05話.[気をつけている]
教室内はかなり静かだった。
そりゃまあテストの時間なんだから当たり前と言えば当たり前だが。
そして俺は早くも眠気に負け始めている状態だった。
昨日急に不安になって深夜までやってしまったのが運の尽きだ。
別に赤点を取るレベルではないと分かっているはずなのに……。
まあとりあえずここが終わればそれだって無駄なものではなくなる。
で、無難な感じで終えることができた。
掃除とかあるとはいえすぐに解散だからゆっくりできていい。
「平野君っ、ファミレスに行こっ」
「友達と行ってこいよ」
「だから平野君も友達だから、一緒にした仲なのに……駄目なの?」
「意味深な言い方をするな」
……悪口とかを言う人間を肯定したくはないが彼女にも原因があった気がする。
相手がもし俺ではなくイケメンだったら同性からすれば面白くないだろう。
見た目がいいのも影響している。
「行こうよっ」
「分かったから落ち着け」
「あ、そうだね。ふぅ、よし、行こう」
この県のいいところは自宅近くにしっかり必要な店が存在してくれていることだ。
ファミレスとか商業施設とかがあるのは普通にありがたい。
俺でもたまにはひとりで行くときはあるからな。
「なんで女友達と行かないんだよ」
「だって……みんな彼氏さんがいるって言うから」
意外と仲がいいというわけではないんだろうか?
あくまで彼氏といられないときだけに集まる仲みたいな……。
「それでも放課後はよく遊びに行く仲なんだろ?」
「最近はテスト勉強をしなければならないということで行ってなかったな、それに平野君と毎日お勉強をしていたわけなんだからさ」
複数日ある中の一日だけだと思ったらそういう日が一日もなかった形になる。
もう怖い、なにを気に入っているんだろうか?
それとも一緒に過ごすことで悪いところを見つけようとしているのか?
なわけない、そんな無駄なことをする人間がいたら馬鹿としか言いようがない。
「いらっしゃいませー」
空いててよかった。
案内された席に座ってささっと注文を済ます。
料理が運ばれてくるまでの間どうせならとケチくさい俺はジュースを飲みまくっていた。
運ばれてからも一緒だ。
料理の方はおかわりできないから余計にそれが進む進む。
「ちょ、ちょっと飲みすぎじゃない?」
「あ、悪い、なんかこういうときはいっぱい飲んでおかなきゃって気持ちになるんだよな」
「ううん、それはいいんだけど……お腹は大丈夫なの?」
「ああ、それは大丈夫だ」
それでもなんか恥ずかしくなってきたから九杯で終了に。
会計を済ませて外に出てからも「いっぱい飲んだね」と少し驚いていたようだった。
「テストもなんとか普通に終わったねー」
「ああ、結果がどうであれ終わったというだけで気が楽になるよな」
「昨日は何時までお勉強した?」
「俺は二時だな、だから今日までと言った方が正しいな」
「えーっ、平野君って真面目キャラだね」
楽にするのも面倒くさくさせるのも全ては自分次第。
一週間ぐらいは楽しくはなくなるがそれが終われば自由なんだから頑張るべきだろう。
そして俺は頑張った、初めての中間テストを乗り越えた。
俺からしたら普通にいい日だと言えた。
何気に高校生らしく、理想という感じの過ごし方ができているのもいいはずだ。
「そういえば天野は実家に帰っているのか?」
「うん、寂しいからしょっちゅう帰るよ」
「そうか、天野の両親も安心できるだろうな」
「うーん、それはどうかなあ……」
いや絶対にそうだ。
仮に風花がいまの俺みたいに他県で暮らしていたら毎日電話をかける。
それどころかため息だって増えるかもしれないし、無自覚に娘の分までご飯を作ってしまうんじゃないかとすら考えられる。
程度の差はあれ大切な娘のことなんだから帰ってきてくれて嬉しいに決まっている。
そのときに明るければ明るいほど心配しなくて済むわけだし。
「間違いなくそうだから安心していいぞ、自分の娘が元気いい状態で帰ってきてくれたら嬉しいに決まっているだろ」
自分の子どもができたときのことを考えてみろと言ったら「それだったら確かに嬉しいっ」と納得してくれたようだった。
「さて、楽しかったぜ」
「むう、平野君の悪いところはすぐに帰ろうとするところだよね」
「帰るしかないだろ?」
正直に言うと結構眠たいのもあるんだ。
彼女といればいるほど向こうまで送ることになる可能性が高まるから気をつけている。
……残念な点は普通に楽しいことなんだよなあと。
もう飽きてもらう作戦とか馬鹿らしくてしていない。
「なんで私が平野君といたがっているか、分かる?」
「距離は違うけど県外から来ているからだろ?」
「確かに最初はそうだったけどいまは違うよ」
どう違うのかを言ってくれないと分からないから勘弁してほしい。
風花もそうだが肝心なことは教えてくれないという意地が悪いところがあった。
「それは友達だからだよ」
「そりゃありがたいけど……」
「あ、もしかして眠たいとか?」
「ああ、結構な」
「そっか……じゃあ今日のところは解散、かな」
悪いがそうしてもらうしかない。
次はないかもしれないがこのまま無理に続けても意味がないから。
自転車を押しつつとぼとぼと歩いていく彼女の背中はなんだか物悲しいと言っているような感じがした。
答案用紙が返ってきて問題がなかったことを知れた。
もう六月手前というところではあるがクラスの雰囲気も悪くないから教室から逃げないで居座っていることが多かった。
で、放課後はすぐに帰らないようになっている。
理由は面倒くさいとかそういうのだ、深刻な理由があるとかではない。
「ねえ」
「ん? あ、俺か?」
「ええ、平野君に用があったの」
これはまたなんとも……風花や天野とは違う感じの女子から話しかけられた。
ただ、天野とよく一緒にいる人間だからなんのために? とはならないのが気楽だ。
「あなたと天野さんってどういう関係なの?」
「んー、話せるけど友達ではない感じ……か?」
「そうなの? 友達ではないのね」
すまん天野、どうしても友達でいられているようには思えないんだ。
いまはとにかく謎の好奇心から一緒にいてくれているだけ。
多分、ひとりでいるから心配してくれているだけなんだ。
本来なら嫌われるような人間ではなく弱い人間にも寄り添えるいい人間なんだろう。
この前はちょっと悪く考えたこともあるがな。
「天野と仲良くしたいのか?」
「え? あ、それはそうね、仲良くできた方がいいに決まっているもの」
「それならもっと行けばいい、天野は人といるのがとにかく好きみたいだからな」
残念ながら現在はいないが昼とかだったら絶対に相手をしてくれる。
つか、ほとんど彼女と一緒にいるんだから誰よりも優先されていると言ってもいいぐらいだ。
それにしても……こんな女子はクラスにいただろうか?
「帰らないのか?」
「あ……そうね、特に急いでも仕方がないもの」
「じゃあ図書室とかに行ったらどうだ? なんか似合いそうだし」
「本を読むのは普通に好きだけれど……」
やばい、普通に手強い。
いまので帰ってくれるのが一番だった。
いや、別に残ってもいいがここでは残らないでほしかった。
でも、俺の家というわけでもないから残るということなら俺がどこかに行けばいいか。
「あなたは天野さんから聞いていた通りの感じね」
「悪く言ってなかったか?」
「すぐに帰ろうとするから駄目だとは言っていたわ、他は……ふふって感じね」
すぐに帰ろうとするもなにもよく付き合っているんだけどな。
それに家賃とか生活費を出してもらっている分、あまりお金を使ってもいられないし。
こっちに来てから食事とかにこだわっていないから貯められてはいるが。
「私は初めてあなたを見たとき、うるさくしそうな子だと考えたわ」
「えぇ、酷すぎだろ」
いやまあ、あんまり間違ってはいないんだ。
小と中の半ばまでは友達とバカ騒ぎしていたわけだし。
それで何度も注意されたことがある身としてはやはり女子は鋭いとしか言いようがない。
「実際にそういう子は多いでしょう? でも、あなたは誰かといるわけでもなくほとんどひとりでいるから無害だと分かって内で謝罪したわ」
「直接してくれよ……」
「ふふ、まあそういうものじゃない」
間違いなく俺にも原因があった。
けど、怖いところは周りもそれに加わってくることだ。
なにか被害を受けたわけじゃなくても一緒になって悪口を言ってくる人間がいる。
調子に乗っていたがそういうことだけは一度もしたことがない俺にとっては普通に怖いことだったと言える。
一対一じゃ絶対に仕掛けてこないのがリアルな世界の人間だということだ。
「意外だったのはひとりでもつまらなさそうな雰囲気を出しているわけではないことね」
「楽しくはないけどつまらなくもないぞ」
「人間って極端なものじゃない? だから輪に加われない場合はクソだとか言って反抗的な態度を取るものだと思っていたからあなたは面白いわ」
……中学時代はそうでした。
いやだって行けば悪口を言われる環境なんて嫌だろ?
自業自得とはいえ迷惑をかけた相手に言われるのならともかくとして、全く関係ないそいつの友達からも言われるとかありえないだろ。
しかも被害に遭った人間が異性のときに限って男子が出しゃばってくるもので。
俺含めて格好つけたいお年頃だったんだろうなあ……。
「それより女子がクソとか言うなよ」
「ふふ」
えぇ、なんなんだこの女子は。
見た目だけならとっつきずらそうな感じをしているのに話してみると全く違う。
……普段であれば話しかけられるような感じではないだろうなと思った。
そもそも天野と、女子といっぱいいるんだからそこに空気を読まずに突撃するなんて無理だ。
「つか、同じクラスだったっけ?」
「酷いわね、天野さんと一緒にいるところを何度も見ているでしょう?」
「いやほら、他クラスからだって来られるわけだからさ」
「同じクラスよ」
彼女は後方まで移動して「ここが私の席なの」と教えてくれた。
周りを見ようとしないのもここまでくると問題としか言えない。
「名字は?」
「佐藤」
「そうか」
それはまた王道な名字だな。
どうなるのかは分からないがなんか天野ことを支えてやってくれと考えてしまったのだった。
「天野さんに聞いていた通り、ここで過ごすのね」
久しぶりに廊下で過ごしていたら佐藤がやって来てそう言ってきた。
たまにはこういう静かな感じもいいんだと言ったら「教室も悪くはないわよ?」と。
確かにそう、別に賑やかなのは苦手というわけではないからそれでも構わない。
でも、やっぱりひとりでいるのが一番気楽だからこっちの方が合っているのかもしれない。
「佐藤こそ意外だよな、ひとりでいるのが好きそうな雰囲気なのに」
「あら、それは偏見よ、私は誰かといられるときの方が好きよ」
「へえ、なんか冷たそうな雰囲気なのにな」
「酷いのはあなたじゃない」
だから人とは関わってみないと分からないってことなんだよな。
中学のときにそれで面倒くさいことになったから警戒しておくぐらいがいいのかもしれない。
そう考えると天野はおかしいとしか言いようがない。
人間関係で嫌なことがあったのなら余計に話しかけられないだろう。
しかも無愛想な感じの
「どうして他県から来たの?」
「心機一転したかったんだよ、地元の高校に通っていたら楽しめなかったからさ」
「でも、楽しくはないのでしょう?」
「それでも落ち着ける場所ではあるからな」
なにもかも自分でやらなければならないが意外と苦じゃない。
それはやっぱり高校まで徒歩で通えるいい場所だからだと思う。
近くには必要な店が揃っているし、買いだめをしておけばそう苦労もしない。
「佐藤はどこに住んでるんだ?」
「私の家はこの学校から二十分ぐらい歩いた場所ね」
「近くていいな」
「そうね、ただ、中学校に通っていたときよりは大変だけれど」
天野の件で近いと思ったが二十分の距離は近くないか……。
麻痺してるな、普通に天野がすごいと言える。
自転車に乗れるように頑張らせてよかったと偉そうに思った。
「あー!」
かなりびっくりした。
背後から急に大声が聞こえてきたら誰だってこうなる。
「はぁ、はぁ、やっと見つけた……」
「佐藤を探していたのか?」
「うん、平野君を探していたのもあるけど」
明るかろうが嫌われる可能性があるんだから暗い人間が対象として選ばれやすいのは当たり前のことなのかもしれない。
もちろん肯定するつもりはない、だからといって好きにしていいわけがない。
自由に悪く言われていた人間が肯定するわけもないし。
「最近は教室でゆっくりしていることが多かったのになんでまたここにいるのっ」
「静かな場所も好きなんだよ、天野だってひとりになるときがあるだ――」
「ないっ、私は誰かといられる方がいいもんっ」
「そ、そうか、まあ俺はそうだったということで片付けてくれ」
メリットもデメリットもある。
昨日まで仲良くても今日は違うかもしれない。
ただ、それを恐れずに積極的に動けている天野はすごいとしか言えない。
俺基準ではあるが眩しい存在のように思えた。
「天野さんは平野君のどこを気に入っているの?」
「うぇっ? べ、別に気になっているとかじゃ……」
「うん? 私はどこを気に入っているのかって聞いたわけだけれど」
「あっ! そ、それは優しいところかなっ。ちゃんと話とか聞いてくれるし……そういうところも……いいかなって」
もし俺に強さがあったら初日のあのときは無視をしていた。
それが強さとは間違いなく言えないが、他者からの評価なんてどうでもいいと片付けられる人間だったらこうなってはいないわけだ。
「でも、平野君は酷い子でもあるのよ? 冷たいとかひとりでいるのが好きなんだろとか決めつけてきたわけだし」
「あ……最初は私も冷たさを感じていた、かな」
「酷い子ばかりね……」
天野は慌てて「ご、ごめんっ」と謝っていた。
俺も後半は黙っていることが多かったから怖いと言われることも何度もある。
だから外側でしか判断できない他者からしたら仕方がない面もあるのかもしれない。
「佐藤は意外と話しやすいからいまはそう思ってないぞ」
「無理やりそう言ってくれているようにしか思えないわ」
「仮に話しづらいなら俺はすぐに教室に戻ってる、そうしていない時点で分かってほしいがな」
「分からないわよ、あなたに話しかけたのは昨日が初めてだもの」
そうか、まあそこは仕方がない。
別に興味がないということなら離れればいい。
これまで通り、天野と楽しく過ごすだけで十分だろう。
「……なんか仲いいね」
「そうか? まあ佐藤の場合は理由が分かりきっているからな」
「どういう風に?」
「それは天野のことが心配だからだ、自分の友達が変な野郎と話していたら気になるだろ?」
「そういうもの……なの?」
そういうものだろう。
もしかしたら悪い奴で弱みとかを握られてしまう可能性がある。
社会死したくないから言うことを聞く~なんて展開にもなるかもしれない。
できれば守るために動くのは男子の方がいいが、佐藤は同性思いだということだ。
「確かに天野さんが平野君に近づくのは少し不自然よね」
「え、なんでっ?」
「それは私からしたらそういう風に見えるだけよ」
俺から見てもそう思うから無理もない。
寧ろなにか裏の事情があってくれないと怖いぐらいだ。
これならまだ一気に反転させて悪い方に染まってくれた方がマシだと言える。
普通に近づいてきてくれることが引っかかるようになるなんて小さい頃は思っていなかった。
「まあ、どんな理由であれ自由なのだから気にしなくていいわ」
「う、うん」
「相変わらず友達ではないとか言っているけれどね」
「えーっ!」
声がでかすぎるから耳を塞いだ。
友達の定義というやつをもっと明確にしてほしかった。
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