第14話 白濁ジュースを飲ませるしかなかった

「世界が終わるまでは~♪」


 カラオケハウスに来て、そろそろ一時間が経とうとしていた。


 密室で二人きりだということもあり、最初はただならぬ雰囲気で始まったカラオケだが、気付けば俺も灯璃も思い思いに好きな歌を歌って楽しんでた。


「お! よしっ! 91点! すごくないか!?」


「うん、すごい。90点越えとか、あんまり出るものじゃないもんね」


 パチパチと手を叩きながら言う灯璃。


 俺は喜びもつかの間、そんな彼女をジト目で見つめ、


「……まあ、そうは言ってもさっきから灯璃さん90点越えバンバン出してますけどね……」


「あ……。そ、それは別にいいじゃん? 点数とか気にしなくていいし、本人が気持ちよく歌えたらそれが一番だし」


 くぅぅ~。何ともまあ模範的ななだめ文句。


 悔しいっ。実に悔しいっ。


「ぐぐぐ……! ちくしょう! 灯璃に勝つ! 今日は96点超えるまで帰らんぞ、俺!」


「えぇぇ~? でも、二時間コースだよね? もうあと半分だよ? 一時間経っちゃってるし」


「一時間あれば超えられる! はい、次灯璃の番! 何か曲入れたか? できればおふざけ系の曲で頼む! バラード系の曲入れたら絶対最高得点更新するだろうし!」


 言いながらマイクを差し出すのだが、灯璃は苦笑しながら首を横に振った。


「……私、ちょっと次は休憩。成哉、続けて歌っていいよ」


「え。何だ、どうした急に?」


「別に何でもないよ。何でもないんだけど……ほら、ずっと歌ってると喉に来るっていうかさ。何か飲み物取ってこよっかな~って思っちゃって」


「飲み物取って来て、それから歌っても全然いいけど?」


「う、ううん。いい。選曲もまだだもん。成哉歌ってて。ついでに二人分のジュース持ってくるからさ」


「んー。まあ、そこまで言うなら俺歌うよ。なんか、ありがとな」


「い、いえいえ~」


 そう言って、灯璃は自分のコップと俺のコップを持ち、部屋から出て行った。


 心なしか挙動不審というか、なんとなく落ち着きが無かったようにも思えたけど、たぶん気のせいだろう。


 何か飲みたくなって、それで離籍したんだ。特に深くは考えないようにした。


「……しかし、だよな……」


 灯璃、前までの印象とだいぶ違うな。


 何度も言うが、あいつとのカラオケは久しぶりで、前は俺と同じくアニメの曲とか歌ったりしてたんだけど、今じゃ流行りの恋愛ソングだったり、失恋ソングとか、しんみりとしたいい曲を中心に歌うようになってた。


 そりゃ当然年齢を重ねれば趣味も変わってくるし、灯璃の変化も普通なんだと思う。


 けど……だよ。


 うーん。やけに恋愛ソングが多い。


 今日の灯璃、恋愛ソングしか歌ってない気がする。


 それも、『私の好きに気付いてよ』とか、『本当はあなたが好きなの』とか、そういう系の歌詞が妙に多いんだ。


「………………(汗)」


 ダメだ。


 そう考えだすと、またよからぬ妄想なり何なりが頭を駆け巡り始める。


 実は灯璃、本当は俺のこと――とかな。


 冷静になれって感じだ。前まで俺、あいつに嫌われてたんだぞ。


 これ以上暴走して何かを引き起こせば、本格的にこうして遊びにも一緒に行ってくれなくなりそうだ。


 それだけは嫌だった。


 俺も……灯璃と過ごす時間は大切にしたいから。


「って、バカ。余計なこと考えなくていいんだって。とりあえず歌おう。次の曲、次の曲っと」


 独り言ち、俺は曲送信をするタブレットをタップする。


 次はあのアニメのオープニング曲で行こう。


 そう思うのだが――


「……でも、アレだな。今日の灯璃、そういえばやけに俺のジュースを注ぎに行ってくれてるよな……」


 また、よろしくない推測が頭をよぎった。


 俺は生唾をゴクリと飲み込む。


 ま、まさか……。


「――お待たせ。曲入れた?」


「――! あ、い、いやっ、まだ!」


 考え込んでるうちに灯璃が帰って来た。


 俺のコップにはカルピスが淹れてある。


 白く濁って、中の見えないカルピスが。


「ささ。どうぞ、成哉。飲んでいいよ~」


 言いながら、ニヨニヨと妙な笑みを浮かべる灯璃。


 その笑顔はどこかぎこちなさが伺えた。


「……あのさ、灯璃……」


「……? 何? どうかした?」


「これは俺の推測だし、変な意味はないから、違ったら違ったでスルーして欲しいんだけど、一つ聞いていいか?」


「へ? うん。いいよ?」


「……このカルピス、特に何も入れてないよな? 変なもの」


「――っ!?」


 ……今、なんか不自然にビクつかなかっただろうか……。


 まあ、いいけど。


「へ、へへ、変なものって……どうして? どうしてそんなこと聞くの?」


「いや、なんとなく。もちろん、何も入ってないならそれはそれでいいんだ。変なこと聞いて悪かったって感じだし」


「……あ……」


 探るように言うと、心なしか灯璃が冷や汗を浮かべてるようにも見えなくない。


 やっぱり何か隠してないか、こやつ……?


 そう思ったものの、灯璃は「ぬぅえへへへ!」と聞いたことのないような笑い方をし、俺の肩をペシペシ叩いてくる。


 こいつ、相変わらず俺の真隣にいるのだ。こんなに座るスペースはあるのに。


「へ、変なものとか入れるわけないよ! だから安心して飲んで、成哉! 私は清廉潔白! 嘘なんてほとんどつかない女子ですから!」


「……昔はちらほら嘘ついてきてたけど……?」


「ぁぐっ! ……う、うぅ……そ、それは……」


「今回も嘘ついてるとか、無いよな?」


「……な、無い……です。…………たぶん」


「え?」


「な、無い――っていうか、もう面倒だよ! ほら、飲んで成哉! 飲めばすべて解決だから! はいっ、ぐびぐびっと!」


「ちょ、な、何だいきなり! お、おいっ!」


 訳が分からないが、急に俺の口元へコップをグイグイ押し付けてくる灯璃。


 もう、怪しさは確信へと変わった。こいつ、何かカルピスに混ぜてやがる。


「お、おまっ、や、やめ――」


「ぐびぐびーっ!」


ごくごくごくごくごく。


 押し付けられ、俺は強制的にカルピスを飲まされた。


 強制的にカルピスを飲まされたって言ったら、それはそれでなんかいかがわしいけど、とにかく今はそんなことを考えてる場合じゃない。


 突如、強烈な眠気が襲い掛かって来る。


「あ……あかり……やっぱ……り……」


「ご、ごめんね。ごめんね、なりくん」


「……っ……」


「……こうするしかないから……」


 灯璃の声を薄れゆく意識の中聞いて、俺は椅子の上で遂に眠ってしまうのだった。

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