第6話 惚れ薬とは

『ふむふむ、なるほどね。つい先日から、突然灯璃君がお弁当を作ってくれ始めた。そして、それと同じくしてどうしたことか君にデレるようになったり、彼女のポケットから惚れ薬と書かれた説明書を見つけた』


「……はい」


『それで、成哉君は灯璃君が誰かに騙されているのではないかと思い、その惚れ薬のことを聞くべくアタシに電話してきたということだね?』


「はい。そうです」


『うん。よーくわかったよ。ありがとう。それじゃあ、おやすみなさい』


「あ、はい。おやすみなさ――って! ちょ、待て待て待てェ!」


 中津川先輩に説明し終え、内容確認されたところで俺は思わず大きな声を出してしまった。


 必死の思いで電話を切ろうとする彼女を止める。


「何なんですかその流れは! 漫才とかコントやってるんじゃねえんだぞ!? ちょっと真面目に聞いてくださいよ!」


『うるさいなぁ。聞いてるよ真面目に。聞いたところで切りたくなったからおやすみって言ったんじゃないか』


「え、えぇぇ!? ひ、ひどいですよ先輩!」


『ひどいのはどっちだい? アタシはこんなにも美人だけど、未だに年齢イコール彼氏なしなんだよ? そんな女の子に夜な夜な幼馴染ちゃんとの惚気話を聞かせるとか、君はアタシの脳をいくつ破壊させるつもりなんだい? 早急に死んでくれたまえよ』


「えぇ……」


 経験したことのない先輩からの結構な罵倒に、俺は普通にショックを受けた。


 声のトーンも変えずに言ってくるもんだから、ダメージがすごい。


 惚気話でも何でもないということをすぐさま弁解しようとするも、ショックのあまり心が体に追いつかなかった。……がはっ。


『ふふっ。というのはまあ冗談だよ。毒舌キャラを今実験中でね。クラスメイトにも少し試してみたんだが、ドン引きされたから成哉君にもちょっと試してみたんだ。やっぱりこれ、ダメみたいだね』


「ダメに決まってるじゃないすか……。普通に泣きそうになりましたよ俺……」


『うーん、そっか。何人かの男子からは大好評だったんだけどなぁ……。難しいね、やっぱり』


 たはは、と笑う中津川先輩。


 そりゃあ綺麗だし、毒舌キャラになったらなったでドMの方々からは大好評なんだろうなってのは想像つくけど、ノーマルな俺からすればこんなのはメンタルブレイクもんでしかない。心の底から今後一切このキャラは出して欲しくないと思った。


『コホン。それじゃあだけど、真面目に君の話について意見述べさせてもらうことにするよ』


「はぁ。やっとですか」


『うふふっ。はぁ、なんてため息つかないでよ。君はどう思ってるか知らないけれど、アタシは今こうしておしゃべりできて楽しいんだから』


「はいはい。あくまで実験対象として、でしょどうせ」


『ふふっ。さあね~』


 なーにが『さあね~』だよ。絶対それ以外ないでしょーよほんと。


「まあいいや。じゃ、聞かせてください。この惚れ薬について」


『うん。了解。まずだけど、惚れ薬の定義について語ろうか』


「惚れ薬の定義、ですか?」


『そ。一般的に惚れ薬っていうのは服用したら誰かのことを好きになる魔法の薬だって思われがちだけれど、実はそうじゃないんだ』


「……ほぇ~。じゃあ何なんですか?」


『正確に言えば、思考コントロール薬といった方がいいかもしれない』


「思考……コントロール……?」


『うん。思考コントロール。薬を服用した相手の思考を意のままに操るってことだよ』


「えぇ……こぇぇ……」


『そうだね。怖い。怖いから惚れ薬、なんて付けられ始めたのかもね』


「な、なるほど……」


 よくよく聞いてみれば恐ろしい話だった。


 確かに惚れ薬は相手の考えてることを改ざんする節がある。あながち表現としては間違っちゃいない。


『まあでも、君の判断は間違っていなかったよ成哉君。こうしてアタシに聞いてくれたおかげで、灯璃君がどうして薬を使ったのかって理由は割とはっきりしたじゃないか』


「え? うそ」


『よく考えてみなよ。君と灯璃君はそれまで仲がよろしくなかった。なのに、いきなり惚れ薬を成哉君に服用させようとするのはおかしな話だろ?』


「まあ……」


『そこで目的は思考のコントロールだったということがわかる。操りたいのは好意じゃない。単純な君の思考なんだ』


「なん……だと……?」


 冷や汗が頬を伝った。


 言われてみればその通りだ。


「で、でも、灯璃は俺の思考をなんでコントロールしようとしたんですかね……?」


『それはわからないよ。何か思うことがあったのかもしれないし、アタシの想像できる域を超えてる。何とも言えない』


「……ぐっ……」


『ただ、一つ言えることは、その薬は安全だってこと。成哉君の言うような危ない連中からもらったものでもないし、怪しい闇ルートからのものってわけじゃない。だから、そこは安心していいよ』


 と、言われてもだ。


 こうも謎が広がった状況になると、安心できるものも安心できない。


『ま、そもそもそれを成哉君に服用させようとしたのかってところも確定事項じゃないと言えば確定事項じゃないんだけどね』


「……!」


『とにかく、アタシがわかるのはそれくらいだよ。どう? 回答としてはこんなものでいいかい?』


「ちょ、ちょっと待って! 一つ質問! その薬を飲んで、体調が悪くなるってことはあるんですか!?」


『ないよ。安心安全な魔法の薬。なんせ、開発者が凄腕の持ち主だからね』


「……そすか」


 なら、灯璃が変だったのはやはり単純な体調不良か……。


 安堵するような、そうでないような、複雑な思いだった。


「すいません。ありがとうございました先輩。質問はこんなもんです」


『そっかそっか』


「色々あいつに聞いてみなきゃいけないみたいですね。弁当の一件から、ほんとに不自然だったし」


『……ふふっ』


「……? なんすか?」


『ん、いやいや、アタシには状況はよくわからないんだけど、やっぱり成哉君は面白いなぁ、と思ってね』


「はい?」


『実験者からすれば、これだけ興味深い人はいないというか……。あぁ、いや、深い意味ではないんだけどね! うん! とにかく君は面白い! 今度お姉さんと一緒に愛の共同作業しようね!』


「……あんた一応受験生でしょ? 勉強しなくてもいいとは言ったって、周りと足並み揃えて大人しくしとくのが筋なんじゃないんですか……?」


『ふふっ。まあ、それはそうなんだけどさ』


「……?」


 どこか意味深な対応をされている気もするが、よくわからなかった。


 けど、どうせ先輩のことだ。また新しい実験のこととかを考えてるだけなんだろう。


「じゃあ、あんまり遅くなりすぎるとあれなんで、ここらで切りますよ」


『うん。おやすみ』


「おやすみなさい」


 軽く挨拶を交わし、俺は電話を切った。

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