第8話 ぼっち妹の隠しごと

「……うーん……」


「どしたのお兄ちゃん? 朝から味噌汁椀の中、ボーっと眺めたりして」


 一人、朝食の席で懊悩していると、妹――成実なるみがプチトマトを口に運びながら、怪訝そうに話しかけてきた。


 俺はコホンと咳払いして返す。


「……いや、な。ほら、昔から言うだろ? 味噌汁は体にもいいし、長寿の元であり、無限の可能性が秘められてるって。そんな可能性に満ちたこいつを眺めてたら、俺が解こうとしてる問題も簡単に解決するんじゃないかと思ってな」


「問題って何?」


「問題は問題だ。そこんとこ、なるには教えられん。俺のことだし」


「なるのことはなるのこと。お兄ちゃんのことはなるのことじゃん?」


「いや。『じゃん?』とか疑問形で言われても困るんですが。あとお前いつジ●イアンになったんだよ。お兄ちゃんは妹をあんな暴漢に育てた覚えありません」


「なるだってお兄ちゃんに育てられた覚えないよ。恥ずかしい生き方してるから、反面教師にはしてるけどさ」


「……ああ、そうですかい。お役に立ててるようで何よりですよ」


 ったく。この妹は。


 朝から兄のことをいじめて何が楽しいんだろう。


 ひどくないか? 恥ずかしい生き方してるから反面教師にしてるって。普通に泣きそうなんだが。恥ずかしいこと今までしてきたのは否定できないけども。


「それで、誤魔化すのはいいからさ。結局何があったの?」


「……答えるつもりはない」


 ぶっきらぼうに言って、箸で切り取った目玉焼きを口に運ぶ。美味い。やっぱ目玉焼きにはソースだな。


「もしかして、恋愛系? お兄ちゃん、嘘告白されたとか?」


「なんで嘘告白なんてされなきゃいけねーんだよ。そこは憶測でも告白されたんじゃないかって言うところなんじゃねーの?」


「何言ってんの。お兄ちゃんの場合だとシンプルな告白よりも嘘告白の方が可能性高そうじゃん」


「お前それさすがにひどくない? 普通に泣くけどいいの? 朝から兄貴が大粒の涙流すけどいいの? 大声で泣くよ? それくらい今のセリフ傷付いたよ?」


「大丈夫。そうなったら私がよしよしして慰めてあげるから」


「えぇ……」


「傷付いてるお兄ちゃん慰めるの、昔から好きなんだよね……。ここだけの話……なんかゾクゾクするってゆーか……」


 恍惚の表情を浮かべる成実に対し、俺は戦慄する。


 何なんだそのマッチポンプは……。気付かないうちに妹が変な性癖に目覚めてる件……。


「ま、まあいいや……。とにかく、なるには関係ねーの。俺、そろそろ学校行くから」


「あー! 待って! ダメ! なるもお兄ちゃんと一緒に学校行こうと思ってたの! ストップ!」


「んだよそれ。ここに来てブラコン発動か? やれやれ。これだからお兄ちゃんは困るぜ」


「今日カバン重たいから持ってもらおうと思ってたの! まだ行っちゃダメだよ!」


「………………」


 立ち止まってたのがバカらしくなり、俺はそそくさとリビングを出た。


 背後からは「待ってって言ってるじゃん!」とでかい声が聞こえるが、無視。


 二階に行ってカバンを取り、玄関を目指す。


 階段を下り切ると、成実が両手を広げて通せんぼしてきた。目をくの字にしてもダメ。お兄ちゃん、お前に散々ひどいこと言われて心を閉ざしたんだから。


「冗談! 嘘だから待って、お兄ちゃん! 学校一緒に行こうよぉ!」


「ひどいことばっか言う妹とは行きたくありません。荷物持ちだってちょっとくらい反逆をするんだ。それをよく肝に銘じておけ、我が妹よ」


「うにゃ~っ! ひ、ひどいひどいっ! 待ってよぉ! すぐ準備するから!」


「……(汗)」


 なんか今日、えらく一緒に学校まで行きたがるなこいつ。


 明らかに不自然だった。


「……なる、お前なんか俺に隠してるか?」


「へ……!?」


 冷静な声音で問うと、成実は体をビクッとさせて動揺の表情。


「当たりだな。なんだ、何を隠してる?」


「えっ……? な、何も……? 隠してることなんて一つも……」


「じゃあもう行く。行ってきます」


「あーっっ! だめぇ! 私、ぼっち登校なっちゃうじゃん! 言う言う! 言いますからぁ!」


 俺に泣きついてきながら叫ぶ成実。


 ぼっち登校の何が悪い。……と思うのだが、さすがにここで振り払うのも可哀想に思えてきて、俺はため息をついた。


「じゃあ、隠してること言って」


 一転攻勢。


 さっきまでは俺が何を隠してるのか聞かれてたのに、一瞬でこのザマだ。


「う、うん。そしたら、一緒に学校行ってくれる……?」


「行く。ていうか、お前に友達がいないのは知ってるけど、朝くらいぼっちでよくないか? 学校でもどうせぼっちなんだろ?」


「んぐぅ……っ! が、学校でもどうせぼっちって……。どうせって言葉やめてよぉ……! 事実だけど響くじゃぁん……!」


「……(汗) わかったって。わかったから、鼻水垂れてる状態で俺の袖に顔押し付けないでくれ。付いちゃう」


 いったい俺の何を反面教師にして生きてきたのか、友達ゼロのぼっち妹に今一度聞いてやりたいくらいだった。


「で、隠してることは何なんだ?」


 問うと、成実は制服のスカートを手でギュッと握り、右、左、と視線を泳がせた後、上目遣いで俺を見やって言った。


「…………あーちゃんのことなんだけど…………」


「灯璃のこと……?」

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