第13話 灯璃の伝えたいこと inカラオケハウス

「じゃあ、えっと、二時間コースでお願いします」


「はいっ! 二時間コースですね! こちらのコップを持たれて、九番のお部屋でお願いいたします!」


 約束した通り、カラオケハウスに来た俺と灯璃。


 元気のいい女性店員さんに促され、九番の部屋を目指すのだが、本当に灯璃とカラオケに来たのなんて何年だろう。


 振り返ってみれば、互いの親を交えて行った小学生の時以来な気がする。


 こうして二人きりで来たことはない。なんだかんだ、初体験だ。


「えーっと、九番は……っと」


「成哉。あっちじゃない?」


「お、ほんとだ。全然逆方向だった」


 慌てて方向転換すると、灯璃はクスッと笑った。


「方向音痴、昔と変わんないんだね」


「んー。未だにな。もうこれは俺の性質みたいな節ある。地図とか覚えるのも超苦手。面倒くさい」


「そんなこと言ってたら、旅行もできないじゃん? どっか行くの、嫌い?」


「嫌い……とまではいかんけど、好きでもないな。どこか巡ったりするよりも家でまったりしたいし、ゲームがしたい」


「インドア~」


「インドアで何が悪い。灯璃だってそういう節あるだろ? アニメとか好きだったよな?」


「い、今はもうそんな観ないもん」


「じゃあ、何観るんだ? シリアスなドラマとか映画か?」


「う、ううん。もう、アニメもだけど、ドラマとか映画も元々そこまで興味ないから観ない」


「ふーん」


 なら、灯璃は普段家に居る時、いったいどんなことをしてるんだろう。


 最近までずっとお互いに干渉してなかったし、趣味とかそういう情報が中学一年辺りで止まってる。


 俺のインドア趣味をバカにしてきたってことは、アウトドア系の趣味に目覚めたりしたのか? キャンプとか、スポーツとか。


「あ。で、でも――」


「ん?」


 灯璃が何かを言いかけたところで、九番の部屋に辿り着く。


 入口の扉に手を掛けようとして、俺はそのまま体の動きを止めた。


「でも、どうかしたか?」


「え。あ。い、いや、その、と、とりあえず中……入ろうよ」


「……? ……うん。それはいいけど……」


 何かあるならそのまま言ってくれればよかったのに。


 まあいいや。


 俺は扉を開け、灯璃と一緒に九番の部屋に入る。


「おぉ~。なんかカラオケも久しぶりに来たけど、部屋の中入ったら歌うぞって気分になってくるな、これ」


「……」


「……? 灯璃さん……? どうかした? 急に黙り込んじゃって」


「…………っ」


「???」


 なぜか黙り込み、伏し目がちになってる灯璃さんへ顔を近付ける俺。


 すると、その刹那、パッと顔を上げ、ズズイっとこっちへ距離を詰めて来る我が幼馴染。


 何だ何だ? どうしたってんだ?


 そう問う前に、向こうから先制された。


「あ、あのね、成哉」


「は、はい……? 何でしょう……?」


 心なしか顔が赤い気がするんですけども……。


「わ、私が最近ハマってること……アニメを観ることでも、映画を観ることでもないって言ったよね?」


「言ったな。大丈夫。俺に聞き逃しはあんまりない。英語のリスニングテストも筆記より自信あるタイプだし」


「……それとはちょっと違うんだけど……」


 小さい声で言って、「ううん」と首を横に振る灯璃。


「実は」と続けてきた。


「……実は私、最近……れ……恋愛番組とか……観るのハマってるんだ~……」


「恋愛番組……?」


「う、うん。恋愛番組。こう、何人かの男女が同じ場所で決められた期間暮らして、誰が誰といい感じになってくかー、みたいな……そういうのなんだけど……」


「ほぇ~。あー、でもアレだ。俺もそういうの知ってる。前、チラッとアデマTVで似たような番組やってたわ。恋愛リアリティーショーってやつだろ? ジャンル的には」


「そ、そう。恋愛リアリティーショー。……知ってるんだ、成哉」


「知ってる知ってる。まあ、俺は興味ないし、恋愛とは無縁な人間だからな。観てて悲しくなるだけなんで観たりせん。まさにリア充の集まりですって感じでな」


「……へ、へー。そなんだ……」


「そそ」


 言って、立ったままってのもなんだから、俺はすぐそこにある席へと腰掛けた。


 灯璃にも座るよう促す。


 テーブルを挟んで向かい合うように座って来るかな、と思ってたけど、なんと座ったのはちょうど俺の真隣。しかも結構密着した状態で、だった。


 座るスペース、結構他にもあるのに……。


「で、でも、灯璃はなんでそんな番組を? 昔とえらく趣味が変わったな」


「え……?」


 妙な雰囲気に耐え切れず、俺はとりあえず質問。


 黙り込んだらダメだ。今黙り込めば、何か危険なことになる気がした。


「あ、ほ、ほら! 昔はアニメすごい好きだったわけじゃん? それなのに、今は観てないって言われると、ちょっと俺的には寂しいなーと思ったりして……」


「う、ううん! 一切観てないってわけじゃないの! だけど……今は、それよりも恋愛系の方を重点的にしてて……」


「そ、それは……なんか理由があったり?」


「え……う、そ、その……」


「………………(汗)」


 これ、もしかして深く聞かんかった方がええやつなんでしょうか!?


 失敗した気しかしない。流れでついつい聞いちゃったけど、やっちゃった感あるよね? 雰囲気をヤバめにする効果あるよね? 部屋に入ってまだ一曲も歌ってないのに!


 ダラダラと冷や汗が浮かぶも、聞いてしまった手前、「やっぱ今の質問無しで!」とかもできない空気だった。


 カラオケ特有の薄暗めのライトで顔色はちゃんとわからないけど、それでも今の灯璃が朱色になってるのはわかる。


 顔を俯かせて前髪で目元が隠れ、口元をもにょもにょさせてた。


 こ、これは本当にヤバい。あかんやつだ。


 俺の心臓が持たん。ごめん、灯璃!


「と、とりあえず何か歌おっかぁ! せ、せせ、せっかくカラオケ来たんだしぃ!? 歌わにゃ損損! なんつって! ナハハ!」


 言いながら俺は立ち上がり、ギコギコと効果音が鳴りそうな足取りでカラオケ用テレビの前辺りに置いてあったマイクを二つ取った。


 灯璃は、そんな俺を見て、ホッとしたような、けれどもどこか自分を責めるみたいな、微妙な表情を作るのだった。

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