顔を真っ赤にして固まってしまった。
(好き!?今好きっていった!?この子が!)
何か言っているようだが聞き取れない。心配になったのでどうしたのか聞くと、
「絶対!月曜日!くること!分かった!?」
真っ赤になりながら先輩は僕の返答を待たずに走り去っていった。よくわからないが色々忙しい人なんだと思っていると、周囲がきゃいきゃい言い始めた。
「お熱いねえ!」「いつ捕まえたんだよ!?」「俺も帰宅部にすれば良かった…」「先輩の彼女なんて勝ち組では?」
だの好き勝手言っている。あの人は今日会ったばかりと口に出す前に、そうはさせまいと信号が青に切り替わる。
グッとペダルに力を入れる。
やっと我が家についたと思うと、たくさんの自転車が止められているところから、僕がビリであることを教えてくれた。ママチャリではロードバイクに勝てはしない。最初から勝敗なんてわかりきったことだった。溜息をつきながら店の中に入ると、大盛況の大盛り上がりを見せていた。この熱気の中心には斎藤がいた。話の内容は、先ほどの出来事に脚色を含んだほぼでっち上げだった。
「そうすると、シドくんはですねこうして、愛の言葉をささやいていたんですよお母さん!」
「おおおおおおお!!!」周囲がまくしたてる。
そして誰かが僕に気づき、声をあげた。
「主役のご登場だぞぉぉぉぉ!」
すると誰よりも早く母が涙ぐみながら近寄ってきた。
「あんたはいつもなよなよして心配してたけど、ついに男になったんだねぇ」
違うんだ母さん。そこの馬鹿がほぼ嘘をあなたに吹き込んだんですよ。その馬鹿に目をやると、なぜかあいつまで泣いていた。というか他の奴どころか常連さんまで目をうるうるさせている。
「シドの男になった記念にたらふく食うぞ!」
斎藤の声に続いて次々と注文が入る。
ああ、もういいや。店の手伝いをさせられる前に僕は自分の部屋に向かった。
制服も脱がずにベッドに横たわる。天井の模様を眺めながら今日の出来事を思い返していた。耳には食堂の盛り上がりが聞こえてくる。母にどう弁解をしようか頭を抱えた。斎藤をどうしてやろうかと考えてるうちに、あの先輩のことを考えていた。
そうだ、もとはといえばあの先輩のせいではないか。もしも先輩さえいなけれは店があんなバカみたいな事態にはならなかった。というかどうして先輩は僕に声をかけたんだろうか。部活に入っていない僕は学年間の知り合いはほぼいないというのに。噂になるにしたってそんなもの微々たるものではないか。などとあれやこれやと考えていると睡魔が僕を襲ってきた。それでも僕は対抗するように思考をめぐらせたが、かえってまどろみが深くなり、そのまま波に身を任せるように眠りに落ちた。。
覚えのない天井。頭の中に靄がかかったような感じだ。しばらく考え、導き出したのはこれは夢である、ということだった。しかしそれが分かったからといって何か起きるでもない。僕はこの夢の行く末を見守ることにした。ここはどこだろうか。なんだか懐かしい場所だということしかわからない。しばらくそのまま佇んでいると、部屋のドアが開き小さな女の子が入ってきた。
「おとこのこしりませんか?」
きょろきょろしながら心配そうに少女は聞いてくる。
「ごめんね、みてないや」
そう答えると少女は僕の顔を不思議そうに見つめてくる。少女の目は吸い込まれてしまうほどきれいで、ギラギラしていた。そうしているうちに少女は何かに感づいたような素振りで、こういった。
「もうどこにいるのかわかったよ!ありがとう!」
僕は走り去ろうとする少女に聞いた。
「ねえ、その子はどこにいるのかな?」
女の子はにかーっとした笑顔で、
「すぐにわかるよ!」とだけ言い残して消えてしまった。
なんてことない普通の日々 @antoniotanaka
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