04話.[凄え恥ずかしい]

「ん……あれ」


 体を起こして確認してみたが風花の姿が見当たらなかった。

 実家と違って部屋があるわけではないからふたりで床に寝転んでいたわけだが……。


「ただいまー……あ、起きたんだ」

「どこに行っていたんだ?」

「ちょっとお買い物にね、朝ご飯でも作ってあげようと思って」


 鍵はと聞いてみたら妹は何故か変なストラップがついた鍵をポケットから出して置いた。

 確認してみたら普通に俺がいつも使っているのは置いてある。


「あ、この前実は合鍵を作ったんだよね」

「いつやったんだよ……」

「ほら、佐織さんとふたりきりでいるようにしたときにちょちょいとね」


 ああ、何故か途中で帰ってしまったやつか。

 もっとも、実家にではなく自宅にだったから不思議な話だが。


「あと、お兄ちゃんにお土産があるよ」

「土産?」

「それはねえ」


 妹は何故か家から出ていく。

 が、すぐに戻ってきて「じゃじゃーん」とか言ってを見せてきた。


「あはは……お、おはよう」

「お、おう」


 そんなことだとは思っていた。

 俺は妹と違って菓子や甘味で喜ぶような人間じゃない。

 別に弁当などを買われても喜ぶタイプではないからなにかを買ってくるとは考えにくいから。


「風花ちゃん、ちょっと相談があるんだけど」

「はい? なんですか?」

「最近、風花ちゃんのお兄ちゃんが冷たい感じがするんだよね」

「え、あー、それは感じではなくて兄のせいだと思います」


 やっぱりすぐにバレてしまう。

 もうこれは女子が鋭い生き物だってことで確定だろう。


「まあ、色々ありましたからねえ」

「そっか」

「はい」


 そこまで大事ではないからなんかそういう方向に切られると恥ずかしい。

 簡単に言えばひとりに嫌われた結果、周りからも~というだけ。

 だから風花みたいな言い方をすると大袈裟すぎるというか……。


「私もあんまり上手くいっていなかったからいまは友達ができて嬉しいかな」

「いいですね」

「だから……ひとりでいる平野君を見ると心配になっちゃうというか……」

「兄はひとりでいることが多いですからね、佐織さんはどうか知りませんけど他者といるよりは気楽に過ごせていると思いますよ」


 そ、それにしても情けない話だ。

 嫌われていたからひとりでいるしかなかった、わけなんだから。

 いま教室から出ているのだってそこから影響を受けている。

 いまの状態からは想像できないかもしれないが人といるのは嫌いじゃない。

 いや、それどころか昔は好きだった……かねえ?


「でも、本当はものすごい寂しがり屋ですからね」

「そうなの?」

「はい、だから私がいてあげないと駄目なんです」


 やべえ、凄え恥ずかしい。

 なんか俺が毎週家まで呼んでいるみたいじゃねえかよ。

 実際は違うからなと天野に言ってやりたかったが我慢した。


「夜なんて毎日電話をかけてくるぐらいなんですよ?」

「え、意外だね」

「いえいえ、実家にいたときから電話ではないですけどそうですから」


 どこの世界線の俺の話だよ。

 毎日数分とはいえ電話をかけてきているのは風花の方だ。

 俺はてっきり喜んで羽根を伸ばすのかと思ったがそうではなかった。

 本当の寂しがり屋は風花だった、それで片付けられてしまう話だ。


「佐織さんはとにかく学校生活を楽しんでください、これでも兄は上手くやりますから」

「うん……」

「クラスの雰囲気とかは悪くないんですよね?」

「うん、それはまだ大丈夫だよ」

「なら安心できますね」


 確かにそうだ。

 悪口を言われた方が楽だとは分かったが、進んで言われたいわけがないからこのままがいい。

 そこまで他者に興味があるわけではないみたいだ。

 自分が興味を抱いた人間とだけ、好きな人間とだけ居続けるだけで十分みたいだな。


「でも、仲良くしたいなって」

「他の人とですか?」

「それもそうだけど……平野君と」

「んー、兄と仲良くしたいなら学校は避けるべきですね」


 他者の視線とかを気にしているわけではないからそれでも構わない。

 ただ、やっぱり家族以外の異性となると話が変わってきてしまうんだ。

 もちろん仲良くできた方がいいに決まっているし、天野が豹変するとは限らないし……。


「俺なら廊下にいるから来たいなら来ればいい」

「お兄ちゃんいいの?」

「ああ、まあひとりで廊下にいるのも暇だからな」


 矛盾しているのはいまに始まったことじゃないからどうでもいいだろう。

 それに何度も来てもらって逆に飽きてもらおう作戦を実行中だから来てくれないと困る。


「あー、地元の高校であってくれたなら来年からまた学校で支えるんだけどなー」

「こっちに来たりなんかするなよ」

「しないよ、両親といられないのも嫌だし」


 そうか、それならよかった。

 別にこっちを馬鹿にしているわけじゃないが地元の方がいいに決まっている。


「それにいまは部活に集中しないとな」

「そうだね、最後の大会で少しでも勝てるように頑張りたいよ」

「それが終わったら受験勉強だな」

「お兄ちゃんに教えてもらうから大丈夫」

「ま、分からないところがあったらな」


 妹の方が優秀だから意味のない会話だった。

 まあでも、少しでも役に立てたらいいんだけどなと内で呟いたのだった。




「GWか」


 風花は連日部活だって言っていたから来ることはないだろう。

 だから今年は正真正銘ひとりぼっちでのGWとなる。

 それは別に構わないが時間だけがありすぎて困っているという状態だった。

 なので、暇だから勉強でもすることに。


「っと、もう一時間が経ってるな」


 意外と勉強するのは嫌いじゃない。

 間違いなく無駄にはならないし、こうやって時間をつぶすこともできる。

 ただ、いつもみたいに早起きしたからこれでもまだ九時という無常さがそこにあった。


「もしもし?」


 そんなときに都合よく天野から電話がかかってきた。

 耳に当ててから数秒が経過、が、全く喋らないという不思議な流れで。


「あっ……」

「ん?」

「い、いや、かけておいてなんだけど……迷惑じゃなかった?」

「おう、別に気にしなくていいぞ」


 風花もそうだけど打つのが面倒くさいんだろうか?

 こうやってスマホを使用するときは絶対に電話になる。


「えっと、いまって暇かな?」

「暇だな」

「じゃあ……ちょっとお出かけしない?」

「別にいいけど」


 まだまだ行ったことがない場所がありすぎるから見て回ってみるのもいいかもしれない。

 数十分で行けるということはこっちにも詳しいだろうし天野は適任だろう。


「それならそっちに行くから」

「俺がそっちに行くから待っててくれ」

「わ、分かりました」


 電話を切って財布なんかを持ってから家を出た。

 大切なのは少しでも引っかかるようなことをさせないことだ。

 例えばこういうときは自分から行くようにする。

 礼とかも言わせないように、させないようにする。

 それを続けられればとりあえずのところは問題はないと言える。

 ……前も思ったけど結構遠いな。

 ただ、遊ぶために自転車を買うというのも馬鹿らしいからこのままでいいが。


「着いた……」


 結構どころか普通に遠いのが難点だな。

 仲良くなったときのことを考えるとこの距離でいいとしか思えないが。

 だって調子に乗って行きそうだしな、絶対に簡単に行き来できない距離がいい。


「はーい、あ、お疲れ様」

「おう、行くか」

「あっ、飲み物があるから飲んでよ、喉乾いたでしょ?」


 わざわざ買うのも馬鹿らしいから飲ませてもらうことにした。

 いまの俺にはよく効いたから普通に礼を言っておく。


「しっかし、あっちで借りるんじゃ駄目だったのか?」

「それがいいところがなくて……」

「そうか、そういうものか」


 それに仮にいいところがあっても家賃が高いなどの問題もあるか。

 そう考えると学校から近く、そして他よりは結構安いあの場所はかなりいい場所だ。

 難点があるとすれば風花が泊まりに来ても同じところで寝るしかないということ。

 妹相手に変なことはしないものの、年頃なんだし別の部屋で寝られた方が絶対にいい。


「自転車登下校はどうだ?」

「もう慣れたよっ、いまなら最速を狙えるかも」

「事故らないようにな、そうしたら登下校どころではなくなるから」

「うん、実際は十キロも出ていない感じだから大丈夫だよ」


 それは大丈夫……なのか?

 たまに滅茶苦茶遅い速度で走る人もいるが見ているこちらがひやひやする。

 歩いた方がしっかり全方向を確認できるし、誰かと接触するというリスクも少ない。

 でも、自転車で通えれば本当に楽になる距離だからなあ。


「つか、友達と遊ばなくていいのか?」

「遊んでるよ?」

「そうなのか?」

「うん、だっていま平野君といるでしょ?」


 天野的には少しでも話せば友達になるみたいだ。

 友達扱いしてもらえるのは普通に嬉しい。

 ただなあ、なにもかもが同じような進み方をしているから怖くなってくる。


「それよりどこに行きたいんだ」

「映画を観たりとかしたいかな」

「俺は全く分からないから案内頼むわ」

「うん、大丈夫だよ」


 どでかい建物が見えてきてすぐになるほどなと納得した。

 ただ、GWということもあって人が多すぎるのが難点と言える。

 が、そこに目を瞑れば少なくとも店から店に行く際に遠いなんてこともないから気楽だ。


「きゃっ、す、すみませんっ」


 人がそれぞれ行きたい方に向かって歩くからこういうこともあり得る。

 俺が彼氏とかだったら迷いなく手を握っておくところだがそれはできない。

 できないからさっさと移動して比較的少ない映画館前にやって来た。


「つ、着いたね」

「天野に合わせるから見たいものを選んでくれ」

「どれにしようかなあ……」


 で、天野はどうやら恋愛映画を選んだようだった。

 その時点でうへえとなったが任せると言ったのも俺、黙って払って付いていくことだけに専念することに。

 ……約二時間の間は地獄だった。

 でもまあ、天野が、というか、同行者が満足気な感じだから構わないかと片付けておく。

 その後はこれまた天野が行きたい、食べたい物が食べられる飲食店に入って昼食を摂った。


「お腹いっぱいになっちゃった」

「はは、それならよかっただろ?」

「でも、まだまだ見て回りたいんだよね」

「来ているんだから遠慮なく動けばいい、付き合うぐらいなら俺でもできる」


 個人的に言わせてもらえば映画館代と食事代である程度失った現在、帰りたかった。

 あと、人の多さというのが引っかかる。

 笑い声なんかも当然聞こえてくるわけで、それが異性の高い声だったりするとな。


「そうだなあ……あ、ペットショップっ! ペットショップに行こう!」

「おう、行くか」


 とにかく付き合って飽きさせる作戦は正直失敗している気がする。

 なにを気に入っているのかは分からないがとにかく天野は来てしまうのだ。

 本来であればこれ程いい話というのはない。

 だって異性が自ら積極的に来てくれるなんて当たり前のことじゃないから。

 ただなあ、……早急に男友達を作ってそちらに意識を向けさせた方が早そうだ。


「へへへ、猫ちゃん可愛いー」

「確かに小さくて可愛いな」


 子猫にしか需要がないと考えると怖い話だが。

 まあ飼い主としては小さい頃から飼って仲良くしたいと考えるか。

 下手にブリーダーに懐きすぎても、環境に慣れすぎてもいいことはあまりない。


「風花ちゃんはワンちゃんと猫ちゃん、どっちが好きなの?」

「風花はどっちもだな、可愛ければなんにでも張り付くぞ」


 三十分以上離れないなんてこともある。

 すれ違った通行人の犬を触らせてもらうことすらある。

 コミュニケーション能力が高すぎるからこそできる芸当だった。


「……お兄ちゃんの方はどっちなんですか?」

「俺は……」


 どっちだ……?

 猫でも犬でも正直どうでもい――どちらでもいい。

 中学時代の俺に必要だったのはもしかしたらそういうパワーだったのかもしれない。


「それよりお兄ちゃんって言うのやめろ」

「ごめん……」

「いや、なんか調子が狂うだけだから謝らなくていい」


 あと、これって他者からしたらどういう風に見えているんだろうかと気になっていた。

 友達同士で遊びに来ているように見えるか? それとも兄妹、姉弟みたいに見えるか?

 いやまあ各々自分の目的のために動いているからそこまで興味を抱いていないだろうが……。


「それより次はどうしよっか」

「天野に任せる」

「全部私が行きたいところに行くのもね……」

「気にしなくていい」


 俺の行きたいところに行っても彼女の行きたいところに行ってもなにも変わらない。

 時間を使っているということには変わらないんだから積極的に自分の行きたいところに行ってくれればよかった。

 俺には残念ながら行きたいところはないから仕方がないとも言える。

 それでもということならもう解散した方が両者のためと言えるだろう。


「あっ、そういえばお金があんまりないんだったっ」

「そうなのか? じゃあ解散するか」

「え」

「いや、それがないなら遊ぶのは無理だろ?」


 会話をしたいだけなら学校にいるときだけで足りる。

 出かけた先で遊びたいということならやはりどうしてもお金が必要になるし、ないのならどうしようもないで終わってしまう話だった。


「ど、どっちかの家でお喋りとか……駄目?」

「どっちかの家ってどっちもひとり暮らしの家だぞ?」

「じゃ、じゃあ私の家の近くの公園でお喋りとか……」

「それだったら別にいいぞ、帰るか」


 帰りに送ることも楽だからそれだったら構わなかった。

 ま、彼女の家に行ったり、こっち側の商業施設に来たり、彼女の自宅近くに戻ったり、帰りは長い距離を歩かなければならなかったりと、俺にとっては大変以外の言葉が見つからないが。


「なんか最近はここによく来ている気がするよ」

「そうか」


 俺としては二週間ぶりぐらいか。

 結構大きい場所でそこまで人がいるというわけではないから落ち着ける場所ではある。


「今日は付き合ってくれてありがとう」

「いや、暇だったから助かったぐらいだぞ」


 家の中にいたら寝るだけで時間を失ってしまっていた。

 できる限り寝たくはないからいま言ったように助かったことになる。


「うん、それで……もっと誘ってもいい?」

「いや……俺よりも他の人間と遊んだ方が楽しいぞ」

「他の子とは放課後とかに遊びに行けるからさ」


 あれか、風花と同じでひとりでいるから見ていられないということか。

 それなら面倒くさい人間だと分かれば離れていくだろうし……。


「ま、天野が暇しているときにでも誘ってくれればいい」

「うん、誘わせてもらうね」


 寧ろ積極的に動くことでなんだこいつ……感を出すことができる。

 実行するなら学校が始まってからだな。

 理由は誰かとテスト勉強をした方が捗るから、ということで。

 実際、受験勉強をしていたときなんかには部活帰りの妹とよくしたから効率がいいのは分かっている。

 もちろん中にはひとりでやった方がいいと言う人間もいるかもしれないが、俺に合う方法はそれだったんだから気にしなくていい。


「天野、GWが終わったら一緒にテスト勉強しようぜ」

「私と一緒でいいの?」

「寧ろ天野以外の誰とやるんだよ、友達がいないことは知っているだろ? 意地悪をしたい年頃なのか?」


 彼女は慌てたように何度も首を振って「う、ううんっ、私でよければ……」と答えてくれた。


「おう、じゃあ毎日じゃなくても一日ぐらいは一緒にやろうぜ」


 それに本来の状態に戻せるかもしれない。

 女子といることが苦手じゃなくなればもっと楽しくなる。

 まあ、そうなったときに彼女がいるのかどうかは分からないがな。

 それならそれで他の異性と仲良くしようとする俺も今後現れるかもしれない。

 もしそれで彼女なんかができたりしたら風花どころか両親も驚くと思う。

 その顔を見られると思えば悪いことではなかった。

 少なくともずっと過去のそれでもったいないことをしてしまい続けるよりも遥かによかった。

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