02話.[それかもしくは]
やべえ、分かんねえ。
連絡先を交換したまではよかったのだが道が分からない。
便利なマップアプリがあったりもするのに何故か手書きの地図だからだ。
だから先程からずっとスマホの画面を見たり前を向いたりして歩いていた。
「もしもし?」
「あー……この地図だと分からないんだけど」
「えっ、あー……えっと、近くにコンビニがあるんだよね」
コンビニなんてそりゃどこにでもあるから該当してしまうわけで。
どうやら青色が目立つコンビニらしいが先程もそれは見た。
……ごちゃごちゃ移動するよりもそのコンビニに来てもらうことにした。
それからこちらが戻った結果、無事に会えたということになる。
「ごめん、来てもらっちゃって」
「いや、それは気にしなくていい」
自意識過剰みたいになるが家を知ってどうかしたいというわけではないと説明しておく。
矛盾しているが気に入られたくてこうしているわけではないんだ。
いまでもまだ異性とはいない方がいいという考えのままだった。
なのに弱い脳や心が邪魔をする。
嫌われたくないから、だけではなく、気に入られようと多分動いてしまっている。
「空き地とかあるんだよな?」
「うん、近くに大きな公園があるよ、そこでやるのはちょっと恥ずかしいけど……」
「狭い道路とかで練習は危ないからその方がいいな、明らかに自転車登下校ができた方がいいだろうからいっときの恥ずかしさは我慢してくれ」
「うん、それに平野君に協力してもらっているわけだからね」
そこに行く前に彼女の家に寄って自転車本体と飲み物やタオルなどを持ってこさせた。
転ぶ可能性はゼロではないし、どの季節でも水分補給は大切だから。
「よし、じゃあ乗ってみてくれ」
「え、支えてくれないの?」
「は、はあ?」
「さ、支えてもらわないと無理だよ」
いや……支えるってことは触れるということなんだぞ?
そういうのを分かっているのか分かっていないのか彼女は「お願い」と頼んでくる。
「……じゃあまずは跨ってみろ」
「わ、分かった」
サドルはどうやら一番下だから無理ということはないだろう。
彼女はすぐに実行してそこはまあ難なくクリアすることができたようだ。
「片方のペダルを丁度いい位置にして……そこに足を置く」
「うん」
「そのまま前に踏み込めばいい」
別に触れなくても後輪の上のところに掴めるところがあるから掴んでおく。
彼女は一応頑張ろうとぎこちないながらも踏み込んだのだが、
「こ、怖いっ」
もう恐怖の行為らしく十センチも前に進まなかった。
こればかりは慣れてもらうしかないが正直に言うとこのレベルで登下校をしようと考える方が馬鹿なのかもしれない。
事故なんかが起きたら俺も問題になる。
「怖いならやめた方がいい、無理をしてもいいことなんてなにもないぞ」
「でも、せっかく平野君が来てくれたんだから……」
「それは気にしなくていい、無理をして怪我をされる方が困る」
中にはそこから
積極的に疑いたくはないが駄目なんだ。
まず考え方から変わらない限りはどうしようもない。
「でも、頑張りたい、だって間違いなくいいことに繋がるから」
「そうか、じゃあ後ろを掴んでおくから遠慮なく走り始めてくれ」
本人が走ってくれなければ意味がない。
俺が代わりに乗って走ったところでできそうだ、とはならない。
結局のところ、本人がひとりで問題なく乗れるようにならないとどうしようもない。
「お、おぉ?」
「そのまま軽くでいいから踏み続けろ、ちゃんと掴んであるから倒れることはないぞ」
「う、うん」
ふらふらしているがすぐに止まっていた先程よりも遥かにマシだと言えた。
いい点はきちんと前を向けていることだろう。
信用してくれている……ということなのかねえ?
「こ、こげてる……よね?」
「おう、大丈夫だ」
大丈夫じゃないのは俺の体力や握力の方だった。
意外と辛い、これは早くも運動不足という結果を示してしまっている。
彼女は低速で走っているというのになんだこのざまはと自分が情けなくなった。
「ちょ、ちょっと手を離してもらっていい?」
「離すぞ」
手を離しても多少はふらついていたがしっかりと前に進めていたし、ブレーキで止めることもできていた。
これで俺の役目は終了、ということになる。
コツを掴んだのか必要以上に恐れる必要はないと判断したのかそこからは余裕そうだった。
「乗れるようになってよかったっ」
「そうか、よかったな」
自分がもっと気に入られようと気持ちが悪い行動をする前にこの関係を終わらせたかった。
大体、俺にはあっても彼女にとって得することなんてなにもないからだ。
あとはこれでも、というか、普通に異性が苦手なのもある。
それなのに求めてしまっているからこそ気持ちが悪いわけだが……仕方がない話でもあるのかもしれない。
男に生まれてきたからにはって感じだろうか。
「でも、気をつけなければリスクもあるからな」
「うん、分かってるよ」
「おう、それならいいんだ」
もう少し練習した方がいいと言ったら進んだり止まったりを何度も繰り返していた。
学校に許可を取る必要はあるがまあ乗れるようになったら楽になるはずだ。
「よし、じゃあ俺は帰るわ」
「えっ、待ってよっ」
「ん? もう乗れるようになったからいいだろ?」
「お、お礼がしたいからっ」
「別にいいよ、俺がしたのはあくまで後ろを掴んでいたことだけだからな」
彼女の自宅から遠いわけではないが気をつけろと言ってこの場をあとにした。
俺の方が遥かに遠いから地味にしんどい。
こういうところでも仲良くしても損ばかりだからこのままでいいだろう。
というか、自転車は実家から持ってきたんだろうか?
そうだったとしたらお疲れ様としか言いようがない。
あと、意外と負けず嫌いというか、現状に納得できないと言わんばかりに一生懸命になれたのもすごいとしか言いようがなかった。
「へい――」
「へへへ、来ちゃった」
うわぁ、こういうことってマジであるんだなと内で呟いた。
とりあえず入ってもらったが……勘弁してほしい。
俺がなんのために休日になろうが家に帰っていないかを知らないわけではないというのに。
「風花、寂しくなるから会わないつもりだったのに来るのは違うだろ」
「仕方がないじゃん、お兄ちゃんがいない生活とか初めてで寂しかったんだもん」
つか、よくここが分かったな。
どうやら父がいるというわけではないみたいだしひとりで来たってすごいな。
なにかと話しかけてくるあの女子と違って県から県までの距離が数十分で行ける距離というわけではないのにさ。
「うーん、狭いね」
「それは仕方がないだろ、こっちに過ごせているだけで感謝しかないぞ」
「でも、仮に彼女さんを連れ込んでも問題はない広さがあるね」
「おいおい、俺に彼女ができると思っているの――」
か、とまで言おうとしたら「できるよ」と真顔で断言されてしまった。
あれだけ上手くいっていなかった人間にできたら多分槍が降るぞ。
なんでだろうな、一番近くで見ていたはずなのになにも分かっていないのは。
「というかね、メッセージぐらい送ってきなさいよ」
「初めて買ってもらったんだぞ?」
「私は小学生時代から持っているからね」
別に娘贔屓というわけではなくて俺がいらないと言っていたからだった。
誰と交換できるというわけでもないのにいらないだろう。
いまでこそ動画投稿サイトを視聴するために使っているものの、相変わらず連絡を取る手段としての使用頻度は少ないから恐らく今後もそこは変わらないと思う。
「見せてっ」
「おう――あ」
「ん? あー!」
渡してからしまったと気づいたがもう遅かった。
まあ別に恥ずかしいことではないから構わないと言えば構わないわけだが……。
「ん? このSって人は誰?」
「クラスメイトだな」
せめてちゃんと名前で登録しておいてほしかったもんだ。
だから相変わらず名字も名前も知らない状態のままとなっている。
「これは……男の人?」
「いや、女子だな」
「えー!? それなのに交換ってなんでっ?」
なんでと言われても俺が馬鹿なことを口にしたからだとしか言えない。
いやでもまさかあの流れでこっちを誘ってくるとは思わないだろ?
しかも簡単に連絡先とか家とかを――そういうつもりで口にしたと思われていなければいいんだがな。
「よし、いまから呼ぼう」
「結構遠いからな」
「お家を知っているの? それなら行こうっ」
あー……こうなったらもう無理だ。
変に喧嘩とかになっても嫌だから連絡をしてみた。
そうしたらひとりで暇しているということだったからしっかり鍵をしてから歩き始めた。
「どんな人なの?」
「んー、なんか無防備……な感じか?」
「お名前はっ?」
「分からない、名字もな」
「ええ!? なんでクラスメイトなのに知らないのっ」
そんなこと言われても慣れない土地で慣れない自己紹介をするのに精一杯だったんだ。
正直最初のそれで決まると言ってもいい。
もし失敗した際には……考えたくもないな。
「ここだ」
「うん? あれ、もしかして……」
「ああ、俺と同じみたいだな」
「えぇ、お兄ちゃんも問題だけどその人も問題だよ」
つか、風花のせいで時間を重ねることになってしまう。
いればいるほど俺が勘違いする確率が高まるから難しくなる。
そして覚悟を決める前に風花がインターホンを鳴らしてしまった。
「はーい、あ、着いた――」
「初めましてっ、平野風花と言いますっ」
「は、初めまして」
こうやってリード、というか、積極的に動いてくれるのは助かる。
が、暴走しがちだからちゃんと見ておかなければならないのが難点なところもあるが。
「あのお、ここにいるアホ! なお兄ちゃんが名字も名前も知らないって言うんで――」
「ええ!? 知らなかったのっ!?」
おいおい、風花に負けないぐらいの大声だな……。
流石に迷惑だから続きはあの公園でやることにした。
今日もそこそこの人間が存在しているがまあここならあまり問題にもならないだろう。
「えっと……風花ちゃん、だよね?」
「はいっ、風花ですっ」
「同じ名字ということは妹さん……ということになるんだよね?」
「はいっ、早くから家を出てここに来ましたっ」
電車賃だって結構かかるのにすごい話だ。
そこまでして来る価値はないと思うが。
「わざわざ他県から来るなんてお兄ちゃん思いなんだね」
「はい、家族仲というのはいいのでお兄ちゃんがいないと調子が狂うんですよね」
「なるほど」
部屋で、リビングでゆっくりしていても遊びに行ってこいとしか言ってこなかったからいまいいち信じられないところだった。
仲が悪いというわけではないものの、実際は仲がいいとは言えないのかもしれない。
でも、こうして来てくれているということは……素直じゃなかったことなんだろうか?
「学校生活が上手くいっていなかったのもあるので私が一緒にいてあげないとなあって思っていまして」
「そうなの?」
「はい、部活があったのであんまり一緒にいられなかったですけどね」
それでも部活がない休日なんかには遊びにも行かずに家によくいた。
あれは一応俺のことを考えてしてくれていたこと……ってことか?
その割には遊びに行ってこいと何度も言ってきていたが……。
「風花ちゃんはお兄ちゃんのことが好きなんだね」
「好きですね、でも、もっと自信を持ってくれると安心できるんですけどね」
「学校では全然問題ない感じもするけど」
「頑張って合わせようとしているだけですよ、本当は弱いんです」
それ、俺は強くなんかない。
嫌われないようにって行動するだけで精一杯だ。
もし強いのであれば初見時に無視をしていまこうなってはいない。
そもそもの話、こっちの県には来ていないということだ。
「なので、兄のことをよろしくお願いします」
「え」
「あなただけが優しくて、話しかけてきてくれているだけだと思いますからね」
家族ってどうしてこうも鋭いところがあるんだろうか。
少し雰囲気に出てしまっているのかどうかは分からないが昔にもそういうことがあった。
こっちは明らかな変化を感じ取ってもそれがどういう理由でそうなっているのかすら分からないままだというのに。
「ところで、名字と名前は……」
「あ、天野
「おお、名字が似ていますねっ」
「うん、話しかけたのはそういう理由からじゃないけど……」
ああ、だからあんな窓際の前側にいるのかと納得。
けど、県外から来ているからって初日から話しかけるって相当な勇気だ。
中学のときに上手くいっていなかったのであれば異性になんか余計に話しかけられないと思うがな。
「じゃ、私はそろそろ兄の家に帰りますね」
「それなら俺も――ぐぇっ」
「待っているから結構時間をつぶしてから帰ってきてね」
それはもう最高の笑顔だった。
妹の同級生の男子が見ていたら惚れてしまっていたかもしれないぐらいのもの。
「風花ちゃんと平野君はあんまり似ていないね」
「風花も俺と似ていなくてよかっただろうな」
もし似ていたら不登校になっていた可能性もある。
それから俺を憎んで、俺だけでは足りなくなって両親を憎んでいた可能性もあった。
そうしたら家族仲も微妙になって出ていきたいとすら考えていたかもしれない。
たった少しの違いでそうなっていた人生もあるんだから不思議な話だ。
「まあ、名字や名前を知らないって言っていたのは嘘だったんだけどな」
「嘘つき」
「……自分の自己紹介を失敗しないようにと集中する必要があって聞いている余裕なんてなくてな、天野だけではなく他の人間の名字名前を知らないから安心してくれ」
「安心できないよ……」
どんどんと自分で駄目にしていっている気がする。
最悪な点は行き着く先が分かってしまっているということだった。
勘違いして告白して振られて失恋、なんてことになりかねない。
「座るか」
「うん」
もう面倒くさいからその日その日の自分に任せようと思う。
考えたところで自分の理想通りに進むことなんてありえないから。
「私、名字を聞くまで彼女さんかと思ってた」
「妹が会いたがっているから行くって連絡したんだけどな」
「だって可愛かったから」
暗に俺がぶさいくだと言われているような気持ちになった。
確かに妹は母と似て容姿は整っているが……。
「天野の言い方的に風花が可愛いなら尚更俺の彼女なわけがないだろ」
「なんで?」
「なんでってそりゃ……」
俺に彼女なんかできるわけがないだろと自虐するのも馬鹿らしい。
そうかな? と言ってほしくて口にしていると思われても嫌だった。
難しいな、やはり妹や母と関わっているぐらいで十分だろう。
「それよりよく俺に話しかけられたよな」
「……だから」
「え?」
「実は電話をしているところを聞いちゃって……」
「ああ、いきなり母さんが電話をかけてきたからな」
早めに出過ぎてまだ全く人がいなかったから学校近くの場所で時間つぶしをしていた。
そんなときに電話がかかってきて母と話したわけだ。
だから入学式が終わってから電話をかけてきたのも違和感はなかったことになる。
それでも俺がいつも通りだったからあなたはいつも云々と言われてしまったが。
「お母さんも心配だったんだろうね、私の方も帰ってからはそうだったから」
「まあ自分の子どものことだからな」
「うん」
父曰く全く相談というのをしない生き物だからなのかもしれない。
それかもしくは、風花と違ってしっかりしていないからなのかもしれない。
仮にどちらの理由であったとしてもそれには感謝しかなかった。
心配してもらえるってありがたいことだと思うから。
そういうのもあるからさっさと働いて返していきたいわけだ。
もっとも、まだまだ始まったばかりだからとてつもなく遠いことなんだけどなと内で呟いたのだった。
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