即位の夜~Instant King~

稲荷 古丹

即位の夜~Instant King~

 とある王国の夜。

 玉座に座る王は眉間に皺を寄せて言った。

「マントが暑い」

 傍らに立つ付き人は申し訳なさそうな声で答えた。

「申し訳ございません、伝統ですので入浴と睡眠以外で脱ぐことは出来ません」


 それを聞いて王の眉間には益々皺が増えたが王様は更に続けた

「イスが固い」

 付き人はやはり申し訳なさそうな声で答えた。

「申し訳ございません、それも伝統ですので買い替えは出来ません。壊れても同じ物をお作り致します」


 いよいよ王は我慢できぬとばかりに矢継ぎ早に吠え立てた。

「王冠が邪魔、杖持ち続けるのキツい、髭剃りたい、頭掻きたい」

 だというのに付き人の答えはいつも同じだった。

「申し訳ありません、全て伝統ですので」



「何だよもう!何にも出来ないじゃん!頭も掻けないの!?」

 不満の籠った王の嘆きに、付き人は嘆息しつつ辺りを見回し、

「まあ、今はそれくらいでしたら」

 ようやく要望の通った王は躊躇なく相当な値が張るであろう杖で頭をゴリゴリと掻き始めた。

 その様子を付き人は微笑を浮かべたまま見つめていた。


「まったく面倒だなぁ折角、王様になったってのさあ」

「しかし今日の即位式も大変、立派にこなされていたではありませんか。初めてであそこまで威厳を保てるとは素晴らしい」

 王は付き人の世辞に答えもせず、頭を掻き続けた。


「まあ、黙って座ってただけだったけどね。いやー、でもびっくりしたなー。今、王様って職安で募集してんのな」

「改めてご応募いただありがとうございます。ちなみに転職雑誌やインターネットでも呼びかけておりました」

「へー、じゃあさ結構応募来てたんじゃないの?何せ王様になれるってんだ。しかも仕事は朝から晩まで座って時々こう言うだけ『うむ、ではそのように』。こんなおいしい仕事、飛びつかない方が嘘ってもんだ」


 しめしめと笑う王様に付き人ははっきりと答えた。

「はい、最終的な応募総数は三件でした」

「少なっ!」

 思わず王は仰け反った。


「内一名は面接前に辞退、残り一名は書類不備の為、落選とさせていただきました」

「実質、俺だけじゃん!辞退した奴は何が理由だったんだよ」

「冷静に考えたらこんな馬鹿な事に応募しなくても、もう少しマシな仕事が見つかると思い直しましたので、とのことです」


「俺ってバカなの?」

「…多少は」

「死刑!不敬罪で!」

「…遂にこの日がやってきましたか。民衆に手を振る姿、大変立派でしたよ」

 付き人は深々と礼をすると腰のサーベルに手をかけた。


「待て待て!やめろ!取り消す!取り消すから剣を仕舞え!」

「おお、新王はなんと慈悲深い。私め感動でございます」

 手のひらを返すようにコロコロと態度の変わる付き人に、王はうんざりした表情を浮かべつつ玉座に座りなおした。


「いちいち大げさな奴だな。というか気になったんだけど俺の前にも王がいたんだよな。どんな奴なんだ」

「あなたにそっくりでした。王冠もマントも杖も、椅子に座るお姿も」

「そりゃ同じ格好してりゃ似るだろうよ」

「ですがある時、もう王様なんてまっぴらだとお逃げになられてしまいまして。今はどこで何をしておられるのやら」


「理由は分からないのか」

「さあ。ただ、マントが暑く、イスが固く、王冠が邪魔で、杖持ち続けるのがキツく、髭が剃れず、頭を掻きたい時に掻けないのが辛いと仰られておりましたな」

「…お前はそこから何か学ばなかったのか」

「学びましたとも!王様の付き人は常に優秀であれと先祖代々からの教えでございますから。困った時には『伝統ですので』これですべて解決です」

「解決してないじゃないか、まったく!俺も逃げたくなってきたぞ」

「それは困ります。最低でも一年は王様になっていただく契約なんですから」


「分かってるよ。まあ、これから徐々に変えていけばいいか…今日は疲れたし、もう寝ていいか?」

『ふむ』と付き人は天井を見つめながら思案し、

「そうですね。早めに休んだ方がよろしいでしょうね。明日から忙しくなりますし」

「早速何かやるのか?」

「はい、少々戦争の方を」

「戦争!?どういうことだ!」


 慌てる王とは対照的に付き人は澱みない動きで王の前に地図を広げた。

「こちらをご覧ください」

 それは王国の地図だったが端っこの一か所だけ赤く染められている。

 付き人は神妙な面持ちでそこを指さしつつ口を開いた。


「最近、我が国の一部の土地を不当に占拠した輩がおりまして。再三の説得にも応じなかったので、やむを得ず宣戦布告致しまして明日が開戦の日なのです」

「聞いてないぞ!というかそういうのは王の許可を得てからやるものじゃないのか!?」

「申し訳ございません。王が不在の頃でしたので。しかし早めに手を打っておかないと国の治安にも関わるということで、私の独断で決めさせていただきました」

「勝手にそういうことするなよぉ。というか俺、戦争とかやったことないぞ」


 不安がる王に付き人は自信に満ちた表情で言葉を続ける。

「問題ありません。軍と連携して手筈は整えております。王は明日の最終確認の時に一言仰っていただくだけで結構です『うむ、ではそのように』と」

「本当かよ」

「それで万事解決です」


「ならいいけどさ。ところで占拠したのはどんな奴なんだ?盗賊とかか?」

「前の王でございます」

 思わず王は玉座から転げ落ちた。

「いるのかよ前の奴!お前さっき王はどこで何をとか言って、ここで占拠してるんじゃねぇか!」

「逃げてから一日くらいで戻ってきたそうです。あなたと同じく募集で来た人だったので周囲の土地勘が無く、結局ここしか住むところがないと」


「じゃあ放っておいてやれよぉ!それくらい許可するからさぁ!」

「なんと寛大なお言葉。しかし民衆を捨てた上に勝手に土地を奪った者を野放しにしては国の沽券に関わります。どうか心を鬼にして前の王に引導をお渡しください」

 王は玉座に縋りつくように戻った。頭の王冠が少しずれたが、最早構う気も起きなかった。


「何でそんなに物騒なんだよ。それに俺は許可を出すだけで何もしないじゃないか」

「そうです。それでも全て王の業績となりますのでご心配なく」

「やだよ、そんな業績。何で最初の仕事が前の王との戦争なんだよ」

「では、お取り止めするのですか?こう言ってはなんですが私、相当な時間と労力と資産をかけて準備をしたのですが」

「どこにそこまでかける要素があるんだよ。無しだ、無し。どうでもいいから、ずっとそのままにしておけ」


「…私はなんと無駄なことをしてしまったのでしょう。この上は死んでお詫びを」

 そう言って付き人は、また深々と礼をすると、また腰のサーベルに手をかけた。

「だから剣を抜くんじゃない!止めろ!止めろ!もういいから!お前の好きにしていいから!」

「おお、新王はなんと慈悲深いお方。では予定通り、明日は戦争を致しましょう!」


 キラキラと輝くような笑顔を浮かべる付き人とは対照的に、王は疲労困憊といった様子であった。

「はー、頭が痛い…もう考えるのもバカバカしくなってきた。本当に王様とかやっていけるのか」

「いけますとも!万事、私にお任せ下されれば貴方様は立派な王として歴史に名を遺すでしょう」

 胸を張る付き人に王は一抹の不安を感じずにはいられなかったが、考えたところで今の自分にやれることはない。

 それなら流れに身を任せた方が楽かと、それ以上聞くことを止めた。

「そうだといいけどな。じゃあもう寝るから後の事は色々任せるぞ」


「はい。何も心配はいりません。ただ一言あれば十分でございます」

「うむ、ではそのように」

「畏まりました。ではお休みなさいませ、王様」

 こうして王国の夜は更けていき―。


「-さてこの王だが大変な暴君であったとされ、前の王を力でねじ伏せて王位を奪い取ってからは民衆に圧制を敷き、多額の税金を徴収して贅沢三昧。気に入らないことがあれば忠臣であろうと即座に死刑を宣告したという。結果、一年も経たずに民衆に反旗を翻され、最後は『いや、何も知らないんだけど』としらばっくれたものの、敢えなく殺されてしまったそうだ。この様子は王の付き人だった者の証言を纏めた本に詳しく書かれており、如何にこの王が愚かであったかを示す決定的な資料だと言われている。そして次の王だが―」

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