第27話 はじめての二人だけのデート(後編)

 美波が提案した洋食店での昼食デートを終えた美波と翔太は、次に翔太の母親の誕生日プレゼントを見繕うため、幹線道路沿いにあるショッピングモールに足を伸ばすことにした。そこは位置的に駅と洋食店の中間といったところにあり、寒風が吹き抜けるなかを歩いて行くにしても、そんな苦にはならない程度の距離であった。しかし――

「ハ~、寒かった。なに、お昼前より風が強くなっているんじゃないの?」

 暖房の利いたショッピングモールの施設内に足を踏み入れた途端、美波は恨(うら)めしそうな顔をして自動ドアの外を見つめる。

「……ハハ、最初から地図アプリ使えばよかったね。いやー、失敗したぁ」

 苦笑いを浮かべて翔太は、ジャンパーのポケットにスマホを滑り込ませる。

 駅から洋食店に行くときの道すがら、目立つところにショッピングモールの看板があったこともあって、二人して容易にショッピングモールへと辿り着けるものだとたかくくっていた。しかし、それが間違いであった。二人は入る道を一つ間違えてしまい、気がついた時には土地勘のない住宅街をグルリと一周していて、慌ててスマホの地図アプリを起動した頃には、二人とも顔も手も痛くなるほど冷たくなってしまっていた。

「まったく高校生にもなって、道に迷うなんて思ってもみなかったぁ~」

 風で乱れた髪を整えながら美波は、翔太に釣られて苦笑いを浮かべる。

「そうだね、ビックリした。それで早川さん、買い物の前に暖かい物でも飲まない?」

「賛成! そうしよう」

 翔太の提案に美波が賛同すると、二人は近くのカフェブースで同じホットレモネードを購入して、カフェブース前のベンチに腰を掛ける。

「さすがに日曜日だと人でいっぱいだね」

「そりゃ、日曜日だからね――んー、あったまる~」

 一息ついた美波が、両手で持った紙カップにくちびるを付ける姿に、隣の翔太は引き込まれるように目を奪われてしまう――レモネードが染み渡り、ぷくりと赤味を帯びている彼女の唇――閉じられ目の綺麗に揃えられた彼女の睫毛まつげ――レモネードが飲みこんでいく度に動く彼女ののど……等々、彼は夢中になって見つめていた。

「それで佐藤君」

「っ! あっ、はい!」

 美波がホットレモネードを二口、三口飲んでから、翔太に話し掛けると、ちょうど翔太と目が合った。その瞬間、翔太の体がピックンと小さく跳ねたかと思ったら、持っていたレモネードをこぼしそうになる。

「なに驚いているの、佐藤君――あー、わかった! さては、美人な私に見惚れていたんでしょ、そうでしょ!」

 愉快そうにそう指摘する美波に対し、翔太は「そうかな? そうかも?」という生返事を繰り返すしかなかった。なにせ翔太自身、声を掛けられるまで美波の唇らに見入ってしまっていた事を意識しておらず、声を掛けられた途端に我に返り、時間差で彼女の唇等を見つめていた事を認識した。すると、もう心の中は驚きと羞恥心でいっぱいになってしまい、そんな心の動きが表情になって表われてしまう。

「ダメだよ、佐藤君。いくら私が美人だからといって、こんな公然で女性をマジマジと見つめていたら。そんなの周りに変態だと間違われても仕方ないんだからね」

「……う、うん」

 翔太は力なくうなずくと、なんともバツが悪そうにホットレモネードをすすった。

「それでさ、佐藤君。お母さんに買うプレゼントの目星くらいは付けてあるの?」

「あー、かさばらない小物でいいと思ってる。うちの母親、公務員で結構転勤が多いから、荷物になるような物だと迷惑になっちゃうから」

「へー、佐藤君のお母さんは転勤が多いんだ。それだとインテリア系よりかは、日常使いできる物のほうがいいかな?」

「そうだね、かざる物よりかは使える物のほうがいいね」

「んじゃ、レモネードも飲んだし、そろそろモール内の店舗を適当に回ってみましょうか」

 施設内の暖房やホットレモネードを飲んだことで二人の体が温まると、美波が率先そっせんする形でモール内の店舗巡りが始まった。

 二人が最初に立ち寄ったのは食器店で、プレゼント候補としてマグカップとかを物色してみたが、翔太の母親にはもうお気に入りカップがあるからという理由で、マグカップ案は却下となる。次に鞄店へ立ち寄り、財布とかを物色してみたが、翔太の予算以上の物を母親が持っている事から却下となった。更に化粧品店や傘店を巡ってみたものの、美波と翔太にこれぞと思わせる物は見つからなかった。

「早川さん、一つ訊いてもいい?」

 衣料品店へと向かう途中、翔太は隣を歩く美波にある質問をしてみる事にした。

「ん、なに?」

「なんでそんなに乗り気なわけ? うちの母親に対するプレゼント選びなのに」

「なにか変かな? 友達がお母さんに贈るプレゼント選びに、私が乗り気だと」

「いや、プレゼント選びに付き合ってもらって本当に助かっていますけど、早川さんはうちの母親と面識とかないでしょ。だから、どうしてここまで付き合ってくれるのか、不思議に思って」

「そりゃ――今日のデートは、私のお願いに対する対価なわけだし、君が納得いくまで付き合ってあげるのが筋ってものでしょ」

 美波は得意げに胸を張って言う。

「相変わらず早川さんはお人好しだね。でも、こんな風に自分の母親のプレゼント選びにここまで付き合ってくれたら、普通に僕に気があるんじゃないかと勘違いしそうになるよ」

「相変わらず君っていう人は、そういう自分の気持ちを隠さないのね」

「二回も告白して振られたのに、今さら恋愛感情を隠すのもおかしくない?」

「そうかもしれないけど。それにしたって、買い物に付き合っただけで私に君への気があると勘違いしそうになるって、佐藤君、それはちょっとチョロ過ぎない?」

 美波は可笑しそうに翔太の肩を叩く。

「うん、自分でもそう思うよ……ホント」

 翔太は半笑い気味に溜め息をく。

 こうして肩を並べて歩く彼女には、自分という存在が不釣り合いなのは最初から分かっていたはずだった。それなのに、こうやって友達として触れ合っていくにつれて、彼女への想いは以前よりどんどんと強くなっていく。それが叶わぬ願望だと頭では理解していても、心は彼女の一つ一つの仕草に反応をしてしまう。普段はそんなバランスが崩れた心理状態を苦しく思いつつも、美波とデートをしている今現在においては、胸を弾ませずにはいられない程に翔太の頭の中は桜色に染まっていた。

 ショッピングモール内を二人で歩いていると、美波が落ち着いた婦人服店の前で立ち止まり、とある商品棚を指で指した。

「ねえ、佐藤君。ハンカチなんて、どうだろう?」

「おー、ハンカチ。ハンカチなら嵩張かさばらなくていいかもね」

 美波の提案に翔太が乗り、二人はその婦人服店に入っていった。

 目的のハンカチの棚は、広くはないが狭くもない店内の出入り口付近にあった。棚には何十種類もの個別包装されたハンカチが種類別に重ねられており、その各種商品の前にはひもで棚に繋がったサンプル品がぶら下がっている。

「結構品揃えがいいなぁ。これなら佐藤君の気に入るヤツが一つくらいありそう」

「本当に派手なのから、無地なのまでそろっているなぁ」

 美波と翔太は棚の端から見始め、サンプルのハンカチを広げたりしながら物色し始める。

「えーと、定番なのは花柄だけど――おっ、佐藤君のお母さんが犬好きなら、こういう犬が描かれたヤツも有りかな」

「へー、なかなかリアルな顔立ちしてるね。それじゃ、こっちはこういうカワイイ系で勝負だ!」

「それは確かにカワイイけどさ、大人の女性が持つにはちょっとキャラクター色強くない? それなら、こっちにある、ハンカチのすみにシンプルな犬の顔と足跡が描かれたヤツのほうが落ち着いていると思うけど」

 美波は白地に黒いラインで柄が描かれたサンプル品を広げる。

「やっぱり、早川さんの選ぶヤツはセンスがいいよね。的確にプレゼントを貰う側のことを考えられている感じがするもん」

「さーてね、それはどうだろう。佐藤君のお母さんからしたら、さっきの佐藤君の選んだキャラクター色が強い物のほうがいいかもしれないよ。何を贈るにしたって、子供が真剣に選んだプレゼントを喜ばない親はいないと思うし」

「ふーん、そうか。じゃあ、クリスマスにドラ焼きをあげたとしても?」

 翔太から突然クリスマスのことを持ち出されて、美波は思わず目を丸くしてしまう。

「たぶん、あのドラ焼きでも喜ぶと思うよっ! うちのお父さんも美味しそうに食べていたくらいだし、きっと佐藤君のお母さんも喜んでくれるよ!」

「いや、そこは無理に持ち上げてくれなくて大丈夫。自分でもクリスマスにあのドラ焼きをあげた事は失敗したと思っているから」

「そうなんだ……。でもね、金平糖が入っていた瓶は可愛かったから、今でも本当に取ってあるんだよ」

 なぜか必死になって自分のフォローをしようとしている美波に対し、彼女は本当にお人好しなんだろうなと思う翔太なのでした。

「ありがとう、気を使ってくれて。でも本当に大丈夫だから、あのドラ焼きのことは笑ってやってくださいな。そうやって気を使われるよりかは、そのほうが楽だから」

「ふーん、そっか。んじゃ、これからは君のことをドラ焼きの人と呼んであげよう!」

 美波は冗談めかすように言うと、明らかに翔太をからかうような笑みを浮かべる。

「ご自由にどうぞ」

「えー、そこは困った顔の一つもしてくれないと面白くないんですけど。しかも、どら焼きの人なんて呼びにくいし」

「早川さんになんと呼ばれようと、僕は別に困らないからね」

 美波と冗談を交わしながらも翔太は自分の選んだハンカチと、美波の選んだハンカチを見比べていた。翔太の感性を優先したハンカチは自分らしさがあり、美波が選んだハンカチは仕事場でも使い勝手の良さそうであったから、翔太は割と真面目に悩んでしまっている。

「佐藤君、悩んでますねぇ。プレゼントはハンカチで決まりかな?」

「うん、そのつもり――よし、決めた。こっちの白黒のハンカチにしようっと」

「えっ、それで本当にいいの? 他にももっと良いのがあるかもしれないよ」

 美波は自分の推したハンカチがプレゼントとして選ばれると、本当にそのハンカチでいいのだろうか、という不安な気持ちを懐いてしまう。

「このハンカチ、早川さんの言うとおりシンプルで良いと思うけど?」

「そうじゃなくて……本当に私が選んだヤツでいいのかと思って」

「うん、いいと思うよ。少なくとも僕が選んだヤツより、母親に贈るならこの早川さんが選んだハンカチの方がいいと思うから」

 「それにプレゼントを贈るからは喜んでほしいしね」と付け加えて翔太が微笑む。そんな母親を想う彼の表情に接した美波は、自分の母親のことを思い出し、何となく寂しさを覚えてしまうのだった。

 そして……。

「もしかして、お二人は恋人同士?」

 ハンカチの会計時、二人は若い女性店員から突然そう話し掛けられた。その店員には、美波と翔太がハンカチ売り場で無邪気にはしゃいでいるように見えていた。

「あー、ただの友達です」

 店員のお節介に対して翔太はにこやかに対応すると、ついでに買い物の理由も答えた。

「あら、ごめんなさい。君たちがあまりに仲良く商品を選んでいたものだから、てっきり」

 ハンカチを包装紙で包みながら女性店員は照れ笑いを浮かべる。

「いえいえ」

「あなたも本当にごめんなさいね」

 女性店員は美波に軽く頭を下げると、美波は愛想笑いを顔に貼り付けた。

「そうかぁ、友達なのか――なら、大事にしないとだね。お母様のプレゼント選びに付き合ってくれる良い友達は」

「はい、そうですね」

 会話がひと段落したところで、女性店員が綺麗にラッピングされたハンカチを小さな紙袋に入れ、翔太へ丁寧に渡した。そして、買い物を済ませた二人は女性店員の「ありがとうございました」の声に送られて婦人服店を出た。

「なによ、あのお節介な人は!」

 婦人服店が見えなくなった頃、美波は女性店員への不満を口にした。

「たしかに話し好きな店員さんだったね」

「まったく私たちをどう見たら恋人同士に見えるっていうのよ」

「そうだね」

「――ウソつき。私たちが恋人同士に見られたこと、本当は嬉しかったくせに」

「うわっ、なぜバレたし!?」

 おちゃらけた感じに翔太が返すと、美波は小さく笑いながら口を開く。

「そりゃ、佐藤君のことを二回も振った――ただの友達だから、かな」

「ただの友達かぁ」

 大袈裟に肩を落としワザとらしく落ち込む翔太の姿に、美波は可笑しそうに笑う。

「そうやっておどけて見せられると、佐藤君が本当に私のことを好きなのか疑いたくなるね」

「そうは言いますけどね、早川さん。こうやって戯けてでもいないと、僕の叶わぬ恋心は持っていき場をなくして、僕はこの場で泣くしかなくなりますけど、それでもいいの?」

「もちろんイヤよ、そんなの。でもさ、佐藤君のそういうところ、本当に男らしくないよね」

「すいませんね、こんな風にしか振る舞えなくて」

 冗談めかして翔太がそう言うと、美波は翔太の肩を軽く叩いて口を開く。

「別にいいわよ、佐藤君はそれで。そういうキミだから友達になりたかったのだから」

「それはどうも」

 翔太はなんとも気が抜けた返事をする。美波の言動から彼女が友達としての自分を望んでいる事を改めて認識するのだった。

 そして、日が落ちて街灯が灯る頃、美波と翔太のデートは終わりを迎えようとしていた。

「それじゃ、今日は買い物に付き合ってくれて、ありがとう。本当に助かったよ」

「いえいえ、今日のデートは私の言い出した事だから」

そう言って美波が手を挙げようとした時、緊張気味に翔太の口が開いた。

「あの、早川さんっ。今度は僕から君をデートに誘ってもいいですか?」

 翔太のその言葉は明らかに美波へのアプローチであり、今までの二人の関係性を良くも悪くも変えようとしている。そんな翔太の思いは瞬時に理解する美波ではあったが、鳩が豆鉄砲を食らったようにビックリしてしまい、翔太へ返す言葉がすぐには見つからなかった。

「……別に、何度も断られる覚悟があるのなら、私をデートに誘うのは君の勝手じゃないのかな?」

 数秒の沈黙を経て美波の返答を聞いた翔太は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「うん、わかった。早川さんにデートを受け入れてもらえるようなアプローチ方法を考えてみるよ」

「でも、佐藤君。分かっていると思うけど、いくら君からデートに誘われたからって、私の佐藤君への気持ちは絶対に変わらないんだからね!」

「そうだね、早川さんの気持ちは変えられないと思う。でも、今日のデートがとても楽しかったから、また二人でどこかへ遊びに行きたいと思ったんだ」

 照れているような笑顔で翔太から真っ直ぐ見つめられ、そんなセリフを聞かされてしまうと、美波の心の中にも照れくさい気持ちが湧き上がってきてしまう。そんな彼女は目の前の彼にそんな感情を見せまいとして、わざと大きな溜め息をついた。

「…………勝手にしたら! ただし、私が断ったからといって泣かないでよねっ!」

「うん、ありがとう。今日は本当に楽しかったよ。それじゃ、また明日ね」

 耳を真っ赤にさせた翔太は口早にそう言うと、逃げるように改札に飛び込んでいった。

「デートで女性より先に帰るヤツがあるかよ。まったく、佐藤君は本当に男らしくない」

 改札の前で一人取り残され、美波は呆れたといった感じに笑みを浮かべる。

「だからキミはモテないんだぞ、佐藤翔太くん」

 そう呟いた美波の声は駅構内の雑踏にかき消された。

「さてと、私も帰りますか」

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