07話.[なんだか悔しい]

「ん……」

「あ、起きたか、おはよう」

「おはよう……」


 体を起こして目を擦ったら少しだけ現状が理解できた。

 すぐに分かったのは今日も雨が降っているということと、平野君が朝ご飯を作ってくれているということだった。


「早起きだね」

「ああ、いつもこれぐらいに起きるんだ」


 ……上で寝るって決めたはずなのに下で寝てしまっていたようだ。

 昨日の私はハイテンションになりすぎてコントロールできていなかった。

 佐藤さんは見えないから上で寝ているんだと思う。


「昨日使ったから知っていると思うが風呂場に洗面台があるからな」

「うん、ちょっと洗ってくる」


 臭いとか言われたくないから顔を洗うだけでなく歯もしっかりと磨いた。

 そうしたらかなりすっきりしたからお手伝いをするために戻る。


「手伝うよ」

「いやいい、ゆっくりしておけ」


 言われると思った。

 受け入れてくれないのも彼の悪い部分だと思う。

 寧ろ泊まらせてくれているんだから私に押し付けてもいいぐらいなのに……。


「というか、上手だね」

「一応、この県に行くことを決めてから練習していたからな」


 私も一応幼い頃からなるべくお手伝いできるようにと動いていたからそれがいい方に働いている……のかな?


「あ、ねえ、栄二えいじ君って呼んでいい?」

「なんで?」

「なんでって……」


 これを許可してくれるぐらいなんだから仲良くなれているんだろうし……。

 あれ、だけど昨日の私達が無理やりこのことを決めただけだったような……。


「できた」

「あ、お疲れさま」

「おう」


 珍しくというか意外にも佐藤さんが起きてこなかった。

 さすがに先に食べるという選択肢は選べないから上がらせてもらうと、


「綺麗……」


 そう呟きたくなるぐらいなんか素晴らしかった。

 それでもずっと見とれているわけにはいかないから起こさせてもらう。


「……おはよう」

「お、おはよ」


 もし彼女が本気で平野君に迫ったらどちらかと言えば女の子が苦手らしい平野君でも一発で揺れてしまいそうだった。

 ……見た目で負けるというのはなんだか悔しい。

 が、残念ながら中身、スペックなどでも負けているのが現状で。


「天野さんは下で寝たのね」

「う、うん」

「栄二はどこで寝たの?」

「え……あ、起きたときにはもう朝ごはんを作っていたから」


 な、なんで名前呼びなんだぁ!?

 はしゃぎすぎて寝てしまってからなにかがあったと言っているようなものだ。


「まあいいわ、下りましょう」

「う、うん」


 彼女は「顔を洗ってくるわね」と言って洗面所兼トイレ兼お風呂場へと行った。

 私は小さい机に色々運んだりしている平野君をじっと見ていたんだけど、すぐにはっとしてちょっとお手伝いをさせてもらった。


「栄二、タオルはこのかごに入れておけばいいの?」

「ああ、それでいいぞ」

「分かったわ」


 もしかして私って邪魔……なのかな?

 彼からしたらそもそもって話か。


「……やっぱり今日の放課後から家に帰るよ、なんかお邪魔みたいだし」

「は? いや別に天野自身がそうしたいなら自由に帰ってくれればいいけどさ」

「だって……佐藤さんだけがいればいいんでしょ?」

「変な勘違いをするな」


 勘違いって言われても事実そうじゃないか。

 学校まで近い方がいいけどだからといって誰かに迷惑をかけたいわけじゃない。


「そうよ、それにこれは天野さんのためにしていることなのよ?」

「……迷いなく付いてきたのはそういうことじゃないの?」

「全く違うわ」

「そうなんだ」


 多分、こういうところが嫌われたんだっていまさらながらに気づいた。

 すぐに独占欲を働かせるというか、物理的にも精神的にも重いというか。

 彼は笑って「ほら、食べようぜ?」と言ってきてくれている。

 今日も普通に学校だからうなずいて食べさせてもらうことにした。


「佐藤、下着とかはちゃんと見えないところに置いてくれよ」

「結局洗うことになるのだから無理でしょう?」

「もし俺が悪用したらどうするんだ?」

「そうしたら洗って返してもらうわ」


 名字で呼んでいるのを聞いて少しだけ安心してしまった。

 自分だけ仲間はずれにされているわけじゃないことが分かってよかった。

 ただ、いまの話を聞いてそういえばそうだったとちょっと不安になった。


「あなたには妹さんがいるのでしょう? それなら下着耐性ぐらいあるでしょう」

「……家族のそれと同級生のそれは全く違うだろ」

「ふふ、結構可愛い感じなのね」


 失礼な想像だけど風花ちゃんなら一切気にせずに下着姿で歩いていそう。

 でも、気をつけておかないと彼に迷惑をかけてしまうことにもなるか。

 私のそんな姿や下着を見たところでメリットになるわけがないだろうし……。


「まあ……積極的に見られたいわけではないけれど」

「当たり前だ、積極的に見せてきたら痴女判定するぞ」

「痴女、痴女ねえ、体的には合格しているかしら?」

「……いいから食べろ、食べたら学校に行くぞ」

「ふふ、可愛いわね」


 黙っていれば迷惑をかけないからなるべくそうしていようと決めた。

 残念ながらお喋り大好き人間だからいつまで守れるかは分からなかったけど。




「はぁ」


 佐藤は本当に困る人間だ。

 佐藤と接してから天野と接すると天使だとすら思えてくる。

 揶揄してこないのが一番大きい。


「天野、寧ろ天野がいてくれないと困るんだ、だからこれからも頼むぞ」

「えっ? あ、う、うんっ」


 まあ、天野が家に戻れば自然とあの状態もなくなるんだけどな。

 自転車登下校云々を言ったのは俺なんだからこれはもう仕方がないと片付けよう。


「今日起こしに行ったときの話なんだけどさ、なんかすっごく綺麗に見えたんだ」

「まあ、見た目だけは滅茶苦茶いいからな」

「……やっぱり綺麗でお胸もいっぱいある子の方がいいの?」

「え? んー、どうだろうな」


 結局のところその人間を好きにならなければ意味のない話だ。

 だって彼氏彼女の関係にならなければ触れることだって叶わないわけだし。


「表面がよくても中身が駄目ならその瞬間に対象としては選ばれにくくなるだろ、俺は別に面食いってわけじゃないからな」


 それに表面だけいい人間と関わったことでああなったわけだからな。

 昔ならともかく、いまはそれだけで決めたりなんかしない。


「揶揄してくるのはあるが別に佐藤の中身が駄目だと言うつもりはないがな」

「優しいよね」

「ああ、それは分かってる」


 嫌な感じがあるわけではないからまだ許せるんだ。

 それに天野とふたりきりにならなくて済んでよかったとも言えるし。


「佐藤は天野のことを考えてああしているわけだからな、普通に優しいだろ」

「私から話しかけたのがきっかけだったんだ、だからあのとき勇気を出して話しかけてよかったと思ってるよ」

「確かに自分から行くような感じはしないからな」


 天野と過ごし始めたのも最近からだから話しかけていなかったら恐らくこうなってはいなかったと思う。

 怖いのはそうやって関わらないままで終わる可能性もあるということだ。

 俺と天野なんて特にそう。

 もし最初のあのときに話しかけてきてくれていなかったらつまらない高校生活になっていたかもしれない。


「だから天野はナイスだな」

「……平野君も仲良くできるから?」

「ま、それは否定しない、複数人と仲良くできた方がいいに決まっているからな。だけどあれだよ、本当のところは天野にとって相談できる相手がいるってことがいいことだろ?」

「あ、確かに他の子に言えないことも佐藤さんには言えるかも」

「だろ? 見てれば分かるよ、ふたりが仲がいいってことぐらいな」


 粗も見つかるかもしれないが同棲しているようなものだしこの機会にもっと仲を深めれば間違いなく今後いい方に傾く。

 

「俺も天野も中学のときみたいな感じにはしたくない、そうだろ?」

「うん、そうだね」

「ああ、だから色々変えていこう」


 俺にとっていいのかどうかは分からないがな。

 とにかく俺の精神力が試される、というところだろうか。

 ふたりとも普通に魅力があるからな。

 見た目はよくても中身がとてつもなく残念だとかそういうことが残念ながらない。

 異性として見てしまうことだってあるかもしれない。

 所詮、苦手だなんだと言っておいてこの頻度で一緒にいるんだから本当のところは求めてしまっているんだと思う。

 それが恥ずかしいと思うこともあるし、男なんだからそれは普通だと片付けようとする自分もいるしで忙しい。


「あ、帰りはスーパーに寄ってくるわ、食材を結構買い溜めておかないといけないし」

「私も行くよ、ちょっと持つぐらいだったらできるよ」

「そうか、じゃあ行くか」


 だけどいまはとりあえず残りの授業に集中だ。

 それを適当にしてしまったら楽しい高校生活ではなくなってしまう。

 で、終わったらすぐに行こうとしたんだが……。


「雨が強いな」


 この中で結構の量を持って帰るというのは中々大変だ。


「天野、やっぱり先に帰っててくれ」

「え、一緒に行くよ」

「いや、雨が強いから先に帰ってくれ」

「……うん」


 鍵を渡して学校をあとにした。

 後回しにしたって酷くなるだけだからささっと買って帰ってきた方がいい。

 あと、今度鍵の複製を作っておかないと面倒くさいことになる。

 帰宅時間というのがみんな一緒だということではないから。


「酷いわね、私にも声をかけなさいよ」

「佐藤も帰っていいぞ」

「濡れようが構わないわ、私は水も滴るいい女だもの」

「はは、自分で言うなよ」

「ふふ、いいから行きましょう」


 それならこのことを天野に連絡しておくか。

 また優先している、佐藤といるために断ったとか言われても困るし。


「今日は佐藤が作ってくれるんだろ? 今日なにを作るのかは佐藤に任せるぜ」

「分かったわ」


 俺は俺で翌日や翌々日の分を考えてかごに入れていく。

 天野にも当然任せるつもりだから選ぶのが結構難しい。

 俺はまだ天野の実力を知らないからだ。


「佐藤、悪いんだけど選ぶの頼むわ」

「ん? あ、別にいいけれど」

「俺だけだったら自由でいいんだけど違うからさ」


 荷物持ちをすることだけに専念することに。

 そのおかげかどうかは知らないがそう時間がかからない内に会計を済ませて退店することができた。


「大丈夫?」

「ああ、これぐらいなんてことはないよ」

「帰ったらすぐに作るわね、天野さんだってお腹を空かせているだろうし」


 俺も腹が減っているからそうしてくれた方が助かる。

 んで、ご飯を食べたらふたりにどんどん入浴してもらえばいいだろう。

 そして今日こそは上で寝かせて俺は堂々と中央で寝るんだ。

 昨日なんか玄関の扉前で寝ることになって狭かった……。


「名前で呼んだらどうだ?」

「あ、そうね、佐織って呼ばせてもらおうかしら」

「ああ、普通に一ヶ月以上一緒にいるんだからいいだろ」


 俺の方は少々慎重に動かなければならない。


「ただいま」

「おかえり!」


 ここが変わった点か。

 これまでだったらただいまと言わないときすらあったぐらいなんだから。


「天野、明日は頼むぞ」

「任せてっ、私は幼い頃からずっとやってきたからねっ」

「おう、頼むわ」


 朝食は俺が作ることにしている。

 理由は早起きが得意だからなのと、朝にせかせかしたくないからだ。

 洗濯は問題が起きやすいから女子ふたりに頑張ってもらう、というところか。

 ……つか、室内に干すしかないから地味に目のやり場に困るんだよなあ……。


「佐織、課題はやったの」

「あ゛」


 そういえばそんなのもあったか。

 スーパーに行ってなにを買うかということを考えていたから忘れていた。


「ふふ、後で一緒にやりましょうか」

「うん……佐藤さんがいてくれると助かるよ」

美里みさとでいいわ」

「うん、後で一緒にやろうね」


 詰まるから天野には先に入ってもらうことにした。

 溜めておいてくれと言っていたのがいい方に働いた形になる。


「わざわざエプロンとかつけるんだな」

「ええ、ずっとこうしてやってきたから」

「へえ、女子力がある感じがするな」

「どうかしらね、全て自分にできるレベルでしかできていないから」


 そんなの俺だってそうだ。

 家事だって去年の夏から練習していただけだし。

 それまでは手伝いとか全くしてこなかったからいまは少しだけ反省している。

 自分レベルでやっていたとしてもそこそこ大変だと分かったから。


「なあ、本当に両親が許可したのか?」

「え? ええ、ちゃんと許可は貰ったわ」

「なんで許可したんだろうな」

「なんでかしらね、でも、私がこんなことを言うのは珍しいことだからそういう点も考えてくれたのかもしれないわね」


 あ、確かにわがままとかを一切言ってなさそうだ。

 甘えるのではなく他者が甘えてくるような人間っぽい。


「天野には甘えておけよ」

「なんで急にそんな話?」

「いや、なんか誰かのためには動けるけど自分のためにはしてもらわなさそうな人間のように感じるからさ」

「なるほどね、大丈夫よ」


 余計なお世話だったか。

 そういうところも上手くやるのが佐藤っぽいし黙っておこう。


「そうか、じゃあまあ……調理頼むわ」

「ええ、待っていなさい」 


 できたら三人で食べて佐藤には風呂に行ってもらった。

 洗い物はなにもしていない俺がやればそれでいい。


「平野君」

「……な、なんだ?」


 ……なんか薄着なんだよな。

 自分の家ならそれでもいいんだろうが……。


「美里の作るご飯ってすっごく美味しいねっ」

「ああ、そうだな」

「だから……ちょっと不安になってきちゃったよ」

「別にいいんだよ、そんなこと言ったら俺なんて未経験レベルだからな」


 それで勝負しているわけじゃないんだ。

 一緒のところにいるのならということで協力プレイをしようとしているだけ。

 だから食材を無駄にしてくれなければそれでいい。


「気楽にやってくれ、七月までゆっくりな」

「あ、そういえば七月になったらやっぱり……」

「ま、帰るのがベストだろうな、長引くと流石に各両親も訝しむだろ」


 遊びに来てくれればいつでも相手をする。

 泊まらせているのに遊びに来るのはNGなんて馬鹿らしいし。


「ふぅ、栄二、入りなさい」

「おー……いおい、もうちょいちゃんと拭けよ」


 風邪を引いてしまったら馬鹿らしいぞ。

 意外な点はちゃんと着てくれていることだ。

 この点は天野よりしっかりしているから本当に助かる。


「ドライヤーがないとは思わなかったのよ」

「あ、悪い、使わなくてな」

「いえ、あなたが悪いわけではないわ」


 とりあえずちゃちゃっと入ってしまうことに。

 ……つかるのは気恥ずかしいから洗うだけ洗ってから服を着て戻った。

 そうしたら課題をやっているみたいだったからこちらも片付けてしまう。


「栄二って意外とできるわよね」

「ああ、勉強ぐらいしかやることがなかったからな」

「なるほどね、佐織もそうなの?」

「うん、保健室でずっとやっていたからね」

「いいことね」


 部活強制制度には反対としか言いようがない。

 やりたくない人間に強制したところで怪我とかが増えるだけだ。

 とにかく休日は誰も遊ぶ相手がいないということで寝るか勉強かの二択だった。

 意外にも嫌いではないということに気づけたから悪い時間ではなかったな。

 もしそれでぼろぼろだったら無謀にいまの高校に志望とかしていない。


「でも、あっちの方は未経験そうね」

「あっち?」

「ふふ」


 ああ、なるほどね。

 確かにそうだとしか言いようがない。

 仲良くできていたと思っていた相手が実はそうではなかったという風になって、そこからは異性と仲良く、どころではなかったから。

 異性と手を繋いだことすらない人間としてはなにも言えなかった。


「佐織はどうなの? 小学生の頃に付き合っていたとかそういうことはないの?」

「あ……」

「あら、あるの?」

「……実は一回、短期間だったけどあるんだ」


 へえ、そりゃまあそうだろう。

 明るくてちゃんと線引きもできている人間なら誰かが絶対に好む。

 小学生からってのが俺からしたらありえないレベルの話だが。


「でも、そのことで中学生のときに同性から……いっぱい自由に言われちゃって、教室に行けなくなっちゃったんだよね」

「もしかしてその男の子が?」

「あ、その男の子のことを好きな子がいてね……」

「なるほどね、選ばれなかったからって八つ当たりをしたのね、下らないわ」


 そういう理由だったのか。

 彼女にも原因があるんじゃないかって考えてしまったのは失敗だな。

 だから内で謝罪をしておいた。

 疑ってしまったが口にしたわけではないからこれでいいだろうと片付けたのだった。

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