第7話 開発者・ナキリ
一度、二度、三度とスマホの呼び鈴が鳴る。
四度目のところで、相手は電話に出てくれた。
『ん、やあ、もしもし。アタシだけど』
「……あ、中津川先輩。その……こんばんは……」
『うん。こんばんは。こんな時間にどうしたんだい?』
「……聞かないでくださいよ。先輩が電話待ってるとか言ってたのに……」
『ふふっ。ごめんごめん。君は可愛いからね、灯璃君。ついつい意地悪してしまうよ』
「もう……」
灯璃は一人、自室で頬を膨らませた。
「先輩、なりく……じゃなくて、成哉に電話してくれました?」
『ああ。今さっきまでしていたところだよ』
「それで……どうでした? 成哉の様子」
灯璃の問いかけに奈切は軽く咳払いし、返答した。
『ハッキリ言って想像以上だね。さすが成哉君だよ。アタシの作った薬がまるで効いていなかった』
「やっぱり……」
灯璃は肩を落とし、「はぁ」とため息をつく。
「先輩、『よく効く薬があるから』とか言ってたのに、嘘だったんですか? ……せっかく思い切ってなりく、じゃなかった、成哉にお弁当を作って薬入れたのに……」
『はは。いやぁ、嘘じゃないんだけどね。アタシとしても最高の薬ができたと踏んでたんだけど、まさか成哉君があそこまで薬の効能に疎いとは思ってなかったんだよ。実にすごい奴だ彼は』
「あぅぅ……もぉ~……」
『というか、そんなに成哉君のことが好きなら、もう思い切って素直になっちゃえばいいじゃないか。「大好きだよ」って言うだけなのに』
「そ、そんなの絶対無理!」
『どうして? その方が色々と行動に疑いをもたれずに済むし、好印象だと思うんだけどなぁ』
「無理ったら無理です! 絶対無理! なり君の前で好きとか……言えるはずない……」
『あはは。呼び方が「なり君」ってなってるよ。気を付けなきゃ』
「――! っ~!」
最大級赤面し、うつむきながら黙り込む灯璃と、楽しそうに「ははは」と笑う奈切。
『ほんと、君は成哉君のことになるとすぐにチョロくなるね』
「うぅぅ……」
『やれやれ。そうやって可愛いところを素直にいつも見せてあげれば、薬なんて使わずに済むのにね』
「せ、せんぱぁい……。そんなこと……いわないで……」
弱々しく懇願してくる灯璃に、奈切はさらにクスリと笑う。
『はいはい。わかってるよ。次はもう少し改良を加えたものを渡すから、それを使ってみてごらん』
「え、まだ新しいのあったんですか?」
『うん。ある。けど、忘れちゃダメだよ? 前も薬渡した時に言ったけれど、最終的に少なからず君も勇気は出さなくちゃいけない。ちゃんと成哉君に好きってことを伝えるんだ。いいね?』
「……はい……」
『わかったらよろしい。あ、あとだけど、明日はもしかしたら成哉君、君に色々訪ねてくるかもしれないから、気を付けておくんだよ?』
「え、ど、どうして……?」
灯璃の問いかけに、奈切はまた咳払いをしてから答えた。
『アタシがさっき彼と電話した時、少しばかり薬のことについてヒントをあげたんだ。惚れ薬ってのを思考コントロール薬と少々フェイクさせてみたんだけど』
「大丈夫……なんですか……それ?」
『まあ、大丈夫だろう。未だに体調不良だって思ってるっぽかったし、明日はとりあえず君がボロを出さなかったらいいよ』
「………………」
『ん? どうしたんだい?』
「で、できますかね……ボロ出さないこと……」
『できるさ。前も言っただろ? 薬について聞かれたら、「そんなの知らない」って言っとけばいいんだ。何も言わなければ大丈夫だよ。いいね?』
「うぅん……」
そうは言われつつも、灯璃は不安だった。
一度聞かれた時、「ソンナノシラナイ」と連呼し続けたのだが、成哉が少しばかり疑いの目で彼女のことを見つめてきていたのを知っていたから。
『よし。とりあえずはそういうことさ。そろそろ電話切るけど、いいかい?』
「あ、はい。薬、忘れないでくださいね?」
灯璃に言われ、奈切は小さく笑う。
『うん。忘れない。明日の二限の後でいいね?』
「はい」
『じゃあ持っていくから、女子トイレで待っててね』
灯璃は頷いた。
スマホを握る手には汗が浮かんでいる。
明日、遂に成哉をメロメロにさせることができるかもしれない。そんなことを考え始めると、緊張し始めていたのだ。
『じゃ、おやすみ』
「はい。おやすみなさい」
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