06話.[気に入っている]

「へえ、ここがあなたのお家なのね」

「ああ、普通だろ?」

「ふふ、普通でいいじゃない」


 ここは普通に気に入っている。

 意外と静かだから睡眠時に妨害されたりすることもないし。

 ただ、駅から少し遠いから風花は結構苦労しているんじゃないかなという感じ。


「でも、あなたはずるいわね、天野さんのお家はあんなに遠いのに」

「えぇ」

「交換してあげなさいよ」


 なんだこの理不尽な要求。

 俺の方は結構早めから探したからこその結果だ。

 別に天野と両親がしていないなんて言うつもりはないが……。


「つか、天野の家を知っているんだな」

「ええ、友達になったその日に付いていったから」

「行動力の塊だな、それだと後悔したんじゃないか?」

「そうね、帰りはひとり寂しくとぼとぼと歩く羽目になったわ」


 だからこっちで遊んだりすると送り迎えをしなければならなくなるから勘弁してほしい。

 最近は天野が勝手に来てくれるから送ることだけで済むからいいが。

 って、


「俺さ、最初は天野に来ないでほしいと思っていたんだよ。ただ、それがなんでかこうなっていてなあ」


 いつの間にかそれが当たり前になってしまっていて怖い。

 こういう点も女子の怖いところだと言える。

 そのくせ、こっちが興味を抱いたりしたら離れて行ってしまうんだろうし……。


「いいことじゃない、女の子の方から来てくれているのよ?」

「でも、理由が分からないからな」

「あなたに興味があるのよ、まさかそれも分からないなんて思わなかったわ」


 だからなんで興味を抱くのか、という話だろ。

 そりゃ来てくれているんだからなにかがあるのは俺でも分かる。

 

「じゃ、こうして来てくれている佐藤も興味を抱いてくれていると?」

「あら、興味を抱いてほしいの?」

「……とにかく、女子ってのは無自覚に相手を惑わすんだから気をつけてほしいんだ」


 救いな点はよく友達と遊びに行ってくれることだ。

 毎日ずっと一緒にいるというわけではないから勘違いしなくて済んでいる。

 もういっそのこと誰か気になる異性でも見つけてくれればいいな。


「そういえば二十分ぐらいかかるんだろ? こっちに来て大丈夫だったのか?」

「あなたのお家は学校からすぐ近くじゃない、だからあまり変わらないから大丈夫よ」

「そうか、まあそれならいいんだけどさ」


 こんなことを口にしたところで送るつもりなんてないから無意味な発言だった。

 そもそもの話、俺が家に来いだなんて言ったわけではないから問題もない。

 逆に佐藤がどこなの口撃を仕掛けてきたから仕方がなく連れてきただけで。

 その結果があの理不尽な要求という、正直連れてこなければよかったと後悔しているがもう遅いだろう。


「私の家も教えてあげるわ、付いてきなさい」

「それってこっちに来ることになった仕返し、じゃないか?」

「そんな意地悪な性格じゃないわよ、いいから来なさい」


 彼女は歩き始めつつ「家に着いたらジュースをあげるから」と。

 いまので余計に行く気がなくなったが仕方がなく付いていくことにした。

 これでジュースに釣られるようなださい男という風に見られたら最悪だ。


「あなたってやっぱり意地悪ね」

「そもそも教えてどうするんだよ?」

「あなたがひとりで寂しくなったときに家を知っていれば来ることができるでしょう?」

「ひとりで寂しくなるときってのがないんだけど……」

「そんなの分からないじゃない、仲良くしていったら自然と求めるかもしれないわ」


 佐藤の方はチェックをするためだと分かっているからそこまで不安にはならない。

 ある程度こうして一緒にいることで俺という人間がどういう人間なのかを理解し、その情報をなんらかの手段で天野に流しているんだと思う。

 そうでもなければ話しかけてこないし、その後のこういう行動もありえない。


「ここね」

「え、あれ、もう着いたのか?」

「ずっと黙ったままだったから心配になったぐらいよ」


 きちんと佐藤という表札がある。

 彼女は中に入っていって、それからすぐに出てきた。


「はい、お疲れ様」

「さんきゅ」


 冷たくて普通に美味しかった。

 まあ、普通にあのまま家に入っていれば飲めたわけだが細かいことは言うまい。


「あなたって……」

「おいおい、なんで触れてるんだ」

「意外と筋肉があるのね」

「そうか? 受験生になったときから全く運動なんてしていないからそれはないぞ」


 最低限のものなら誰にだってある。

 もしこれがあるのなら鍛えている人間ならやばいということになってしまう。

 風花からはよくなよなよしていると言われていたぐらいだからまとっている雰囲気もいいものだと考えてはいない。


「そう言う佐藤は……」

「私はどうなの?」

「い、いや……」


 女子の体について触れることは社会死に直結しやすいから抑えた。

 物理的に触れていなくても最悪の場合は死ねるんだから女子って怖い。

 女子が言動や行動でセクハラをしても許される可能性は高いが、男子の場合はそうもいかないから少しだけずるい感じがする。


「ふふ、言ってみなさいよ」

「……ノーコメントで」

「はぁ、あなたって一切気にせずに言えそうなのに弱いのね」


 だからどこの世界線の俺だよ。

 これ以上一緒にいてもあれだからと帰ろうとしたら腕を掴まれて無理だった。


「上がっていきなさい」

「いや、意味ないだろ?」

「ひとり暮らしの女の子の家に上がるよりは問題もないでしょう?」

「……分かった、じゃあ少しな」

「ええ、それでいいから」


 中に入らせてもらったら俺の実家と構造がよく似ていた。

 正面には階段が見えていたり、両側面にリビングや部屋があったりとな。


「実は俺に興味があるんだろ」

「もしそうだと言ったらどうするの?」


 もしそうだと言われたらそりゃ驚く。

 基本的にマイナス思考をしない自分でもどこがいいのかが分からないからだ。

 天野が言っていたようなちゃんと話を聞く、なんてことは他者でもそうする。


「悪い、変なこと言った」

「別に変なことではないのではないかしら、男女が一緒にいるならそういう可能性もゼロではないでしょう?」

「佐藤に限ってそれはない、天野にとって害になるのかどうかを見極めてるだけだろ」


 それこそ一目惚れをした、とかなら変わってくるがな。

 残念ながら容姿も普通レベルだと思うからそんなこともありえない。

 普通専の女子もいる可能性はあるが佐藤に限ってそれはないだろう。


「害になるのかどうかを調べるために一緒にいるわけではないわ、天野さんと一緒にいるから気になったというのはあるけれど」

「それにしたって天野が優しいからってだけだな、どうせそろそろ興味をなくすよ」

「そうかしらねえ……」


 もしそうならなくてもそのときは上手く対応するだけだ。

 ……俺みたいなメンタルが弱い人間ができるかどうかは知らないが。


「そろそろ帰るわ」

「分かったわ、今日は付き合ってくれてありがとう」

「いや、礼なんかいいよ、飲み物ありがとな」

「ふふ、あなたも言っているじゃない」

「俺は貰っているからな、じゃあな」


 難点は俺が話せる人間の家がどちらも絶妙に遠いということか。

 なるべく学校で話すようにしたいとそう思ったのだった。




「六月か」


 廊下で過ごしているがなんか蒸し暑い。

 七月になったらこれが究極的に暑いの方に偏るわけで……。


「だーれだ」

「天野だな」

「正解」


 身長差だってそれなりにあるのにいま地味にすごいことをした。

 あと近づきすぎだ、下手をしたら背中に柔らかい感触が~なんてこともあったシチュエーションだぞいまのは。


「最近、風花ちゃんから連絡がないんだ」

「俺の方にもだぞ、なんなら家にも来なくなったからな」


 でも、間違いなく風花にとってはその方がいいから心配もしていない。

 ただ、天野からしたら寂しいかもしれないからたまには行ってやってほしかった。

 それが無理でも一日に数件はメッセージのやり取りをするとかな。

 最後の大会前で練習がより一層厳しくなって疲れてすぐに寝てしまっている可能性があるから、とりあえずいまはそっとしておくのが一番なのかもしれないが。


「最近は平野君も佐藤さんといるばかりで相手をしてくれないしなあ」

「天野が遊びに行っちゃうからだろ?」

「だって……あんまりしつこく行ったら嫌でしょ?」


 んー、だけど天野が害のある人間というわけじゃないしな。

 悪口を言ってくるわけではないし、あの頃の人間達は違うんだ。

 

「前にも言ったように来たいなら来ればいい、来たくないなら他を優先すればいい」

「いいの……?」

「ああ、別に天野といるのは嫌いじゃないからな」


 天野が来るのはいまに始まったことじゃない。

 それに本来の形に戻せるのであれば俺としてはいいことだとしか言いようがない。


「前にも言ったかもしれないけど中学のときに異性関連のことで嫌なことがあったんだよな、それでまあ少し冷たい感じだったときもあったかもしれない。でも、いつまでもこのままじゃ間違いなく面倒くさいことになるから天野といることでまた元に戻れればって考えているところもあるんだよな。だから天野を利用しているようなものだし、嫌なら離れてくれ」


 風花、妹相手にすら引っかかることがあるって結構重症だと思う。

 でも、そんな悪い状態を天野や佐藤といることで変えていけるなら俺にとって間違いなくいいことだとしか言いようがない――って、同じことを考えすぎか。


「いいよ、私でいいならいくらでも利用してくれれば」

「なんでだ?」

「なんでかな、でも、仲良くしたいから」


 俺にもなにかいいところがあると考えておこう。

 そこを何度も聞いたところで天野が来てくれているという前提が崩れるだけだ。

 なんでも悪い方に考えるのではなくていまから少しずついい方に変えていくんだ。


「あ、だけどあれだぞ? あくまで他の友達を優先してくれればいいからな」


 特に佐藤なんかは仲良くしたがっているからその方がいい。

 心配しなくても休み時間になれば俺は廊下、放課後になれば教室にいるから来てくれれば一発で会えるわけだからな。

 だから主に優先するのはそちらでいいんだ。


「うん、それは大丈夫だよ」

「おう、じゃあそういうことで」


 窓の外を見たら普通に綺麗な青空が見えた。

 これから雨が降ることを考えたらまだその方がいいのかもしれないと内で呟いた。




「雨だね」


 外は灰色に染まっていた。

 が、そこまで雨が嫌いじゃないということにも気づいた。


「気をつけろよ、つるっと滑るからな」

「うん、いつもよりさらに数キロ遅い感じで走っているから大丈夫だよ」

「梅雨のときだけ歩いた方がいいんじゃないか? 怪我とかしたら馬鹿らしいぞ」


 そりゃ結構遠いから乗り物に頼りたい気持ちも分かるが怪我をしたら登校だって大変なものになってしまう。

 歩いても通えると分かったんだからいまだけは切り替えてもいいぐらいだ。


「そっか……、確かに実家に住んでいたときよりも早起きすればいいということは分かっているからね」

「ああ、それに天野は俺にとって友達なんだろ? 怪我してほしくないだろ」

「って、なんかすごい下手くそだと思われてる……?」

「下手くそだとは思っていないけど最近安定して乗れるようになったばかりだからな、それに慣れていても雨天時に危なくなるのは変わらないからさ」


 ちなみに証拠は中学のときの俺だ。

 自転車で少し遠い店まで本を買いに行ったときにすっ転んだ。

 そのせいで怪我を負ったうえにぐしゃぐしゃすぎて店に入れなかったという思い出があるから甘くみない方がいいと言わせてもらっている。


「お金持ちとかだったら友達の家に泊まらせてもらうという方法もあるんだけどな」

「あっ、それだ!」


 食事代さえなんとかしてしまえば佐藤とか許して……くれないか。

 佐藤がよくても両親が反対する。


「平野君のお家なら最高な条件――」

「馬鹿か」

「あいた!?」


 距離的に言えばそう、家には両親とか家族がいるわけではないからそう。

 俺が私で彼女と同性ならそれでも最悪許されることではあった。

 だが、実際はそうではないから言っても仕方がないことだ。


「あら、いいじゃない」

「佐藤さん!」

「私も泊まればふたりきりになることはなくなるわ、そうなれば変なことにもならずに済むでしょう?」


 おいおい、自分の性別も分からなくなってしまったのか?

 俺は天野だからといま拒絶したわけじゃないんだぞ。


「両親にその話をしてみるわ」

「私もっ」


 よかった、それなら間違いなく各両親が反対してくれる。

 高校から出会った男の家に泊める、なんてことを許可するわけがない。

 俺は滅茶苦茶安心した状態で放課後まで自由に過ごしていた。


「佐藤さん、どうやって荷物を運ぼっか」

「それならあなたは平野君に手伝ってもらいなさい」

「え、いいの?」

「ええ、別にそこまで多くの荷物を持っていくわけではないもの」

「そっか、じゃあ……そういうことで」


 それが何故かおかしいな、もう動く気満々でいるんだよな。

 佐藤は先に出ていってしまったが珍しく天野が俺の目の前で立っていた。


「ひ、平野君……」

「両親はなんて?」

「楽ならいいじゃん! だって」


 俺の両親が遥かにレベルが高いと分かった。

 あんまりこんなことを言いたくないが、両親の血を天野は物凄く真っ直ぐに受け継いでいる気がする。


「そういうことだから……」

「……まあいいや、荷物を取りに行くか」


 これからは日曜日だけでも必ず風花に来てもらうようにしよう。

 単純に妹のことが気になるから、というのもある。

 こう言ってはなんだが部活よりも受験の方が大切だからな。

 

「忘れ物はないか? 忘れた場合は辛い思いをするのは天野だぞ」

「だ、大丈夫」

「よし、じゃあ戻るか」


 一応俺もこのことを家族に連絡しておくことにした。

 まあそうしたらありえないって連呼されたって話だ。


「ごめん、待たせちゃって」

「別に構わないわ」


 鍵を開けたらまるで自分の家のようにふたりは入っていった。

 おいおい、ハーレムかなんかか?

 残念ながらそんな甘い話は一切ないが……。


「家事は私に任せてちょうだい」

「私も頑張るよ」

「ええ、協力して頑張りましょう」


 俺もやらないとすぐに鈍るから駄目だ。

 まあ三人いるなら交代交代でやっていけばいい。

 なにもここで意地を張ってひとりで頑張る必要はない。


「ふむ、寝る場所が少々問題ね」


 実はロフトがあって上で寝ることができる。

 が、なんか暑いから俺は下の床で寝ることにしていた。

 別にベッドじゃなければ無理とかそういうのはないから構わない。


「上にも空間があるぞ」


 せめて横に寝室だけでも別室があってくれたらよかったんだが贅沢は言えない。

 学校近くのここが確保できただけでも十分だ。


「それなら私と天野さんは上を借りようかしら」

「そうだね」

「あとはお風呂の順番とかね」

「それは平野君に先に入ってもらえばいいよ」

「そうね、家主を待たせるなんてできないし」


 もうどうでもいいからとにかく平和に過ごしたい。

 うっかり見てしまってきゃーぱちん、なんて展開にはしたくなかった。

 つか、大して仲良くもない同級生の異性と過ごすっていいのかよこれ。


「俺は毎日遅くまで学校で時間をつぶすからそれまでに入浴とか済ませてくれ」

「はい? そんなことをする必要はないわよ」

「いやだってよ……」


 なんか入浴後の姿を見るのも気恥ずかしいだろ。

 それでも数時間が経過していればなんとか抑え込むことができそうだから言った。


「気にしなくていいわ、別に裸を見られても被害者面なんてしないわよ?」

「そ、そうだよ、泊めさせてもらっているんだから平野君にメリットがないとね」


 今度娘さんの◯◯が駄目だと直接彼女の両親に注意しに行こうと決めた。

 頭がおかしすぎる、佐藤はまあ……なんかイメージ通りって感じがするが。

 とにかく、俺も変な感じにならないように頑張ろうと決めたのだった。

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