03話.[やりやすかった]

 早速席替えがあって並び順がごちゃごちゃになった。

 幸いだったのは天野と近づく、なんてことにはならなかったこと。

 友達を増やしつつある天野が積極的に来るとは思わないがまあ……。


「平野君っ」

「どうした、今日はやけにハイテンションだな」


 席替えをしたらイケメンが近くて嬉しかった、とかだろうか?

 中学時代が微妙だったのなら恋とかだってまだできていないだろうしそういう可能性がゼロというわけではないだろう。

 ま、その話をされても困るからそうであってほしくないが。


「どうせなら平野君の近くがよかったな」


 怖い、こういうことを言ってしまえるところが。

 俺もしくは他人だったらあっという間に勘違いして終わっているところだ。

 にこにこと愛想がいいのも影響している。


「平野くーん?」

「もしそうだったら移動とか楽でいいな」

「あ、そうだねっ、そういういい点もあったねっ」


 テンションだけは風花と似ているのかもしれない。

 となると、同性からのやっかみ、というところだろうか。

 女の敵は女とかよく聞くしなと片付ける。


「っと、ごめん、なんかハイテンションになっちゃって」

「別にいいよ、ただ、あまりに騒がしくすると目をつけられるから気をつけないとな」

「……うん、気をつけるよ」


 俺は俺で教室であんまり他人と話していたくなかった。

 でも、教室からずっと逃げ続けるのもださいから留まっているという形になる。

 いいから早く授業が始まってほしい。

 そうすればそっちに集中しておくだけでとりあえずのところは平和な日々になるはず。


「ちょ、ちょっと廊下に行かない?」

「別にいいぞ」


 水も飲みたかったから丁度いい。

 飲んだらなんとも言えないところで留まって話をしていた。

 逆に一緒にいる時間を増やすことで飽きてもらおう作戦を実行しているところだ。


「私、学習能力がないのかもしれない」

「なんでだ?」

「……実はいまさっきみたいなテンションで居続けたらああなったんだよね……」


 それで不安がる必要はない。

 だってそんなテンションで居続けなかった俺だって似たようなものだったから。

 まあ絶対に不登校なんかにはなってやるか精神で通い続けていたから彼女と同じなのかどうかは分からないがな。


「ここの高校の人間達も同じかどうかは分からないが、気をつけた方がいいのは確かだな」

「そうだよね、嫌われちゃったら楽しめないもんね」


 遥かに面倒くさくなるから静かにしておくのが無難だろう。

 はしゃぐのは家とかああいう大きい公園とかそういうところですればいい。


「ただ、暗いよりは遥かにその方がいいぞ」

「ほんと……?」

「当たり前だ、別に声量だってきゃんきゃんうるさいわけじゃないしな」


 これ以上になると耳がというか頭が痛くなるからここら辺りで抑えてほしいが。

 単純に気に入らない相手の声だったからというのもあるのかもしれない。


「……平野君の中学生時代はどうだったの?」

「俺のか? 沢山の人間から嫌われてたな」

「えっ、そうなのっ?」

「ああ、だから他者とはできる限り話さないようにしてたぞ」


 家族仲がいいのはそれですぐに帰っていたからかもしれない。

 八つ当たりをするような人間じゃないことも一応プラスに働いてくれている可能性はある。


「それでも意地でも休んではやらなかったけどな」

「……強いね、私なんか逃げちゃったから」

「無理をしていたら最悪自殺コースまであるからな、別に逃げることは駄目じゃないだろ」


 意地を張ったところでいいことなんてないとそれで知ったし。

 あくまで余裕ですよ感を出していたら余計に嫌われた人間がここにいる。

 だから別にそれでもいい。

 寧ろ逃げた、休んだのにこうして普通に高校に通えているだけすごい話だ。


「勉強はどうやってやったんだ?」

「あ、保健室には行っていたんだ。それで担任の先生がすごい優しい先生でかき集めてきてくれたというか……」

「ということは天野が真面目にやっていて高評価だったからだろうな、そうでもなければそこまで動いてくれたりしないだろうし」


 嫌われることばかりではないというだけで救いではないだろうか。

 そんな人間と自分を一緒のレベルだと考えてはならない。

 発言するときは気をつけておかなければならなさそうだ。


「あ、一応……三年生までは休むこともなかったから」

「じゃあそれで見てくれていたということだな」


 俺の方は休まなかったから特に必要もなかった。

 幸い悪口程度で物を隠されたりとかはなかったからやりやすかった。

 まあ、気持ちのいいことではないのは確かだが全然マシだ。


「っと、戻るか」

「うん」


 とにかくこの土地と高校に慣れるべきだ。

 それは俺も彼女も変わらない。

 多分それができたら大して苦労することはなくなる。

 他者がそこまで興味を抱くということはないだろうし。


「平野君」

「ん?」

「ありがとね」


 なにが? と聞く前に教室に入っていってしまった。

 ぼうっとしていても馬鹿らしいからこちらも席に戻る。

 それからいちいち礼なんか言わないでほしいと内で呟いた。




 一度授業が始まると早いもので既に五月近くだった。

 中学のときと違って変化はあるがまあそう難しい感じではない。

 そして相変わらず天野といる時間は普通にあった。

 ただ、他の友達を優先してくれているから助かっているという形になる。

 んで、俺は結局教室から出ることで快適さを求める毎日だった。


「あ、いた」

「ん? おお、どうした?」

「いや、最近は教室にいないからちょっと探してたんだ」


 それは申し訳ないがだからって場所を言ってから出ていくのは自意識過剰だ。

 そんなことをしている自分を想像するだけで気持ちが悪いとしか思えないし、吐き気すらこみ上げてくるぐらいだった。


「もうちょっとで五月だね」

「ああ、そうだな」


 五月になったらGWがある。

 中学一、二年生のときは部活で終わってしまったが今年は違う。

 もっとも、家で寂しく過ごすことになるんだろうが……。


「まだまだ分からないけどこの学校ならなんとかやっていけそうだよ」

「そうか、それはよかったな」


 受験を受けているのが少しだけいい方向に働いているのかもしれない。

 まあそれでも苛めとかはどこでもあるものだからまだまだ気をつけなければならないが。

 彼女の場合はいまのままを貫けば嫌われることはないだろう。


「でも、それは平野君もいてくれたからだよ」

「それはない、友達のおかげだろ」

「だって自転車に乗れるようになったし、そのおかげで朝とかに急ぐ必要がなくなったんだよ? そういうのがいまの余裕に繋がっていると思うんだよね」


 自転車に乗れるようになったのだって彼女が頑張ろうとしたからだ。

 余裕だって友達ができたからできたにすぎない。

 だから俺のおかげ的なことを冗談でも口にするのはやめてもらいたかった。


「帰りも自転車があるおかげである程度遅くまで外にいても困らないわけだし」


 ……実はこれ、中学にも似たようなことがあったんだ。

 最初はこんな感じだったんだが、いつの間にかそうではなくなっていた。


「両親と同居していないから自由にしたいのは分かるが程々にな」

「あ、うん」

「というか、県は一緒なのに別々に暮らす必要があったのか?」


 お前が言うなという話だが賃貸だって安く契約できるわけじゃない。

 それに両親としてはやはり娘には近くにいてもらいたいだろうし。


「お母さんとお父さんには悪いけど……色々と挑戦したい気持ちもあってね」

「そうか、じゃあこれ以上は言わないわ」


 ここから周りに染まって天野が反転する可能性もある。

 できることなら余計なことは言わずに対応をするのが一番だ。

 それなのに上手くできていないのが現状ではあるが、とにかくそうやって決めて行動しておくしかない。


「平野君は友達を作らなくていいの?」

「ああ」

「でも、寂しくない?」

「寂しくないぞ」


 誰かといると愚かな自分を直視することになるからひとりでいい。

 いまでこそなにもないものの、これからなにがあるのかなんて分からないから。

 ただ、彼女は別だ。

 楽しく過ごせているのならそのまま貫けばいい。

 空気が怪しくなってきたならそのときに変えていけばいいんだ。

 必要以上にマイナスに考える必要はない。


「私はやっぱり誰かといたくてね」

「それでいいだろ」

「恐れているばかりじゃ変わらないからさ」

「ああ、そうだな」


 そういう意味では彼女の方が強かった、という話になる。

 俺のこれは無理やり塗り固めているだけでいい方法だとは言えない。

 意地でなんとかなっただけだ、だからなにかを言う方が間違っている。


「私も平野君みたいに強く――」

「戻ろうぜ、次の授業が始まる」

「あ、そ、そうだね」


 予鈴には何度も助けられている。

 放課後はすぐに帰るようにしているからこういうことはほとんど起きない。

 彼女はよく同性と一緒にいるから話しかけられる状態ではないし。

 こういう行為を繰り返しておけばこの異様な状態も終わるはずだ。

 今週の土曜日はまた風花が来ることになっているから放課後には菓子とか飲み物を買うべくスーパーに寄った。

 家から近い場所に存在してくれているから仮に急に来られても問題はない。


「ただいま」


 結局、調理をしているようなしていないようなという感じの毎日。

 汚くなったら嫌だから掃き掃除は毎日しているから汚くてうへえとはならない。

 土日なんかには拭き掃除しているから実家の部屋よりは綺麗かもしれなかった。


「マジでおかしいだろ天野のやつは」


 正直、目が節穴としか言いようがない。

 俺が強かったら教室から逃げずに他の人間と楽しく過ごしているところだ。

 でも、俺は毎日廊下の様々な場所で外を見たりしているだけ。

 もしそれで強いのであればこの世に存在する人間はやばいやつばかりになる。

 寧ろ一緒にいても悪い方にしか繋がらない人間だと思う。

 事実それで沢山の人間が離れて行ったわけなんだから嘘ではない。

 自分が一番自分のことを分かっているのは普通のことで。

 だからああして自然に一緒にいる時間を減らすのが一番だった。




「へい――」

「へへへ、金曜日の夜から来ちゃいました」


 明日部活はと聞いてみてもないとのことだった。

 そりゃそうか、そうでもなければ来たりはしない。

 部活をサボるような不真面目な人間ではないからなあ。


「それにしてもよく来るな、近いわけでもないのに」

「お小遣いを使う価値がありますからね」

「ないだろ、地元で彼氏でも作った方が遥かに有意義な時間が過ごせるだろ」


 今年は受験生だからそれどころではないかもしれないが。

 ま、せっかく来てくれたんだから買っておいた菓子とかジュースを出すことにした。

 ……このお金も両親がくれていることを考えると……感謝しかないね。


「ところで佐織さんとは仲良くできていますかっ?」

「普通だな」

「最近、よくやり取りをしているんだけどさー」

「風花が仲良くしておくだけでいいだろ」


 風花は全てを知っているから分かっているはず。

 俺がなんであんな楽しくない中学時代を過ごしたのかということを知っているのであれば、俺が積極的に仲良くするわけがないと分かるはずだ。


「ご飯は食べてきたのか?」

「うんっ、菓子パンを昨日買っておいたからね」


 風花は笑いつつ「部活が終わったらすぐに食べて駅に移動したんだ」と。

 明日にすれば昼からゆっくり来られるのに……アホかな?


「ちょっと歩いてくる、最近の趣味なんだ」

「それなら私も行くよ」

「おう、好きにしてくれ」


 夜に歩くのが好きになっていた。

 人の視線が気にならないし、よっぽどのことがなければ出くわさない。

 そして昼と違ってとても静かだ。

 今日は隣にうるさ――元気な風花がいるがあまり変わらない。


「お兄ちゃんは寂しくないの?」

「あー、意外と普通だな」


 一週間ぐらい経過したら帰りたくなると考えていたがそんなのはなかった。

 寧ろ家事をしたり高校に通っているだけで埋めることができているというか、意外と満足度が高い毎日なのかもしれない。

 いや……多分天野が来てくれていることも影響しているんだと思う。

 同級生、クラスメイト、しかも異性。

 異性関連であれだけ面倒くさいことになったのに懲りない人間というかなんというか……。


「私はやっぱり慣れないよ、帰っても誰もいないんだもん」

「母さんがいるだろ?」

「違うや、お風呂から出たときなんかにもお兄ちゃんとちょっとした会話をするのが楽しかったんだよ。でも、いまはそれがないから……」

「大丈夫だよ、すぐに慣れる」


 そんで必要なかったと気づく、自由になれたことにも気づく。

 同じ学校で近くで見ていたから気を使ってくれていたからな。

 もうそうしなくていいと気づけば真逆の状態になる。


「三年生になってから変わったことはあるか?」

「んー、特にないかな――って、逸らさないでよ」

「部活とか学校生活とか最大限に楽しめよ」


 こんな兄のようにはならないでほしいとまで考えてなるわけがないかと自分で片付けた。

 風花は無能じゃない、上手くやっていける人間だから。

 上手くできるからこそ積極的に他人といても問題にならないし、それをまた悪く言われることもないんだから羨ましいと言える。


「いまの高校は別に楽しくはないけどつまらない場所じゃない、それだけで俺は十分だ」


 通過点でしかないからそれぐらいでいい。

 無難に卒業して、行けるところに就職して、働いてお金を稼いで、ある程度のところでちーんとこの世から去れればいい。

 長生きするつもりなんてない、五十ぐらいまで一生懸命生きればいい。

 稼いだものをほとんど両親に渡しておけばかかった金額ぐらいなんとか返せるだろう。

 子どもとかは風花に頑張ってもらうしかない。

 もし俺と結婚したがる人間が現れたら驚いて腰を抜かす自信があるぐらいだから。


「あのさ、そうでなくてもお兄ちゃんと校内で会えないというのも寂しいんだよね」

「昼休みとか外にいたのによく来てくれていたよな」

「分かるよ、お兄ちゃんがどこに行くかぐらい妹なら」


 風花のために場所を変えていたのに全て発見されてしまった。

 友達と過ごすよりも優先している気がしたから不安になったぐらいだ。

 付き合いが悪いとそれでも悪口を言ったりする人間はリアルに存在する。

 風花だけはそんなつまらないことで生活をつまらなくしてほしくなかったのだ。


「だから行けるときは行こうって決めたんだ」

「別に生きている限り簡単に会える人間だぞ? そんなことで無駄に時間を使うな」


 妹の頭をわしゃわしゃ撫でてから前に意識を向ける。

 ……こうやって気を使ってくるところも女子の嫌いな一部分だった。

 思ってもいないことを言ってみたりするところもそう。

 にこにこ笑顔で気さくなはずなのに裏を考えて自滅してしまう。

 天野はともかく妹は絶対に違うと分かっているはずなのに連続すると駄目だった。


「無駄じゃないもんっ」

「分かったからあんまり大きな声を出すな」

「……お兄ちゃんがばかなことを言うからだよ」


 いまのを聞いて悪口を言われた方が精神的に楽なんだと気づいた。

 だってそこには裏がない。

 完全に相手をやっつけたいからこそ言っているわけで。

 もしかしたら歪んでいるだけなのかもしれないが……。


「来てもいいけど程々にな、部活の後に来るのなんて疲れるだろ?」

「でも、お兄ちゃんといられると癒えるよ?」

「はは、風花は優しいな」


 ある程度のところで折り返して家に帰った。


「え、日曜までいんのか?」

「駄目なの? あ、佐織さんとデートの予定とか入っていたの?」

「なわけないだろ、ま、いたいならいてくれればいい」


 それでもやっぱり風花は家族だから別だった。

 天野の相手をするよりも百倍は楽でいい。

 できればこのまま天野は友達といることを選んでほしいんだがなと内で呟いた。

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