08話.[確かに魅力的だ]

 七月。

 予想通り毎日暑さMAXでだれてくる感じのレベルだった。

 休みでも動く気になれなくてほとんど転んだままだった。

 まあそれはあのふたりが帰ってしまったから、というのもあるんだが。


「お兄ちゃんはやる気がないねえ」

「こうも暑いとな」

「やっぱり美少女ふたりがいてくれる生活が最高だったんでしょ」

「そうかもしれないな」


 狭い家の中で協力しあってトラブルも起こさずに上手くやれていた。

 それが逆効果になるとは思わなかった。

 女子が苦手(笑)とか言っていた俺はもういないんだとも分かった。


「でも大丈夫っ、何故なら正真正銘美少女が来てあげているんだから!」

「一時期はどうして来てなかったんだ?」

「あー……テストで結構残念な点を取っちゃってね、両親から禁止にされていたんです」

「駄目だろそれじゃ、部活に一生懸命になりたい気持ちは分かるけどさ」

「あはは……だけど許可を貰ったから大丈夫だよ、それにもう最後が近いからさ」


 大会が目の前にあるのか。

 強い場所なら勝ち進むこともできるだろうがあの中学となると微妙な感じだ。


「美里さんに会ってみたかったなあ」

「でも、佐織経由で連絡先を交換したんだろ?」

「うん、それでやり取りをさせてもらっているんだけどさ」


 すごいな、それでも上手く続けられるんだから。

 俺だったらそういうやり方で交換できても申し訳なくなって駄目になりそうだった。

 ま、まあ、風花が考えなしだなんて考えているわけではないから安心してほしい。


「それよりちょいちょい、佐織さんと美里さん、どっちが気になっているんですかっ」


 んー、どっちもいい存在だからな……。

 分かりやすい態度で来てくれているのは佐織の方だ。

 結構学校ではふたりきりで過ごすことも多かった。

 そのどれもが佐織から誘われたものだから勘違いというわけでもないだろう。


「美里さんは綺麗でおっぱいも大きいんだよね? やっぱり男の子的にはそっち?」

「んー、確かに魅力的だな」

「もう、はっきりしてよ」


 いまのところ美里からはそういう露骨な感じなのはないからふたりから迫られて~という的なことはないと思う。

 それならそれであとは積極的にアピールしてきている佐織の気持ちを受け入れるかどうかという話だからそう難しいことはないはずで。


「相手が気持ちをぶつけてきたら、だな」

「えー、まさか告白待ちする気なの?」

「当たり前だ、俺から動けるかよ」


 だって動いた結果があれなんだから。

 まあいま考えてみたらそこまで酷いものではなかった……か?

 悪口だけではなく物を隠されたり捨てられたりしていたら間違いなく違っていたが。


「お兄ちゃんは情けないね」

「そう言ってくれるな」


 あれだけ露骨に態度に出していても実際はそんな気持ちはなかった、なんてこともありえてしまうわけだ。

 もしそうなら俺はやっぱり女子が苦手ってことになるし、そうならなくて付き合い始めるなんてことがあったら苦手じゃないってことになるし。

 ……情けないのは確かだった。

 ぶらぶら中途半端で実にどうしようもない感じ。


「まあ多分七月が終わるまでに分かることだ、仮にそんな奇跡じみたことが起きたら連絡するからなかったらそういうものだと片付けてくれ」

「はーい、私はとりあえず目の前の大会に集中しなければならないしゆっくりでいいよ」

「おう、頑張れよ」


 こっちもこっちで暑さに負けないように頑張らなければならない。

 テスト勉強もほどほどにして上手く乗り越えれば初めての夏休みだ。

 地元と違ってなんかいい場所とかも知らないから引きこもり生活になりそうだった。


「お兄ちゃん……」

「ん? つか、熱くね?」


 基本的に体温が高めの風花だったとしても少し気になる熱さだった。

 なんとなく弱々しい見た目になった気がするし……ちゃんと食べているのか?


「え? あ、もしかしたら熱がこもっているのかな?」

「水分摂っておけよ、倒れたらきついぞ」

「うん、それはちゃんと飲んでいるけど……」

「あとちゃんと食べているのか?」

「当たり前だよ、寧ろ全然食べられてなかったら自分が自分に驚くよ」


 食事大好き人間なんだからそうか。

 運動に力を入れていることで少しだけ弱々しくなったように見えたと。


「私の方は大丈夫だから佐織さんと美里さんに向き合ってあげてよ」

「おう」


 どうなるのかは分からないがとにかくいまは来たら付き合うだけだ。

 佐織の中になにかがあれば変わるし、なにもなければ変わらないというシンプルさ。

 ……まあ恐らくあの調子だとなんらかの感情というものはありそうだが。


「今日は来てくれてありがとな」

「ううん、私がお兄ちゃんパワーを貰いたかっただけだから」

「よしよし」

「ふへへ、ありがとう」


 風花はいつだって元気だから助かる。

 佐織と風花はどこか似ている気がした。

 テンションが上がると声量が大きくなるところとか、露骨にがっかりとしたような顔をしたりとか、少々オーバーリアクションなところとか。

 でも、佐織は妹ではなく同級生の女子だ。


「もし俺が付き合い始めたら怖いよな」

「なんで?」

「いやだって俺がだぜ? いやまだ分からないけどさ」

「お兄ちゃんにだってそういうときがきたっていいでしょ」


 その相手にとってはいいんだか悪いんだか。

 卑下をする性格ではないが……もっと冷静になった方がいいと間違いなく言う。

 まあ、まだまだどうなるのかなんて分からないがと内で呟いたのだった。




「暑いなあ……」

「ほら、飲み物飲めよ」

「ありがとー」


 たまたま外で会って――ってそんなのありえないよなと片付ける。

 俺の家から彼女の家は何度も言っているように距離がある。

 それこそ二十分どころの話ではないからこれは不自然すぎた。


「ね、いまから海に行かない?」

「それはふたりきりでか?」

「うん、栄二君がいいのならだけど」


 まあ……別になにかしなければならないことがあるわけではないし構わない。

 とりあえずはこの買った物を冷蔵庫に入れてからになるがと言ったら「それでもいいから!」と言われたので家に向かう。


「水着とかは着ないのか?」

「実は下に着ているんだ、……見たい?」

「いや、それなら後でいいだろ、ここで脱いだらやべーやつになるぞ」

「家で見せてもいいんだよ? もう見慣れているよね?」


 おいおい、意味深な言い方はやめてくれよ……。

 泊まっていた一ヶ月間だってそういうトラブルはなにもなかったんだぞ。


「よし、行くか」

「そうだねっ」


 多分着替えとかタオルとかも持ってきていると信じて海へ。

 つか行けるのか? と考えながら歩いていたらそうかからない内に海辺が見えてきた。


「こんなに近くにあったんだな」

「うん、知らなかった?」

「ああ、学校の近くまでしかほとんど知らないからな」


 で、彼女は一切躊躇なく脱ぎ去って水着姿になっていた。

 ……なんでこんなに魅力的に感じてしまうのかね。


「どう?」

「似合ってる」

「へへへ、ありがとう」


 ここに美里がいなくて本当によかった。

 ふたりがいたらずっと目を逸らして過ごすなんて不可能だっただろうからな。


「荷物は見ておくから遊びに行ってこい」

「いいよ、栄二君も行こ?」

「そうか……? まあ、いいか」


 まだ全く人がいる感じはしないからピンポイントで取ってくる人間はいないはず。

 まあこっちは着替えとかタオルとかがないから水に触れるのは不可能だが。


「美里みたいに胸があればなあ……」

「別にいいだろ、普通に似合ってるぞ?」

「でもさ、もうちょっとあれば栄二君をドキドキさせられたよね?」

「いや……いまでも十分だぞ」

「そうなの……?」


 根掘り葉掘り聞こうとしないでくれ……。

 美里は直接的にからかってくるが佐織の場合は天然口撃を仕掛けてくることがある。


「あのなあ、スク水でもだいぶあれなのにいまは肌色面積もかなり多いんだぞ?」

「……男の子的にはやっぱり見られて嬉しいの?」

「……全員が全員じゃないだろうが……やっぱり気になるだろ」


 寧ろそんな格好でよくいられると思うよ。

 腹とかがちゃんとへこんでないと絶対にできない格好だからな。

 佐織は胸はともかくちゃんと細いし、だからこそ……なあ?


「自信を持っていい、それに胸ばかりに意識を向ける人間ばかりじゃないって」

「そっか、じゃあ……あんまり考えないようにするね」

「ああ」


 ただ、これが過去のそれからきていると考えると中々に複雑だった。

 いまは俺が相手だが、過去はそうじゃなかったわけで。

 いやまあ独占欲みたいなのを働かせているのが最高に気持ち悪いが、同じようにアピールしていたと考えるとな……。

 

「佐織――」

「ごめん、もう帰るね」

「え?」


 いまの流れからなんでそうなるのかが分からない。

 あ、別に帰りたいなら帰ればいいが……。


「実はあのときの男の子とまた会っていたんだけどさ」

「また戻ろうって?」

「うん、あのときは苛められたくないから別れたんだけどさ」

「そうか、で、じゃあなんでここまで来たんだ?」

「ちょっと試していたって感じかな」


 おいおい、俺を試してどうするんだ。

 つか、結局これまでのそれは全部そういうことだったのか。

 こうなってくると中学時代が上手くいっていなかったのかどうか、それすらも怪しくなってくるわけだが……。


「まあ、気をつけろよ」

「うん、これまでありがとう」


 怖いな、最後は真顔だった。

 風花にこのことを送って家に向かってゆっくり歩き始めた。


「栄二」

「あれ、今日はどうしたんだ?」

「少しいい?」


 別に構わないぞと言ったら暑いから家の中に入りたいと言ってきたため、鍵を開けて中に入ってもらうことにした。

 このパターンは実は美里もそうでした、っていうのが一番可能性が高いな。


「ごめんなさい、私は佐織から本当のところを聞いていたのよ」

「いつから?」

「……あなたに話しかけたときからね」


 おぅ、まあ……そりゃそうか。

 もし俺が過去のその男子よりなにかがよかったら変わっていたのかねえ?


「……後出しでずるいけれどそのために近づいたのもあるの」

「あ、そうなのか、それは悪かったな」


 結局、最初のあれが正しかったのか?

 学ばない人間だったということになってしまう。


「あ、喉乾いてないか?」

「え、あ……少し」

「それならジュースがあるから待ってろ、風花が最近はよく来るからストックしてあるんだよ」


 俺も喉が乾いていたし丁度いい。

 しっかり美里の分を美里に渡してから一気に飲み干した。


「最近、暑いよな」

「そうね」

「美里は汗とかあんまりかかないタイプなのか? 真夏でも涼しそうな顔をしているけど」

「そうね、あまりかかない方かしら」

「そうか、まあでも一長一短だよな、熱の放出ができていないということだし……」


 それでも俺みたいに馬鹿みたいに汗をかいて汗臭くなるよりは百倍いいのかね。

 いつでもいい匂いがするしもう男女で差がありすぎていて困る。


「あ、風花が会いたがっていたんだ、今度会ってやってくれ」

「ええ」


 さてこの絶妙に微妙な時間をどうしようか。

 分かっているのは本気になってなくてよかったということだ。

 なんだかんだであのときのあれがいい方に働いてくれたことに……なるのか?


「……あなたは中学生のときも同じようなことがあったのでしょう?」

「あれ、風花から聞いたのか?」

「ええ」

「まあな、でも、今回は佐織が悪いわけじゃないからな」


 好きになっていたわけじゃないから問題もない。

 現にいまもあまりにも唐突だったからマジかとなっているだけでそれだけだ。

 今回のこれは実害があるわけでもないしな。


「ねえ」

「ん?」

「……私でよければ相手をするけれど」

「お、そりゃありがたいな」

「あ、いや、友達としてもそうだけど、その……」


 お、おいおい、こっちはこっちで訳の分からないことを言い出すな。


「自分を犠牲にするなよ、美里が悪いわけじゃないだろ?」

「約一ヶ月あなたの家で一緒に過ごして相性は悪くないって思ったの」

「トラブルというトラブルは起きなかったな」


 少しだけ困ったのは風呂の順番とかと、美里が俺の嫌いな食べ物を栄養を摂取しなければならないということで多く食べさせてきたことだ。

 ……買い物に行った際には食材選び全てを美里に任せていたから自業自得と言えば自業自得なのかもしれないが。


「ええ、普通ならそれがありえないじゃない? 出会ってすぐの人間の家に、しかも異性の男の子の家に泊まっていたのにそれなのよ?」

「それは我慢してくれていただけなんじゃないのか?」

「いえ、我慢したことなんてなかったわ――あ」

「ほら、やっぱり我慢してくれていたんだろ?」

「いえ、お菓子を買うことはあなたの家のお金だったから我慢したわね、それと同時に食べる量も極端に減らしていたわ」


 なんだそりゃ、可愛いかよ。

 確かに風花が来ることも考えて菓子をそれなりに買っていたが彼女はあまり食べていなかったと思い出す。


「ね、いいでしょう?」

「いやいや、仮にそういう展開になったとしても頼むのは俺だろ? 美里がそうやって言うのはおかしいんじゃないのか?」

「細かいことはどうでもいいわ、要はあなたが受け入れられるかどうかということよ」


 過去のも今回のも本格的な関係になってからではなかった。

 別に俺としては受け入れることができる。

 揶揄してくること以外は普通にいい存在だしな。

 でも、彼女からしたらなんにもメリットがないわけで。


「気持ちはありがたいがそれじゃあ美里が可哀相だ、美里の中で恋に興味があるんだとしても他の男子と仲良くして付き合った方がいい」


 何度も言うがあのときと違って悪口を言われるわけではないからこのままでいい。

 あと、そういう理由から付き合い始めても長続きしないと思うんだ。

 もう帰ってもらおうと美里と呼ぼうとしたら押し倒されて見上げる羽目になった。


「私がいいって言っているの、あなたははいかいいえで答えればいいのよ」

「……なにをそんなに必死になってるんだよ、メリットがないんだぞ?」

「それはあなたが私好みの可愛い子だからよ」


 可愛い、可愛いねえ……可愛げがないから試されるんじゃ……? という感じ。

 とりあえずどいてくれと頼んだら大人しくどいてくれた。


「それならまずは一ヶ月からでいいわ、それなら気楽でいいでしょう?」

「そりゃ俺的にはありがたいことだけどさ」

「私は別にそんなお試しの期間がなくて構わないけれどね」


 これはまた……かなりの変人がいたもんだ。

 綺麗でスタイルもよくて能力も高くて、でも、変人という感じ。

 まあ、それでよかったのかもしれない。

 全てが完璧すぎたら他者は、俺は駄目になってしまうから。


「……あと、佐織とはもう仲良くしないでちょうだい」

「え、そういうことも言うんだな」

「私もほぼ同じような存在だけれど酷いじゃない」


 優しさの塊なのかもしれなかった。

 ただ、やっぱり佐織が悪かったとは思えない。

 自分の本当の好きな人間といたいと考えるのは普通のことだから。


「当たり前の選択をしただけだからそう言わないでやってほしい」

「……中学生のときのあなたもそんな風に甘いから自由に言われていたんじゃないの?」

「仮にそうだとしてもだな、頼む」


 この三ヶ月が別に偽物ってわけじゃないだろ。

 俺らは確かに一緒にいた、でも、恋することはなかった、ただそれだけの話だ。


「……分かったわ、けれど、先程言ったことは冗談ではないのよ?」

「ああ、一ヶ月で見極めてくれ」

「違うわよ、あなたが私とそういう風にいられるのか見極めるのよ」

「ははは、そうか」

「ふふ、ええ、そうよ」


 なんか面白くて笑ってしまった。

 こんな不思議な展開もあるんだなと内で呟いてしまったぐらいだった。

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